空はどこまでも晴れ渡り、種族問わず同じように太陽は降り注ぐ2

「オルド、飼い葉の残りが少ない。買い出空はどこまでも晴れ渡り、種族問わず同じように太陽は降り注ぐ頼めるか?」


 ちょうど馬の世話が一段落した昼下がり、厩舎長のアドレスさんがそう声をかけてきた。


 以前まではこんな事を頼まれる事なんかなかったのに、これもアイルが何かしら手を回しているに違いない。


 そんな事を考えながら僕は元気よく「はい。わかりました」と答えると同時に頷いた。


「よし、じゃあ頼んだぞ」


 アドレスさんはそう言うと、目の横にシワを寄せながら微笑み手をひらひらと振りながら厩舎の詰め所の方へ向かって行った。


 アドレスさんはとても良い人だ。

 アイルの言うところの差別という物を僕達サーブにしてこない、サーブだってアリスベイズ人だって平等に扱ってくれているらしい。


 本来ならこのあとアイルと勉強の約束をしていたけど、仕事を頼まれたんじゃ仕方ないよね。


 厩舎にやってきて、僕の姿が無い事に気がついて、むくれっ面を浮かべるアイルの姿が脳裏に浮かぶ。

 おかしく思わず吹き出してしまったけど、そんな僕の姿を見ていたのは僕が担当していて世話をしている馬エリシリオンだけだ。


 誰に咎められるということもない。


「じゃあエリシリオン。行ってくるよ」


 賢いエリシリオンは小さな声でヒヒンと嘶き、行ってらっしゃいと行ってくれた。


 帰ってきたら、いつもより丹念にブラッシングをしてやろう。


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 屋敷を出て向かうのは街の中心部、市場街だ。


 ここはいつ来ても人が溢れていて、アイルと来た時は簡単にはぐれてしまう。


 人前ではサーブとアリスベイズ人が肩を並べて歩くことを許されていないし、アイルが手を繋ごうといつも提案してくるのだけど、そんな事をしたらアイルのお父さん、領主様にまで被害が及びかねない。


 もし僕が右手を差し出すアイルに左手を手を伸ばしたら……そう考えるだけでも恐ろしい。


 サーブとして産まれてしまった以上、自重していかなければならない事は他にもたくさんあるが……


 さっそく嫌なものを見てしまった。


 一人のサーブが屋台の店先で袋叩きにあっていた場に鉢合わせてしまった。


 アリスベイズ人の大人三人が僕とそう歳の変わらないであろうサーブを痛めつけていた。


 きっと彼は何か無礼な行為をしてしまったのだろう。


 サーブには街に出るだけで常に危険がつきまとう。

 長生きをしたければアリスベイズ人には逆らうな。

 それが父さんの教え。


 逆らってしまった彼が悪いのだ。


 何があったのかは知るよしはないが、棒っきれでバカバカと叩かれるサーブの横を、少し距離を置いて通り過ぎようとした。


「お、おい、そこのサーブ。同胞がこんな酷い目にあっているのに、声もかけずに素通りするつもりか?」


 その瞬間、三人のアリスベイズ人の殺気の満ちた視線がこちらに向いた。


 思わず立ちすくんでしまった。


 こんな時は知らないフリをして通り過ぎなさい。

 と母さんにいつも言われていたのに、思わず立ち止まってしまったのだ。


 もちろん他意はない。


 しかし、そうは思ってくれないアリスベイズ人のうちの一人は、僕の方へ歩み寄ると、胸ぐらを掴み上げた。


「サーブのクソガキ。俺達に何か文句があるっていうのか?」


「い、いえ。なにもありません」


「だったらなんだその目つきは?この市場に自由に出入りできるようにしてやってるだけでも譲歩してやっているというのに、気に食わない事があるなら言ってみろ!?」


 僕の胸ぐらを掴んだ男は、ぐったりとしたサーブの方へ視線を向けるてからこちらへ視線を戻し。


「お前もああなりてえようだな」


 ギロリと、濁った碧眼で僕をいすくめた。

 緊張からか思わず体中に力が入る。


「おい。見ろよこいつガタガタと震えてやがるぜ!?ハハハハハ」


 そして、ニヤリと浮かべていた笑みを消して、胸ぐらを掴んでいない方の手を振りかぶる。


 僕は思わず目を瞑った。


 しかし、しばらくたっても予想した衝撃はやってこなかった。


「ちっ、なんだ。お前ダブルス家サーブか」


 そう言いながらアリスベイズ人が手にしていたのは

 僕の首からぶら下がった、ネックレスだった。


 なんか困った事があったらこれを見せなさいとアイルから渡されていた物だ。


「ちっ、興が冷めた。さっさとズラカレ」


 僕のことを殴ろうとしていたアリスベイズ人は胸ぐらから手を離し、突き飛ばした。


「は、はい」


 僕は慌ててその場を立ち去ろうとした。


 しかし、何かが僕のズボンに引っかかっていて前に進めなかった。


 振り返ると、殴られていたサーブが僕のズボンの裾を掴んでいた。



「おい、助けてくれよ。お前が開放しろ。そう言えば俺だって開放されるはずだ」


「おい、お前は黙れ!」


 後ろにいたアリスベイズ人がサーブの背中を踏みつける。


「ぐはっ」


口元から血を流し苦悶の表情を浮かべる、それでも名も知らないサーブは僕にすがった。



「……」


こんな時、アイルならどうするだろうか……


そうこんな時アイルなら━━━━


「あの、すいませんそのサーブを開放してはいただけませんか?」

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