4-5:第二王子アーベル


 私を見たリューネの衛兵さん達の仕草は、こう言っては申し訳ないけれど――昔見た喜劇よりも、なお喜劇のようだった。

 品評会まで2週間を切った朝、私は衛兵の詰所へ向かう。

 詰所には、2人だけいた。

 彼らは顔を見合わせ、私が商人連合会がいう『悪女クリスティナ』であることに気づくと、はっきりと当惑したのだ。

 どちらもぽかんと口を開け、やがて問うた。


「……何の用です? い、いや、何の用


 私は、呆れてしまった。


「な、なんの用ときましたか……」


 商人教会を彼らが囲んでから、まだ1月も経っていない。

 通行人が私達のやりとりを見やりながら通り過ぎていく。

 私は衛兵に、目の前の令嬢について思い出させてあげなければならなかった。


「公金横領、違法な買い占め、後は背任でしたっけ――? どれも裁判まで済んで、今更、囚われるものではありませんけれど……私を捕えるような命令が出ているのでは?」


 そもそもでいえば、商人の集まりである商人連合会に、衛兵を動かす権限はない。ただ、リューネにある大商会は商人連合会の幹部と、リューネの参事を兼ねている。おそらくそうした繋がりで彼らを動かしたのだろう。

 衛兵の熱意が低いのも頷けた。

 商人でない彼らには、他人事なのだろう。


 とはいえ……捕まえてくれないと、困るのだ。


 私がすたすた歩み寄ると、彼らの方が後ずさる。

 腕を組んで、にっこりした。


「どうします? 見逃していただく場合、私は他の詰所にいくと思います。その際に、すでに別の詰所を訪れていたことがわかると、立場上まずいのでは?」


 詰所にいた2人は、顔を見合わせる。


「えっ!?」

「――あ、あ~……逮捕する!」


 遠くで、からん、からん、と鐘を高らかに鳴らす音。港の『取引所』が商いを開始したのかもしれない。

 ありとあらゆる産物を商う取引所では、今日、初めてのものが扱われるはずだった。

 私は衛兵の詰所に一旦は囚われる。その後、目隠しと後ろ手を縛られて、どこかへ場所を移された。



     ◆



 埃っぽい空気のなか、やっと目隠しが取られた。後ろ手の縄がそろそろ痛い。


「何を考えている」


 私を、数人の男が見下ろしている。

 反射的に恐怖を覚える状況だけれど、私は冷静さを保つ。まだ、大丈夫。私を警戒しているのは、向こうも同じ。


「答えなさい」


 苛立った口調。ようやく目が慣れてくると、男達は3人いて、真ん中の1人はブルーノだった。

 商人連合会で、この人は今回の規制にまつわる実務を仕切っているらしい。


 私は混乱している振りをしながら、周りを観察した。

 地下牢――いいえ、地下倉庫でしょうか。

 私が囚われているのは、おそらく小部屋の一つ。

 夏の昼間だと思うけれど、臀部は冷たい。分厚い土壁に囲われて、明かりと空気取りの窓が、私のいる部屋の外で切り込みのように開いていた。

 広間を挟んで、同じような小部屋がいくつもある。開け放たれた扉から、樽や木箱などが見えた。


 なるほど、捕えておくには最適の場所でしょう。出入りしても不自然ではなく、尋問の声も外へ漏れづらい。

 後ろ手を縛られたまま、私は首をすくめた。


「あなたに用はないのですけどね」

「なんだと……!」

「シェリウッドの件は、お生憎様でしたわね。唯一の商会、ベアズリーを連れていけば、あの街に貿易を捌ける商会はなくなる。多少商いが賑わっても、北方商圏のために台頭することはない……おそらくあなたはそういう読みだったのでしょう」


 ぎり、と歯を食いしばる音が聞こえそうな顔だった。

 やがてブルーノは、表情を消す。顔の下半分は無表情になり、見開かれた目だけが、私を見つめていた。


「……確かに、うまくいっていないことは認めます。ですが、北方商圏の未来は、同じことですよ」


 ブルーノの青白い顔で、黒々とした目は深い穴のようだ。


「我々には、王族がついている。つまり海軍。海路を前提にした商圏が、海軍を持つ王族に勝てるはずもない」

「……その海軍が、たいへんな出費であることを除けばね」


 相手はせせら笑った。

 縛られている私を見下ろして、すっかり勝ち誇った気でいるらしい。


「海軍がこちらの味方、というのが大事なのですよ、レディ? 現に、商人連合会から離脱して、北方商圏を目指す商人は、減り始めたというではありませんか? 現実を思い出させる冷や水、そんな役割でも十分です」


 ブルーノは腰をかがめ、私を下から覗き込んだ。


「いい眺めですね。あなたは、ここから出られない。何を考えているか知りませんが……品評会まで、いや品評会が終わって誰も彼もあなたを忘れるまで、ここにいるのです」


 私は笑うことができた。いつまでも私を覚えていてくれる仲間は、いる。その人たちは、きっと助けに来てくれる。

 立ち上がったブルーノは不快そうに鼻を鳴らした。

 ……とはいうものの、しばらくは一人で戦わないとね。

 久しぶりの、『株式会社』としての商談ですもの。


「ブルーノ様」


 商会員らしき一人が、倉庫に入ってきた。彼らはしばらく小声でささやきあっていたけれど、やがてブルーノが声をあげる。


「王子が? ここへ?」


 焦った目つきが私へ向かった。

 早すぎる、なぜわかった――そんな気持ちだろう。

 私は心の中だけでほっと息をついた。打っていた手のいくつかが、きちんと当たったらしい。


 海軍が絡むなら、商人連合会の後ろ盾、王族の動向が鍵になる。私と第二王子が会うことは、互いの立場上、難しかった。

 なにしろ、商人連合会が昼も夜も周りをがっちりと固めている。王家もまた連合会の方針を認めているなら、本人に文を送っても無駄だった。


 ならば、会う理由を作ればいい。

 捕らえられた元婚約者の思惑は何か、気にならないはずはないのだから。王子を揺さぶり、連合会もその来訪を断れない。

 私は腰を曲げて、後ろ手の縄を見せつけた。


「解いてくださいますか? 王子殿下に、一礼カーテシーをしたいので」

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