3-26:営業再開


 夜会から帰った後、私達は『北方商圏』と会社の生き残り策について、毎日のように相談を重ねた。

 商人達との情報交換や、開拓騎士団との売買交渉が何度も持たれる。


 参加した夜会は、『北方商圏』という名前を商人達に知らしめるよい機会となったらしい。以前からくすぶっていた火が一気に燃え盛るようなもの。商人連合会が押さえていた北の海だけど、日を追うごとに脱退都市が増え始める。

 『開拓騎士団』が商人連合会から抜けるという噂も、状況を後押ししたのだろう。


 そうした中、『総会』では議論の大枠が決まった。

 ギュンターさんによると、規制はやはり承認されそう。エンリケさんのような外国商人は、連合会との商いで高額の関税が課される。事実上、王国の商いから閉め出しだ。


 そして王国内の中小・新興商人も、大商会の下につかなければ、同様の『品質審査料』を課される。事実上の関税で、王国内の流通は相当に不自由だ。

 後者は、『塩漬けニシン』など限られた産物だけであるのが、民にとってせめてもの救いだろう。


 ややっこしいのが、商人連合会に属しているけれども、王国の外にある諸都市。

 楽園島よりずっと北方の、材木産地などが該当する。ギュンターさんの取引相手だ。神聖ロマニアではなく、また別の国の領土なのである。

 こちらは『総会』で喧々諤々の議論が起こって――なにしろ『外国商人』と、『連合会の仲間』の両面があるのだ――関税はかかるが率には『配慮』されるという、連合会側の譲歩がなされた。


 そこまでして関税をかけたいのかと思うけれど……。

 目の届きにくい遠隔地で、なおかつ関税が免除された土地があると、抜け道になりかねない。たとえばエンリケさんのような西方商人が、こっそり産物を僻地に運び、樽や木箱を詰め替えて、無関税の産物として連合会の商流に出回ることだ。

 商人連合会は、関税や生産統制を頑なに実行するつもりらしい。


 気づいたことがある。ルールを決めると、ルールを維持するためのコストがかかる。

 関税を計算するためのコスト、関税を守らせるためのコスト――商人連合会が導入した不効率は、相当なものだ。

 『低関税』を売りにして商人を呼び寄せる街があるけれど、関税が安いというだけで、倉庫や中継地点に都合がいいのだ。


 ……商人連合会はその中継地点の座を、むざむざ捨ててしまった。

 代わりを探す動きが、『北方商圏』ができることに繋がる。

 私を追放するほど恐れていた商圏なのに、自ら成立を後押しをしてしまったようなもの。各商人が生き残りにあがいた結果ではあるけれど、皮肉な状況だ。


 どこまでが連合会の計算で、どこからが誤算だったのか――情報が集まって、見えてきたものもある。

 いずれにしても心が暗くなる話だ。

 もちろん思考に影を落としていたのは、商いのことだけではないけれど。



     ◆ 



「こんなところか」


 ギュンターさんが、羽ペンを机に放りだした。

 行際悪いですよ、とハルさんが口を尖らせる。

 夜会から戻って5日がすでに経っていた。私はギュンターさんの対面に腰かける。


「どうでしょう?」

「悪くない航路だよ。日数計算もしっかりしてる」


 私達が机に広げているのは、海域の地図だった。

 版画で売られているのを何枚も買って、楽園島と『開拓騎士団領』、そして連合会を抜けた街を結ぶ航路を計算しているのだ。

 こんな時だけど、夢が膨らむ作業です。


 今まで、北の航路はリューネへ向かうものがほとんどだった。けれどこれからは、『北方商圏』を目指して、北の商いが活発になる。

 つまりリューネを外した販売や仕入ルートを構築しないといけない。

 私達はシェリウッドに注目した。というのは、もともと大きな材木産地だったこともあり、港が広くて、今はガラガラ。なら島に来る船や、北方商圏を東西に横切る船の寄港地になりうる。

 ついでに『塩漬けニシン』や、『ワイン』、シェリウッド本来の特産である『材木』を買ってくれれば、いうことなしだ。


 楽園島で、ギュンターさん達以外の交易船を迎える手もある。島に注目した商人は他にもいて、開拓騎士団を通じて商談の引き合いがいくつも来ていた。

 本格的に、島の周辺が貿易の中継地になるかもしれない。


「……だが、季節風と海流の関係で、こことここのルートはダメだ」


 ギュンターさんは、指で航路の一つを示した。


「あっ」

「すると、この航路を前提にした、ここもだめ。ここも、ここも」

「……やり直しですか」


 私は腕を組んで嘆息した。何日もこういう作業をしていると、じんじんと頭が痛くなる。


「うう、商談したいですっ! 地図じゃなくて帳簿がみたいっ!」

「珍しい悲鳴だな」


 ちなみに、すでにエンリケさんに手伝いをお願いしようとしたら、キラキラと黒い笑顔でこう逃げられてしまった。


 ――嫌だなぁ、商聖女!

 ――僕と『海の株式会社』は別会社、つまりライバルですよ?


 目を細めて、言い足す。


 ――交換条件に、あなたとのお時間がいただければ別ですが……。


 夜会の時のような仕草と目つきで言われて戸惑ったけれど、幸い、からかわれているのだと気づけた。ログさんもほっとしていたと思う。

 そうですね、ライバル、ですものね……!

 ハルさんが心配げに私に寄り添い、ギュンターさんをきっと睨んだ。


「クリスティナ様をいじめないでくださいね」

「虐めてねぇ! むしろよく手伝ってる方だろっ」


 その通りで、ギュンターさん自身も材木と小麦の商いについて、各商会としきりに相談をしているようだった。

 忙しいはずなのに、お世話になりっぱなしである。

 エンリケさんは『海の株式会社』の出資者でもあるけれど、ギュンターさんには別途で相談料なども払った方がいいかもしれない。


「本当にありがとうございます。ギュンターさん、助かりますけど、あなたの商いは平気なのですか?」


 お礼を言うと、ギュンターさんは苦笑した。


「こっちも、立て直せそうだ。材木産地が連合会に残るのが、かなりでかい。小麦と材木の取引は、関税がかかるが続けられそうだ」


 ベテラン交易商は目を細める。


「――正直、たまげたよ。島の商いは、今回の規制で完全に終わりと覚悟してた。なのに、君らは『北方商圏』を宣伝して、北の海で商いをする仲間を増やした。そして、規制を乗り越えようとしていやがる」


 どうも、と私は肩をすくめた。


「でも、私達も無傷じゃありません。ハルさんのおかげで、『白塩』は精製できるようになりました。けれども、リューネと商いができた頃と違って、商流は複雑になります」


 西方から低質の『黒塩』を買い、北方の『木炭』で煮たてる。言うのは簡単だけれど、作業が増えるし、そのための在庫も増える。

 そもそも塩の消費量が多い。


 1000尾入る大樽は、たった1つで重さはゆうに3デール(約100キロ)以上。使う塩は、1.5デール(45キロ)だ。

 今の生産ペースを維持して月3万尾を塩漬けにしようと思ったら、およそ50デール(1.5トン)の塩が必要になる。今までは塩の在庫だけ考えていたらよかったが、これが原材料の『黒塩』と『木炭』に分かれるのである!


「まず倉庫を増やす。人を確保する。それからそれから……」

「クリスティナ様、いつものクリスティナ様に戻りました……」

「夜会の時よりもこっちの方が落ち着くな」


 お二人が何か言っているけど、無視。

 開拓騎士団の良炭を使えば、一抱えほどの炭から、1デールほどの塩が精製できる。今はいないログさんが、実際に大きな鍋での実験をしてくれたのだ。

 『黒塩』と『木炭』以外の、もう一つの材料が『海水』で本当によかった。

 これ以上の在庫管理なんてごめんですもの。


「交易商として、アドバイスだ。『黒塩』は重いから、船を安定させる重石バラストに使えるんだ。船倉の下に押し込むだけでいいから、意外と色んな船が積みたがるかもな」

「! それ、いただきますっ」


 試行錯誤も、また楽しい。

 リューネに来てから、また島のような生産が始まったみたい。

 日数を計算しながら、ふと気づいた。


「……島では、もう今期の漁が始まっている頃ですね」


 第6月から島ではニシン漁が始まるのだ。

 総会で規制がある旨は、すでにシェリウッド経由の手紙を送っている。でも、島のことがもう懐かしかった。

 玄関が不意にノックされる。


「おう、クリスティナか」


 ログさんが入ってきた。手には木箱を抱えており、中には色々な野菜が入っている。

 目をぱちくりしてしまったと思う。


「……買い出し、でしたっけ?」

「いや、これは別件だ。色々伝えたいことがあるが――」


 ログさんは珍しいほど上機嫌。何か話したくてウズウズしているご様子。木箱を下ろすと、からりと笑った。


「以前、うちの『塩漬けニシン』を売った店があっただろう?」

「ああ――」


 夜会の数日前、私達が島のニシンを売り込んだ食事屋だろうか。


「その前を通ったら、追加で売ってほしいと言われたよ。これは、前のニシンが良かったから、お礼だそうだ。ニシンを港から出していいか?」

「も、もちろん! ハルさんの、トマトの瓶詰も付けましょう」


 ギュンターさんがにやりとした。


「ここはもう、『海の株式会社』の支店みたいなもんだな」

「幸先はいいな。だが……このニシンが食べられなくなるなんて、と店は寂しがってたよ」


 私は口をつぐんだ。確かに規制が発行されたら、もうリューネに売りに来ることはできない。

 ハルさんが呟く。


「やっぱり、ハルわかんないです! 商人連合会は、どうしてこんな、商いをしづらくするような規制をしたんでしょう」

「それは――」

「さて、な」


 私が言いさす中、ログさんは首を振る。


「それと本題だ。開拓騎士団からだが、正式な発注が決まりそうだ」


 目がきらりとした。

 お試し用の数樽の発注はすぐに来たけれど、島での操業を決める本格的な発注はまだだった。


「午前中に話をまとめてきた。今日中に契約書の見本が来るから、みんなで見て、問題なければ明日に向こうと会おう」

「――やりましたね、ログさん!」

「うん! だが……」


 続いて告げられた言葉に、私は眉をひそめた。

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