第4話

まずは、スヴァインだ。


メッセージアプリにアイコンがあった。


通話を押してみる。ほぼワンコールで出た。


「どうしました?ご先祖さま」


「聞きたいことがあってな。元の時代にも俺がいると聞いたんだが…、どういうことなんだ?」


「ああ、貴方のコピーですよ」事も無げに言う。


「コピーって…。つまり偽物、違う人間ということか?」


「偽物ではありません。正真正銘、貴方のコピーです。DNA鑑定しても、貴方という結果となります」


「…オリジナルは、どっちなんだ?」


「ハハァ!鋭いですね?ただ、それを聞く意味がありますか?貴方の意識は、今の貴方の中だけです。私が、嘘をつくかも知れない。確認のしようがありませんよ?」


「なるほどな。俺がコピーだったとして、生きて行くことに変わりはない…か。

だが、なぜ、この時期…、中二なんだ?

キリのいい中一の頃なら、いろいろな選択も出来た。…なぜだ?」


吹奏楽部には何としても入らなかったし、佐久良と関わろうとも思わなかっただろう。


「それは会議で決定したのが、今の時期なんですよ。中途半端が良い。その方が面白いからです」


なんだ…?その理由は?…というか、面白くはないと思うが…?


「そうかよ…。まあ、コピーの件は琴乃への配慮、と受け取っていいんだな?」


「それもありますが、今の貴方への最大限の配慮です。貴方に、今を心おきなく生きて貰う。その上での行動と感情等が知りたい。私も、貴方のコピーも、琴乃さんに害を加えることは決してありません」


「わかった」と伝え、通話を切る。


琴乃への配慮としてと言ったが、今後なにがあるかわからない。

俺は側にいないので、守ってやれない。

だから礼は言わなかった。




さて、今後の動きを決めよう。


今は夕方。18時だ。間もなく夕食になる。


その後、出来ることは、勉強と稽古…。



元の時代に戻れないと聞いた時に、じゃあ勉強して、大学に行こうかと考えた。


元の時代の俺は専門卒で、大学出のヤツとの給与の差が気になっていた。

お金はバイトするなりして、少しずつでも貯めて行き、奨学金も使えるなら使おうと考えた。


勉強をして身を立てる。そうしたいと思った。



あとは稽古だな。

今の学校での環境を、良い状態で生き残るには、身を守るための技を身体に馴染ませなければならないのと、身体を鍛える必要がある。


幸い、一人稽古のカリキュラムを、元の時代の俺は確立していた。


これは毎日、家でも出来る。後は稽古環境と相手だ。


そして、明日は日曜日か…。




夕食を食べながら、親に明日は参考書を買いに街へ行くこと、そして武術の道場へ見学に行くことを伝えた。


「お前、そんな事に興味あったのか?それに参考書って、勉強嫌いなんじゃないのか?」と父は驚いていた。


当時の俺は運動も勉強も苦手だったので、その反応は仕方がない。


参考書は小遣いとアルバイト代、お年玉を貯めていたお金で買うつもりだったが、父が出してくれると言う。まあ、ここは甘えておくか。


食事を終えてから二階の自室へ戻り、今現在の教科の確認を行う。


苦手なのは、やはり理数系だ。まずはその2つの参考書を入手しよう。

それでもわからない所は、仕方がないが教師に聞きに行くこととする。


「お兄、ゲームやらして」とノックもせずに妹が入ってきた。ゲームか…。


「俺はもうやらないから、葉月にあげるよ」と話すと

「なんか…人が変わったみたいだけど?大丈夫なの?」と心配された。


元の時代の俺は、あまりTVは見ないし、ゲームもたまにしかしない。


ニュースは時々見るが、暗いニュースが多いのでなるべく見ないようにしていた。


「少し、勉強に興味があるからな。そっちの時間が今は大事だ」と葉月の頭を撫でた。


本当の…血の繋がった妹だったら良かったなと、俺は思っていた。




出来る勉強はしておき、20時からの一時間は自室で出来る稽古をした。


準備運動、筋トレ、パンチと蹴りのコンビネーション、相手を想定しての基本的な関節技と投げ技の型、換歩での五行拳と馬形拳と虎形拳。


最後にストレッチを入念に行う。

二階の部屋なので、あまり音をたてないよう、踏み込みはあまり使わない様、心がける。


その後、風呂に入って眠りに就いた。


自室以外での稽古場所の確保も必要だ。その点も目星は付けていた。




6月11日(日曜日)


翌朝、見事に筋肉痛だった…。

吹奏楽部では、走り込みや腹筋をやらされていたのだが、武術で使う筋肉とは異なる。

予期せぬ戦闘があったこともあるのだろう。


俺は電車で一時間半ほどの隣町の更に隣、一ノ瀬市へ来た。


天気予報では昼過ぎに雨になるとのことで、傘を持ってきている。


電車の中では教科書に目を通し、わからないところには付箋を付けて、わかるようになるまで調べることとした。


スマホは、幸いにしてインターネット機能が使えた。


勉強にも使えるが、画面が小さいのがネックだ。やはり教科書や参考書が見易いのと、メモなども書き込める。


スマホは元の時代の時間軸で機能しているようで、ニュースや動画も見れることがわかった。


だが、使うのは自室に限ろう。

今の時代ではオーバー・テクノロジーだ。


一ノ瀬市に着いてからは、バスでの移動となり20分程で目的の栄心武館に着いた。


元の時代の俺が高卒後、18歳の頃に入門した道場だ。


栄心武館は、先代の佐島栄瞬さんという方が創設され、20年程の歴史があるらしい。


現在の館長は佐島栄光先生で、50代のはずだ。


栄光先生は主に合気道と古武術を担当している。


合気道といっても、どこの会派にも属さず、稽古体系も、この道場独自のシステムとなっている。


他、貸しスペースとしての側面もある道場で、平日の日中はヨガやピラティス、ダンス等の外部講師が入っている。


平日の夜は空手、中国武術、合気道、古武術等が曜日ごとに習えるようになっている。


俺が学んでいたのは合気道と古武術、そして中国武術。


中国武術は形意拳と八卦掌を学んでいた。


他にも蟷螂拳、太極拳、八極拳、通背拳、等もあったが、担当の見山先生には的を絞った方が良いと言われて、身体に合うと感じた形意拳、八卦掌に決めた。


古武術では柔術を中心に、武器は剣術、六尺棒、長巻、鎖鎌、万力鎖、杖、短棒、手裏剣、居合、等があったが、俺は杖と短棒を中心に剣術と万力鎖、手裏剣を少し学んだ。


いろいろ身体を通してみたが、最終的には的が絞られた感じだ。


栄光先生には「武芸十八般だからね。なんでも出来なきゃダメだよ」と言われていた。


道着でもジャージでも、動きやすければ服装はなんでも良いというのも、この道場の特徴だ。


日曜日は栄光先生のクラスで合気道、古武術クラスだ。今日の参加者は15名程か。


俺の目的は、一人の先輩。かなり厳しい方だが、相当に技が切れる。


当然ではあるが、知らない人ばかりだな…。


元々、道場生の入れ替わりがかなり激しい。

10人、新人が入っても半年後には2~3人しか残らないのだ。


…居た!「鬼の丸山」「新人キラー」と裏で渾名で呼ばれていた丸山先輩だ。

まあ、キラーと言っても、実際に殺してはいないのだが…。


丸山先輩の稽古がキツくて、辞めて行く人が後を経たないので、そう呼ばれているのだ。


均整の取れた体型と、鋭い目付き。長髪を後ろで束ねている。道着に、下は袴を着用している。


元々、他の流派の柔術やボクシングを学んでいたと聞いたことがある。


俺は、今日は見学させて頂く予定であったが、栄光先生から「ジャージで来ているから、ウォーミング・アップだけでも参加してみなさい」と促されて列に加わる。


内容的には、元の時代とあまり変わらないウォーミング・アップだった。


そこから合気投げ、そして型稽古に進むようだ。


俺は見学に移ろうとしたが

「着替えがあるなら、このまま稽古に参加しなさい」と促された。


合気投げは主に手首を捕られた状態で、相手を崩して投げる。


元の時代より内容が多彩で、初めての技もあったが、投げ、受身、共に何とかこなせた。


途中、栄光先生から

「君、何かやってたのかい?」と聞かれ…、

まさか未来で、この道場で学んでいましたとは言えず…、

「祖父から手解きを受けていました」と誤魔化した。


受身が取れると見るやいなや、丸山先輩には容赦なく投げられた。


その後、型の稽古に移った。

基本の型が一から十まであり、通しで行った後、ランダムで中伝、奥伝、応用変化に移るのが元の時代の稽古だった。


しかし、この時代では基本型は二十まであり、当身が三連打だったりと、勝手が違った。


当身は寸止めではあるが、投げや関節技が厳しく、中学生にはかなり堪える内容だ。


丸山先輩の当身はかなりギリギリだったり、入ったりする。これは元の時代でもそうだったのだが、今の方が、かなりキツい…。


最後にストレッチを終えて、稽古終了。


俺は肩で息をしていた。やはり体力が…、今の俺には無い。


元の時代では、DVDで過去の稽古の映像を見させて貰ったことがあるが、まさかそれに参加することになるとは…、夢にも思わなかったな。


先生に挨拶して、入門しますと伝えた。


丸山先輩は腕組みをしてこちらを見ており、ちょっと怖い雰囲気だ…。

元の時代の丸山先輩より、かなり尖っている印象だ。若い時って、こうなんだなぁ…。


「昔は、今より稽古が激しかった」という噂は本当だった。


道場から出て、バス停で待っていると雨が落ちてきた。


予報通り、雨か。傘を持って来ていて良かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る