第3話
昼近くなり、家に帰った。
「ただいま」と玄関から入ると
「お兄、早くご飯食べないと習字に遅れるよ」と妹の葉月が言った。
…そっか、川浪先生の所で書道習ってたんだよな。
算盤はダメだったけど、書道は自分でやりたかったからか、メキメキと上達が早かったな。
今は準二段だったはずだ。
…食欲が無いなぁ。昼飯は食べない事にした。
「婆ちゃん家に顔出して、習字に行くわ」と書道道具を持って家を出る。
歩いて5分ほどの所に祖父母の家がある。
玄関を入ると、芋の塩煮の匂いがした。懐かしい…。
この時代、祖父母は健在だ。未来の俺の時代では既に亡くなっているが…。
ただいま、と居間に入ると祖父母が昼食を食べていた。姿を見たとたんに涙が溢れた…。
「どうしたの!」と祖母が立ち上がる。
「ごめん…。あまり孝行出来なくて、俺…。本当にごめん」としか、言葉が出なかった。
祖母に促されて、気持ちを落ち着けて、お茶だけ飲んで祖父母の家を出た。
芋、食べれば良かったかな…?と思いながら書道教室の近くに来ると「おう!」と後ろから声がかかった。
誰?と思って振り向くと、自転車に乗った幼馴染の佐々本憲之だった。
皆からはノリと呼ばれている。
コイツとは腐れ縁でいろいろあったなぁ…。
まあ、嫌な思い出しかないけどな。
書道道具を見せて「じゃあな!」と言いながら去ろうとすると
「おいおい、ちょっと待てよ。これから遊ぼうぜ?」とのお誘いの声がかかった。
あれ?コイツは、もう書道辞めたんだったかな?
野球部でもあったはずだが…。
部活は休みか、サボりなのか?
俺より早く書道を学んでいたので、いつも威張り散らしていた記憶がある…。
「いや、習字に行くから」と言っても、しつこく誘われる。通り行く他の生徒達も、怪訝そうにチラホラこちらを見ている。
もう、無視して行こう、とすると
「お前!俺の言うこと聞けねえってか?また泣かされてぇのか!?」と、いきなり右のパンチが飛んで来た。
俺は反射的に軽く右に体捌きしながら…左手刀でパンチを内側から受け流し、同時に右手刀でノリの左首筋を打ち、そのまま首を抱え込んで転身しながら腰車で投げて…、しまった!
…あらら、元の時代の条件反射だ…。
ノリは、右手刀の首筋打ちで意識が飛んでいたようで、受身が取れていない。気を失っている…。
アスファルトだから、後から身体中に痛みが出るとは思うが、まあ先に手を出した方が悪いよな?
車に轢かれるとマズいので、歩道の隅まで両脇を抱えて引きずる。
自転車も道路脇に避ける。
たぶん、少ししたら、目を覚ますだろうか…。
活法を施そうかと思ったけど、やめた。
俺はそのまま書道教室へ向かった。
書道教室では、周りの生徒がヒソヒソ話をしていて先生から注意を受けていた。
さっきの見られてたんだろうな…。
気まずいが、仕方がない。
一時間ほど練習し、清書を先生に提出した。
「いいですね」と先生から今日の稽古は終了ですと言われ、帰る準備をする。
帰り際、先生から
「やるべき時には、やらなければならない。
さっきは凄かったなあ。学校は大変な事になっているようだが、勉強は自分でも出来る。努力を惜しまないようにな」とお言葉を頂いた。
さっきの、先生も見てたんだな…。
まともな大人って少なかった気がする。
その中でも、書道の川浪先生はいつも落ち着いた雰囲気で、気品があり、優しい口調で話してくれる人だった。
俺が子供時代に関わった、数少ない、まともな大人だったのだと思う。
書道教室から帰路に着く。帰りに祖父母の家に寄って、残っていた芋の塩煮を食べさせて貰った。
俺は半分、祖父母に育てられた。
俺が産まれて間もなく両親が離婚。
母親は実家に帰ったらしい。
詳しい事情はわからない。
嫁姑問題だったのか、父親の妹…俺の叔母が母親を苛めたという噂も聞いたことがある。
だが、事実はわからない。
物心ついた時には母親が居なかった。
俺の家だけなぜ…?とは、思っていた。
小学三年生の頃に、今の母親と父が再婚した。
妹は連れ子だ。
それ以来、俺はなんとなく家に居づらい、そう感じていた。
早く大人になって、家を出て、一人で暮らしたい。ずっと、そう思っていた。
書道教室が終わって自宅に帰り、自分の部屋で過去の自分を思い返していた。
…ふむ。過去を振り返っていても仕方がない。
今後のプランを考えよう。
まずは状況の整理を。
…いや、その前に、今日のことを琴乃に伝えなければならないだろうな。
メッセージアプリを開いて、「今話せる?」とメッセージを送る。
「少し待って」と返信があり、20分ほどして通話となった。
「琴乃に伝えなければならないことがあって…」
と切り出すと
「私もなの」とちょっと戸惑った様子だ。
何かあったのかな?
俺は促されて、子孫だと言う未来人の異星人に会ったこと。
俺は実験体であり、もう戻れないことを伝えた。
伝えながら、涙が出てきた。
「だから…琴乃は、別に良い人を見つけて…幸せになって…」と伝えた所で
「いや、あのさ、いるのよ恭くんが…」と。
…いや、待て…。状況が飲み込めない。
俺が居る…のか?と聞くと
「うん。居るのよ、アパートに。ひょっこり帰って来たわ」
…どうなってんの!?
「というか…貴方、本当に恭くんなの?」と琴乃が不安気に聞いてくる。
「まさかの…俺が偽物疑惑かよ…」
「だって居るもの。今は私、近くのファミレスで話してるの。あ、フルーツパフェここです~」
…いや、元気だなぁ?こっちはそれどころじゃないぞぉ?
「…そっちの俺ってどうなの?普通なの?」と聞くと
「普通と言えば普通。ただ、あっちの方は淡白だった。それと、スマホ持ってなかった。どこかで無くしたみたいで大変だったのよぉ~」とのことだ。
…いや、聞きたく無い情報も聞いてしまったな?
「まあ、なんかもう戻れないらしいし、琴乃はそっちの俺と幸せに暮らしてくれ。こっちはこっちで何とかするわ」と涙ながらに伝える。
「ええ~、毎回淡白だと私やだなあ!」と
…そこかよ!?
「私に考えがあるんだけど…」と琴乃は話を続ける。
「そっちの私に、そっちの恭くんが会えばいいのよ」
「いや、出会う前に会いに行っちゃダメなやつだろ、それ?俺、ただの変なヤツで、痛いヤツになっちゃうよ…」
俺と琴乃が出会ったのは社会人になってからだ。
「う~ん、私は恭くんに初めて会った時、ビビビっと来たから、大丈夫だと思うんだけどなぁ」
う~ん…。まあ、琴乃は普段はおっとりで、ゆるふわ系?なのだが、妙に勘は鋭いんだよな…。
それにしてもだ。
「その点は少し考えさせて。それと、そっちにも俺がいるみたいだけど、このまま、しばらく連絡させて欲しいんだ。
そっちが大丈夫なのか気になるのと、いろいろ相談に乗ってくれたら助かる」
「それはOK牧場。いきなり切り捨てたりはしないよ」。
おお…、OKだけど怖い言葉も入っている。
俺は「また連絡する、パフェを堪能してくれ」と伝えて通話を切った。
さて、やることは山積みだが、一つ一つ潰して行こう。
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