第十七話 復讐
2018年7月20日 午後8時26分
『炎上』の言霊の完全消滅を確認。
任務参加者 七海愛海 井坂竜哮
関係者 浪野翔琉 【削除済み】
重傷者 三名
以上を以て本作戦を我らの勝利と結論する。
「検体Nの経過観察は良好。『炎上』の言霊による思想汚染等の影響は見受けられず。本人の希望通り、実行部隊への配属を許可するべきであると考える」
「彼の能力は貴重です。炎を扱える能力者は、現状の12人の中にはいませんし」
「『炎上』による思想への影響も無いと結論されているのだろう? なら、良いじゃないか。いつまたあれだけの怪物が現れるとも分からん。戦力は増やせるときに増やしておくべきだと思うね」
「仮に暴れ出したとしても、この出力では七海に制圧されて終わりでしょう」
「……うむ。では、一応採決に移ろうか」
「その前に、司令はどこへ行ったのだ?」
「さあ?」「死んだんじゃないの」「分からないが、この会に参加しないというのなら、もう無視していいだろう」「おい、なに寝ているんだ。起きろ」
「ええ……ああ、司令がどうなったかって?連絡ねえ、来てたよ。うん。死んだよ、あれは。自害したとのことだ」
「死因は?」
「毒。コーヒーに入ってたらしいよ」
「ならば次期司令も決めねばな」
「大変ねえ、ほんと」
「俺を殺しに来たか、七海」
東京スカイツリー展望台で、自らが守護する都を見下ろしていた
「話すことはなにもないぞ」
「先生になくとも、私にはあります」
「ほう」
まだ包帯が生々しく残る、傷を抱えた少女だった。
現代最強の異能者、
「先生が護りたかったのは、これなんですね」
無限にも思える人の営み。コンクリートと電子で囲まれた都。
欲望に満ちた退廃の帝都。
溢れんばかりの喜怒哀楽で埋め尽くされるこの世界こそ、風間風人が護りたかった場所なのだろう。
だからこそ許せなかった。
十年前、『炎上』の言霊を巡って繰り広げられた決戦。あれは、『世界』を救うためのものであった。
当時、世界各国では能力者の増加が問題視されていた。日本だけでも百人を超え、中国やアメリカ、ロシアなどでは千人近くにも上っていたという。国家による能力者の管理は、もう限界であった。このまま進めば、能力者や言霊を始めとする超自然の存在、常識外れの怪物達の実在を、人々に明かすことになってしまう。
更に恐るべき事として……能力者の中には、危険性という点で核兵器すら凌駕する恐るべき存在もいた。
消えない炎の使い手、言葉を聞かせるだけで十万人を洗脳できる宗教指導者、死者の蘇生を可能とした医師、どうやっても死なない不死身の人間、思ったことが現実化する子供、神を自称する超越者、あらゆる生命を抹殺する殺人ウイルスを体内で培養する者、復活した七人の織田信長、死んでいなかった四人の織田信長、悪魔と合体したらしい天草四郎、時間の巻き戻しが可能なロボット、百パーセントの精度で未来を予測する占い師……。
こんな化物達が、世界に何万といた時代があったのである。
管理はもう、限界だった。
その先に待っているのは破滅の未来だと、誰かが言った。
恐怖が世界に解き放たれる。今や三大宗教すら超えた信者の数を誇る『科学』が敗北すれば、世界は再び闇の中に包まれる。プロメテウスが火をもたらす前の、洞穴で暮らし、闇に怯え、裸で暮らす時代に逆戻りだ。
そんなことになってはならない。なんとしても、止めねばならない。
世界を救わなければならないと、動いたものがいた。
ある国では能力者が一堂に集められ、虐殺された。
ある国では最後の一人の願いを叶えると嘯き、殺し合いを行わせた。
ある国では家族や恋人を人質に取り、紛争地帯へ投入した。
日本では、おあつらえ向きな強敵がいたため、それを利用することにした。
結果、間引きは成功した。失敗した国は、各国が共同で国ごと潰した。こうして、各国の異能者は、国が安全に管理できる数まで減ったのである。
もちろん、そこにいたるまで多くの困難はあっただろう。歩調を合わせぬ国も存在した。しかし、そんな困難すら乗り越えた先にあるのが、この世界だ。
その首謀者の一人が、日本で唯一生存した異能者──風間風人。
「よくそこまで調べれたなって思うでしょう。まあ、以前から報告書の不自然さは気になってたんですよね。でも、深くは調べられなかった。司令がこのタイミングで自害したおかげで、指揮系統に僅かな混乱が起きて──それに乗じて、真相が知れた」
上層部の混乱が、盤石となっていた情報セキュリティに僅かな亀裂を生んだ。
それさえあれば、水は簡単に入り込める。
七海は背負ったリュックから、調査結果を纏めた資料を取り出した。
「先生の行いが、間違っているとは言い切れない。先生は先生の信じる正義に従って、世界を護った」
護るために、数多の殺人を許容した。
七海の両親を殺す選択を取った。
友人だった二人を。
故に、復讐者である七海にとって風間は、『炎上』と同じか──それ以上に、殺す理由のある相手だ。
「先生には、本当に沢山のことを教えて貰ったわ」
能力の活かし方、効果的な戦い方、両親を失った人間が、一人で生きていけるだけのあらゆる知識。そして、復讐心を維持し続ける方法。
「感謝しています。それは本当。だから……」
殺す、か。風間風人は笑う。
「好きに殺せばいい」
「いいえ。さようなら」
そして、七海は背を向ける。
風間風人は、殺されなかった。
「……は?」
「なんだか癪だわ。全部先生の思い通りみたいで」
「何を、言って」
「そもそも、私が復讐心を忘れないためにあの災害の記録を毎日読み直していたのも、先生に勧められたからなんですよね。復讐心を維持することは大事だって。そこから不自然さに気付いたの、出来過ぎじゃないかしら? この状況で司令が自殺したのもタイミングが良すぎるし。後……私がここまで強くなれたのも。全部全部、出来過ぎ。だから思うんですけど、これ、全部先生の計画なんじゃないですか?」
「……」
「1、私を強く育成する。2、『炎上』ヘの復讐心を抱かせつつ、十年前の事件に疑問を抱かせる。3、『炎上』と戦わせる。死んだらあらかじめ用意していた策で『炎上』を破壊。4、生きていたら、司令を自殺に見せかけて殺し──私に、真相に気付かせる。そして、5。復讐者の私の手にかかり、死ぬ。これがあなたの描いた絵図。……いや、6。東京の守護はより強くなった私が引き受ける。まであるか」
一つ一つ指で折って確かめていく。
風間はその推理を聞いて笑った。顔を歪めて拍手をする。
「ははは、いやあいいね。面白い。小説家、向いてるんじゃないか?」
「向いてないですよ。全部事実だから」
七海は揺るがない。その、氷じみた気配に、風間は恐れを抱く。
咄嗟に、否定するための言葉を投げた。
「私が自殺するような人間だと思うかい」
「思わない。だからこんな私任せの作戦を練ったんでしょ。自分で死ぬ勇気はなかったから。でもおあいにく様。私は閻魔大王じゃない。先生に裁きを下すつもりはないわ。先生はずっと生きていくんです。何十人もの同胞を殺し、千人近い死者を生んだ大災害を引き起こした、その罪の意識を背負って」
資料をリュックに仕舞い、七海はその場を去って行く。
「先生に育てられた復讐心で、先生を殺しても、それは先生の思い通り。殺さなくても思い通り。だって結局、先生は私に裁いて欲しかったんでしょうから。……だったら私は、決めません。先生の処遇を決めるという権利は、捨てさせて貰います。それが、私の出した結論です。……後は勝手に、自分の好きなように、自分の責任で、現実を決定してください」
救われたと思うこと、許されたと思うこと、いや生きていくことが罪なのだと思うこと。
どれを選択するのも自由。しかしあくまでそれは、自分の意志で選んだことであって、七海愛海の仕業ではない。
現実は何も変わらないが、その解釈は変わってくる。
ある意味で、もっとも残酷な復讐方法と言えた。が、七海は既に宣言している。風間の処遇を決める権利を捨てる、と。故に、これは復讐ではない。風間が十年間望み続けた、救いでは断じてないのだ。
「……七海……!!」
風間は、救いを取り上げた七海へ、その名字を呼ぶ。
この言葉に、どれだけの感情が込められているだろうか。読み取りきれない感情の混沌は、しかし七海愛海を止められない。
「最後ぐらい、名前で呼んで欲しかったです」
見えなくなるまで、老人はその背を睨み続けた。
その日からも、東京で言霊が目撃されることはなかった。
今日もまた、鋼の都には守護の風が吹いている。
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