第十三話 太平洋上水炎決戦①
太平洋のどこかで、雲から落ちてきたものがあった。
それは着水直前で砕け散り、莫大な炎を展開する。
『炎上』の言霊だった。
「なるほど」
それは周囲を見渡し、自分の状況を理解して頷いた。
「ここなら、気兼ねなく戦えるわね」
遅れて空から降りてきたのは、日本最強の覚醒者。
彼女は水面に降り立つ。
「フィールドを有利にするところから、戦いは始まっているの。文句は聞かないし、許可しないわ」
「……ククク。それはそれは……」
周囲を水に囲まれた世界で、『炎上』の言霊は翔琉の顔を歪ませる。
「この程度、ハンデにもならないから安心しろ」
「慢心ね。言っておくけれど、十年前とは違うでしょ、あなた。全国でこそこそ放火だのなんだのをして、炎上という言葉へのマイナスイメージを強めたのも、全部無駄だったってこと、刻み込んであげるわ」
闘争が、開始される。先に動いたのは、愛海だ。彼女が念じれば、それだけで海が形を変える。性質を変える。武器となる。
高圧力をかけられた水の奔流が、四方八方から放たれる。理屈としては水鉄砲だが、数と質が段違いだ。数百の機関銃にも相当する水の連射が、『炎上』に迫った。しかし、『炎上』はその全てを、躱さなかった。その場にいる。それだけで、防御として成立した。纏う超高熱の炎は、単なる水分程度一瞬で蒸発させる。
「この程度か」
「いいえ」
下方からの衝撃だった。『炎上』の肉体を捉えたのは、水中から上空へと高速で放たれた氷塊。鋭利な先端を持ち、ドリルのように回転するそれは、『炎上』の炎を浴びてなお形を維持し、肉体に食い込もうとする。
ここで、『炎上』も動いた。焔を纏う両腕で、氷塊を掴んだのだ。刹那、計測器が一瞬で振り切れるほどの高熱が放たれる。
氷は、溶けない。
その温度が、変わらない。
七海愛海の能力である水の操作は、形状だけではなく、温度にまで及ぶ。超低温で固定することで、炎による蒸発を防いでいた。
「……!!」
同様の氷塊が、次々に顔を出す。戦艦じみた氷の弾丸を回転させ、解き放つ。都合十二発の氷塊弾、全弾命中。小さな体を、押し潰す。それだけでは終わらない。とどめとばかりに、雲を割って、先ほどまでの大きさとは比較にならない超質量が空から墜ちる。雲の中に隠していた氷の鉄槌だった。或いは、隕石と言うべきか。振り下ろされる質量が、12発の氷塊弾もろとも『炎上』を海中へたたき込む。
まだだ。まだ連撃は止まらない。海の流れが切り替わる。七海の掌握したとおりに、波が、水が、海流が変化した。それは渦を巻きながら、海中のあらゆる物体を巻き込んでいく。海底の岩石も、沈んだ船や鉄くずも、全てを巻き込み、海中に渦が生み出された。竜巻の如きそれは、巻き込んだあらゆる全てを削り、砕き、藻屑に帰する。とてつもない量の細かな破片や、強大な海流の圧力が、ヤスリでものを削るように、あらゆる物体を全て削り取るのだ。円を描くその直径は五キロに及んだ。
鯨だろうと十秒で粉微塵にする超絶の海流。神話の如き裁きの渦。
その間にも七海愛海は次の手を用意している。戦闘の流れを構築している。
彼女に油断はない。
彼女は理解している。この程度では終わらないと。
両親や、何百人もの人間を、一夜にして葬り去った怪物は、この程度では絶対に終わらない。
「さあ、出てきなさい」
お前なら、これも耐えきり、出てこれるはずだ。
予想──或いは期待通りと言うべきか。海から光が迸ったかと思えば、次の瞬間には有り得ざる熱と爆発が吹き荒れる。五キロ圏内の全てを吹き飛ばす、核にも匹敵する大爆発だった。
七海はそれを防御した。大気中の水分の凝固。千四百五十二層の氷壁を展開し、衝撃を防ぎきった。
爆心地には、無傷に見える『炎上』の姿。
「これで終わりか」
「いいえ、違う」
此処は海。七海愛海が真に全力を放てる世界。彼女が身につけた復讐の刃は、こんなモノでは終わらない。
「私も知らない私の全力、全て出し切るまで、あなたが死ぬのを許可しないわ」
戦闘が再開される。一撃一撃が天変地異に匹敵する頂点同士の激突は、更なる加速を開始していった。
一方、置いていかれた二人はまだ公園にいた。
「あ…あ、…あ、い、う、え、お……よし」
竜哮の喉が回復する。彼女にとって、竜の声帯はすぐに再生するものという認識である。竜の再生能力は、人間を遙かに凌駕しているのだから。よってその傷は数分もせずに修復された。二つの別格が去った以上、座っている理由もない。彼女は立ち上がり、痛みに苦しむ剣に肩を貸し立たせた。
病院へと、歩き始める。
「大丈夫だ。そんな傷、医者に診せればすぐ処置してくれるから……」
「駄目だ」
剣が、体を捻る。竜哮から離れ、支えを失い、勢いよく地面に倒れた。しかしその痛みをものともせずに、動き出す。両腕のみで、前に進もうとする。
無様だった。
幼虫のようにもがきながら、それでも剣は進もうとする。
七海と『炎上』が去った方角へと。
「行かなきゃ」
コンクリートに爪を突き立てる。メリメリ、ペキ、と爪が剥がれても無視。狂気じみた執念だけで、その体を動かしていた。
「行かなきゃいけないんだ」
翔琉を助ける。七海からも、『炎上』からも救う。体を支配する妄念だった。使命だった。エゴだった。身の程知らずの強欲。無謀な願い。
「……やめろよ」
無様なその姿に、竜哮は咆哮した。
「やめろよ!!」
背中を強く掴む。
「やめてくれ……!」
ギリギリと、牙を食いしばりながら。
少女は、言葉を絞り出す。
「行けば、お前は死ぬんだぞ……!」
「どっちにしろ死ぬ」
剣は言い返す。
「七海が勝てば記憶を消される。それじゃあ死んだも同然だ! 逆に『炎上』が勝てば、誰もあれを止められなくなるんだろ? 最強の七海が死んだんだからな! 奴の気分で全てが決まる世界が待ってる……だから、行くしかないんだよ」
世界の命運をかけた戦いが、繰り広げられている。どちらが勝とうが剣にとっては地獄に変わりない。そしてなによりも。
「どっちの道でも、翔琉は救われない!」
七海が勝てば言霊と同化した翔琉は殺される。
『炎上』が勝てば、訪れるのは一極支配の世界。それを翔琉が望むとは思えない。
どうなろうとも、彼は、不幸だ。
だからこそ、剣は足掻くことを選んだ。
第三の道を選択するために。
「俺は、行くぞ……!」
「……どうやってだよ。足は切られて歩けない。例えたどり着けたとしても、何の能力も持たないお前に何ができる!!」
「こうやって、進むことができる!『炎上』の中にいるだろう翔琉に、呼びかけることだって、できる!!」
「声をかける……?そんなことで止まるはずがないだろうが!言霊との同化なんて現象が起きているんだ。お前の親友の意識なんて、とうに失われているに決まっている!!」
「いいや……分からないぞ」
剣には、一つの勝算があった。
「『炎上』の飛び出てきたタイミングを考えろ……俺が、記憶を消されそうになった時だ。あの瞬間に出てきたのは、偶然か?」
竜哮の目が大きく開かれる。
考えてみれば、確かに出来過ぎていた。記憶を処理される直前で『炎上』の言霊は姿を現し、その出現によって七海は処理を停止した。これに作為がないと、どうやって言い切れる?
「なんで竜哮が負けた時に出てこなかった? 雨が降り始めたときに出てこなかった? そもそもやつが病院から出てくる必要もなかっただろ。だって、あそこには何百という人質がいるんだから!」
患者、医師、看護師、事務員、その他大勢の人間が生きている建物が病院だ。そこにいる限り、七海は彼らの安否を考慮しながらの戦闘を強いられることになる。『炎上』が絶対有利なフィールドだ。捨てる理由が存在しない。にもかかわらず、奴はそこを捨てた。
明らかな不可解。だが、それは『炎上』の言霊の意志だけを考慮して考えるからだ。
別の要素を組み込んだとき、明確な理由が浮上する。
「理由はひとつ。翔琉の意志が生きていて、俺の窮地を救いに来たんだ」
それを希望的観測と、切り捨てられるか? 否だ。すがれるだけの根拠は、既に提示されている。
「翔琉は生きてる」
それも、肉体の主導権に干渉できるほどに。
ならば、救いに行かなければならない。
止まる理由はない。前に進むしかない。
彼の行動原理は友の救出。望みしものは理不尽への逆襲。罪の精算を望むもの。
真名の意味は、困難の超克。立ち塞がる壁を切り開く、それは神が振るった剣の銘。
言霊討伐数ゼロ。
彼は異能を持たない、どこにでもいる覚醒せざる少年だ。
火之迦具土神を断つ十束の太刀────
どこにでもいる少年だからこそ、何のしがらみも、恐怖も打算もなく、動き出せる。
「俺は行くぞ、竜哮」
強靱な意志、というだけではない。単に意志の力が強いだけなら、十年という歳月を復讐のためだけにつぎ込んできた七海には敵わない。彼女の放つ圧は極限まで研ぎ澄まされている。この日本に、彼女の意志の圧を真正面から振り払える人間はいない。彼女を管理するはずの上層部も、歴戦の竜哮も、他の十人の覚醒者でも、呑まれて心を折られるだけ。
実際、剣も七海の放つ在り方に呑まれていたこともあった。『藁』の言霊との戦いの直後などは顕著だろう。彼女の在り方には、剣も逆らえないはずなのだ。
にもかかわらず、今動けているのはなぜなのか。以前、『藁』との戦いの後と何が違う。
簡単だ。
あの時、彼は一人だった。自分以外に守るべきものはなかった。だからすぐ折られてしまった。一瞬で呑まれ、屈してしまった。
今は、違う。守るべきものがある。守らねばならぬものがある。
翔琉を救い出すためになら、剣は無限の力を生み出すことができる!
彼はごく普通の少年であり、他に特別な能力は持たない。あくまで現実的な手段しか持ち合わせてはいない。そうあれと己に課してきた。
その上で、彼は人間の可能性を、強さを信じている。誰かのためなら無限の力を発揮できる。それが、普通の人間だと。故に彼もそうするだけだ。
一人だけなら、負けていた。しかし、翔琉が絡んだ以上、負けることは許されない。
人間ならば、立ち向かえ。
進化もせず、一世代もかけず、誰かを想う意志とひらめきと努力だけで、あらゆる困難を超克する。それこそが、大波から生き延び、炎をも手に収めた『人間』なのだから。人の間に生きるモノなのだから。
「お前は、どうなんだ!?」
それを眩しいと『竜』は思う。
彼女だって、誰かのために戦い続けてきた。
けれど、いつも後悔ばかりしていた。
兄の死を間近に感じたことをきっかけに発現した力で、言霊は打倒できた。しかし、戻った彼女を待っていたのは、おぞましい世界だった。
養子に迎えてくれた両親は、彼女を気味悪がった。
それまで優しかった周囲は、腫れ物に触るように距離を置いた。
幼い少女は何が正しく、何が間違っているのか理解できなかった。
ただ、突然手に入れた力と、喉に生まれた鱗に、混乱することしかできなかった。
「答えろ、竜哮!!」
竜哮。竜のように力強く、そして大きな声で皆に思いを伝えられるように。
いなくなった両親が、付けてくれた名前だった。
すがれる者のいない世界で、ただそれだけが彼女の宝物だった。
ゆっくりと、思い込みが浸透していった。最初は、鱗と言っても小さなものだった。しかし、彼女が現実からの逃避を選ぶに従って、鱗は大きく、鋭くなっていった。
皮肉にも、それが進み、力が強く育つほどに、周囲は彼女から離れていった。誰も声を聞いてくれなくなった。
それでいい、と思った。
戦いの邪魔だ。
当時十歳にも満たない少女は、言霊との戦闘に単身挑み続けていたのだ。
ある日、他の覚醒者と出会うまで。
「お前は、何のために力を得た!?」
『一人で言霊を!? こんな女の子が……何のために』
決まっている。
当時の竜哮は、明確な意志を持って、答えた。
七海という怪物に折られる前まで、彼女がずっと抱いていた理想を。
いま、思い出す。
「救うためだ!!」
西洋におけるドラゴンは、邪悪の象徴であったり、強欲なるものとして描かれ、等しく英雄に討伐される存在である。
しかし東洋では必ずしもそうではない。中国では四神の一角として、仏教では仏法を守護する神として、そして日本では雨を降らせる聖なる存在として、広く信仰を集めている。
現在では更に扱われ方は変質し、文学・映像作品の数々でモチーフとして取り上げられたドラゴン・竜は、非常に多くの面を獲得するに至っている。
井坂竜哮の中にある竜のイメージは、その中の複数要素の複合だ。
外見や、アクセサリーやキーホルダーの蒐集癖は西洋の強欲なドラゴンの要素。
だが、彼女の願いであり本質──衆生を救う守護神としての在り方は東洋竜のそれである。
再び立ち上がった竜哮の瞳には、燃え盛る意志の炎が煌めいている。
覇気を纏った小柄な体は、神々しくすら見えた。
彼女は地に転がる少年に声をかける。
「行くぞ、剣」
「……先に行ってくれ。必ず追いつく」
「いいや、一緒に行くぞ」
次の瞬間、地面に映った竜哮の影が、変化した。
彼女自身の肉体も変わっていく。喉を起点に鱗が増殖し、小柄な体を覆い尽くす。それでもまだ、止まらない。鱗だけではなく肉や骨まで増え、巨大化し、一つの異形を作り出す。
「わかったんだ」
自分の原点を。込められた願いを。そこから生み出される、己の力の本質を。
彼女の行動原理は救済。望みしものは理不尽からの防衛。弱きを救い導くもの。
真名の意味は、竜の咆哮。言葉と想いを武器として、遙か彼方まで届ける願い。
言霊討伐数三百五十二体。
竜は今、目覚めの咆哮を轟かせる。二度と自分と同じ、大切な人を奪われる人が現れぬよう。
孤高なりし竜の英雄は、絶対なる壁を越えるべく想いの叫びを解き放つ────
「届けてやるよ、お前の願いを。この、
その時、神話が、顕現した。
太平洋での決戦は、神話そのものだった。
空は曇り、豪雨が降り注ぐ。海面は氷に覆われ、極地の如き様相だ。
降り注ぐのは雨だけではなく、白い氷も含まれていた。
夏であるというのに、その領域だけは極寒の世界に変わっている。
そんな世界で、生きる者は二つだけ。
炎を纏い放つ人外と、領域を生みだした怪物。
人外が腕を振れば、それに沿って熱線が振るわれる。白銀の世界が赤く染まり、暗黒の空ごと全てが切り裂かれる。両断される。雲の切れ間から、星が見える。
しかしその切れ間もすぐに閉じられた。雲からは無数の氷塊や水滴が、超高圧力をかけられ、弾丸以上の速度で降り注ぐ。
一方下方からは氷がドリルのように回転しながら、海面を破り突き出された。柱のように乱立する氷の杭を躱しながら、『炎上』は敵の姿を探す。七海愛海は、いつの間にか消えていた。恐らくどこかに隠れ、遠距離からの攻撃を行っている。どのようにして知覚しているのかは、『炎上』には分からなかったが、その攻撃の正確さは驚嘆に値した。
回避のために『炎上』の体は宙に浮いている。纏う炎が上昇気流を生んでいるのだ。しかし自由に飛べるわけではない。七海が氷を通じて冷気を操り、『炎上』の操る気流を乱しにかかっている。それでもまだ飛べているのは、ひとえに『炎上』の能力操作や処理能力が別格であるからに他ならない。七海の妨害すら考慮した熱エネルギー操作。それが、『炎上』の縦横無尽に駆け巡る高機動力を生みだしている。
戦闘開始から一時間が経過しようとしている今、七海は『炎上』に致命傷を与えられていなかった。完全有利な状況下にあってなお、優勢とは言いがたい戦況だった。
(想定より能力制御が精密……修正しないと)
七海は思考する。
『炎上』の言霊からは、十年前に比べて、能力の出力や多様さは失われている。大火災時に見せた性能が、発揮できていない。明らかに弱体化している。
反面、精密な操作や能力を利用した戦闘に関しては想定を遙かに上回っていた。上昇気流による飛行能力は警戒していたし、冷気による気流の攪乱もその対策だったが、それすら考慮して気流を操作するなど、完全に想定外だった。
そして、そこまでの情報処理能力があるということは、だ。
機動力に加えて、攻撃の先読みも完璧である。それだけ知性が高すぎることを意味する。
高熱によるごり押しではなく、的確な回避を行ってくる。
熱の攻撃や防御は、七海も対策している。水の温度を一定で固定させることにより、高温による蒸発を防ぐというやり方でだ。序盤で打った水弾は、それをしていない様子見。本命はその後、蒸発で防げると予想させてからの防げない攻撃だった。しかし、『炎上』はそれすら読んで回避してきた。
その後も、弾丸全てがよけられている。タイミング、射程、射線、全てが分析されているのを、七海は感じていた。
(だけど、負けないわ)
少しずつ余裕は奪えている実感がある。
決着は急がない。冷静に、一手一手、丁寧に丁寧に描く。
間違えない。将棋やチェスに挑むように、少しずつ、けれど確実に追い詰めていく。
(こう、こう、こう)
氷が突き出た。水が降る。少しずつ逃げ場が奪われていく。
前方からの氷杭を後方への移動で回避。姿勢を前傾にして続く水の弾幕を躱す。
(こう、こう)
更なる攻撃を躱そうと左に動くが、そこには既に杭が突き出ている。半回転して回避しつつ、杭を盾にして水を防ぐ。
(こう────)
にッ、と。愛海は、勝利の笑みを浮かべた。
(ここだ!!)
詰ませた。
確信と共に、装填していた弾丸を放つ。いや、既に放っていた。『炎上』が杭で弾丸を防いだ瞬間には、既に弾丸はすぐそこにあった。
温度を操作することで高熱による蒸発を防いだ弾丸が、右斜め後方から迫っている。着弾まで一秒もない。『炎上』の防御手段では止められない──はずだった。
軌道が変わる。変えられる。あと数センチのところで発生した爆発によって。
蒸発させられないのなら、爆発によって発生する圧力で弾く。『炎上』の策だった。効果は十二分に発揮され、弾丸は『炎上』の頭の上方へと飛んでいった。
思惑は外れた。詰みの一手が弾かれた。
(……よしッ!!)
しかし、七海に焦りはない。むしろ喜んでさえいた。
これまで回避を連続させていた。しかし今のは爆発という形での防御に出た。つまり、手札を一枚切らせたということだ。
そして、その手札も予想通り。追い詰められたタイミングでの防御は爆発で弾くというもの。予想通り、想定内だ。
それに喜び、更なる弾幕を叩き込む。
詰みの一手は、あの弾丸だけではない。そんなもので終わるはずがないと理解している。
温度を一定に保たせた弾丸は、何千発も迫っている。全方位から。逃げ場はない。
「チィッ……!!」
舌打ちと共に『炎上』の体が輝いた。先程、五キロに及ぶ殺戮の渦を吹き飛ばした爆発が、再来する。莫大な圧力が解き放たれ、迫る弾幕の全てが吹き飛ばされた。
無論、その第二陣の弾丸の軌道を、七海は操作していた。先程の一発とは異なり、並大抵の圧力では軌道を曲げることなどできないはずだ。それをねじ曲げる出力をたたき出す『炎上』は、最強にふさわしいと言えた。
だが、その相手をしているのもまた、最強の位に君臨する怪物である。
(これで、終わり)
対策は練っていた。
爆破の圧力によって弾丸が悉く弾かれる中、死の世界を切り裂く一発が存在した。
それは他の弾丸とは異なり、七海愛海が全力で操作していたもの。注ぎ込まれた能力出力は、爆発の圧力を凌駕する。温度変化を無効化し、圧力による軌道変化も防いだ一発だった。
(お父さん、お母さん)
渾身の爆発で防いだ『炎上』には、僅かに隙が生まれ──そして、弾丸が命中する。
(これで、ようやく──)
真正面から、水弾が『炎上』の額に、食い込んだ。
言霊の頭部が、弾かれる。上半身がフィギュアスケーターの如く、大きく仰け反った。
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