第十話 竜哮
五日目。金曜日も、剣は病院に行った。翔琉は、相変わらず眠っている。
熱はあるがそれ以外に異常が無いため、見舞い自体は問題なくできた。置かれている果物の数や種類に変化はない。病室には、今日は誰も来ていないようだった。
「お前が来ないと、教室が静かでつまらないよ」
クラスのムードメイカーだった翔琉のいない学校は、ひどく静かに感じられた。明日から夏休みだというのに、皆の活気も薄かった。そこまで人付き合いのしない剣ですらそう感じるのだから、それこそ翔琉と一緒にわいわい騒いでる中心グループなどは一層静かに感じているだろう。
翔琉は、眠ったままだ。意識はまだ一度も戻っていないという。
「明日から夏休みだぜ。起きたら、どっか行こう。外出るの苦手とは言ったけど、まあ、海ぐらいなら俺も行きたいからさ」
ポツリ、ポツリと呟く。
「海っていったら、今日彗星じゃん。見ようって言ったんだから、寝坊すんなよな。……てか、いい加減そろそろ感想が欲しいなあ。ウェブの方も全然感想来ないのに、お前からも来なくなったら困るぜ」
返事はない。
彼は、眠っていた。
「にしても暑いなこの部屋。冷房壊れてんじゃないよな」
設定温度は16度になっている。しかし、まるで屋外にいるかのような暑さだ。
理由は簡単で、そうなるだけの熱を翔琉が放っているから。とんでもない異常だ。
『お医者さんの言うことによると、まるで体の中に炎が燃えてるみたいだって』
『炎上』の言霊。最強最悪の存在。今の翔琉の状況がそいつの仕業なのは間違いない。しかし……何故、こんなことをしたのだろう、と思った。
言霊の思考を考えるのは、不毛だ。奴らには感情がないという。あらかじめ定められた通りに、殺戮の本能に従って人間を殺す。それが奴らだと。
でも、違和感がある。殺すことしかしないのなら、何故、翔琉をこんな状況にしているのだろう、と。そんな疑問がある。
殺そうと思えば、あのカラオケで殺せたはずだ。
なのに、何故。
考えられる理由としては、例えば……そういう能力だから?いいや、それはないだろう。誰かを超高熱にするだけの能力しか持たない怪物が、日本最強なんて恐れられるわけがない。じゃあ、嫌がらせ?それも違う気がする。嫌がらせをする意味がわからない。
なら、本当は何が目的なんだ。
──体の中に炎が燃えてるみたい。
「まさか──?」
ふと浮かんだ考えを振り払う。
あり得ない。そんなことはあってはならない。
「大体、俺に想像できることなんて、七海みたいなの専門家が既にたどり着いているだろう。にもかかわらず動いていないって事は、そういうことだ」
自分に、納得させるように言い聞かせる。
ゆっくりと、椅子から立ち上がる。
「また来る。次は起きてろよ」
生ぬるい病室から、逃げるように立ち去った。
病院を出ると、携帯に着信があった。竜哮からだった。
夜中でもない午後三時になんの用事だろうと不思議に思いながら開き、メッセージを読む。
『ショッピングモールで待つ』
田舎なので、この町にショッピングモールはひとつしかない。場所は病院にかなり近かった。断るほどの理由もなかったので、剣はそこへと向かったのだった。
早上がりだった近隣の学校の生徒達で、ショッピングモールは大賑わいを見せていた。彗星が来る日というのもあるだろう。制服私服が入り交じっている。一人で来ることは滅多になかったので面食らってしまった。ここ、人気なのは知ってたけど、これ程までに人気なのかあと認識を修正しつつ歩く。そんな建物の一角に、竜哮はいた。相変わらずフードを深く被り、マスクをしている。彼女はこちらに気付くと目だけでニカっと笑い、向かってきた。
「来たか。断らずに来て偉いぞ」
「急に呼び出して何の用事だよ」
「デートしようぜ」
はい?
あなた今、なんて言いました?
「デートぉ?」
「ああ」
「誰と誰が」
「お前と、俺様がだよ」
「はあああ?」
「そんな困惑しなくてもいいだろうが。夜中に会って胸を触った仲だろう」
「ものは言い様過ぎるな……」
「事実じゃねえか。特に胸。俺様は地味にまだ許してないからな」
「それは……」
竜哮はどこか不満そうにこちらを見た。
剣は、居心地悪そうに目を走らせる。
わざとではなく、感触も覚えていないし、なにより戦闘中のことだ。とはいえ、そう簡単に許されることではないのも分かっている。あの後有耶無耶になってしまったりもしたし。
「わかった」
剣は頷いた。
「お詫びだ。なにか奢る」
「おお!偉いな!俺様はうれしいぞ。きゃふー」
「おい、腕にくっつく必要はないだろ」
謎の鳴き声を発しながら右腕に抱きついてきた少女を引き剥がそうとする。ドラゴンはそんな鳴き声上げないだろ。いや、生まれたばかりなら分からないか。しかし、予想以上のパワーだ。離せない。
にやりと、彼女は笑う。
「ふっふっふ。力を付けていたのがお前だけとは思うなよ。俺様だってこれから更に成長していくのだ!将来的には七海など目じゃないぐらいにはなるぞ」
「確かに、凄いパワーだ……!」
これは次の戦闘では警戒する必要がありそうだ。剣は気を引き締める。
「それはそうと暑苦しいから離れてくれ」
「別に良いだろ、デートなんだから」
「デートだからってここまでべったりする必要は無いだろ。大体、恋人でもないんだしさ」
「こッ……!!」
瞬間、いきなり彼女は手を離す。
見ればマスクとフードで隠れていない部分が赤くなっているように見える。自分の行動がどんなものだったのかをようやく理解したらしい。
「べ、別にだな!今腕を組んでたのは俺様がお前を好きだからとかそういうんじゃねえからな!!勘違いすんなよ!!」
「わかってるよ。そもそもお前が俺を好きになる理由、ないだろ」
「……」
「どうした?」
「なんでもない。ほら、いくぞ。俺様、見たい服とかいろいろあるからな」
今度はちょっとむすっとしていた。そのまま彼女はスタスタと歩いて行ってしまう。学生や一般客で賑わう、この町の数少ない娯楽の場だ。見失ったらまずい。剣は急いで追いかけた。
服屋の三件目に来る頃には、竜哮の機嫌も直っていた。
選んだ服を数着分試着室に持ち込んで、ミニファッションショーが開始されている。
この店に来て四度目のカーテンの開放だった。
黒を基調としたシックな服装である。ここまで試してきた服の数々とは、また異なるコーディネートだった。
「ほら!これなんか良くないか!?」
「おー良いじゃん。結構似合ってると思うぜ。でも少し大人っぽ過ぎるかもな」
「むう。でも大人か……これ買うわ」
「いいのかよ」
「ドラゴンは老成してるもんだろ。大人っぽいぐらいで丁度良い」
「老成……なら農作業でばーちゃんが付けてる藁帽子プレゼントするか?」
「いらねえよ!」
結局更に数件……というかこのショッピングモールにある服屋を全て見ることになった。一通りはしゃいだ後は、ゲームコーナーに向かう。
「おいおいおい!あのアクセサリーめっちゃ格好いいなあ!!」
クレーンゲームの前ではしゃいでいた。期待のこもった眼差しで見られても困る、としばらく気づかない振りをしていたが、とうとう根負けして五百円をつぎ込んで取ることにした。
「こうか」
「ちげーよこうだよ!もう少し左……ああ行き過ぎだ!」
「ううん……なら、今度は、こうして」
「おお、そうそう、いいじゃん!」
上手いことクレーンを操作し、落とす形でとることができた。
「ほらよ」
「うわああ。かっけえ……!感謝するぞ人間!」
それは剣のキーホルダーだった。流行のRPGの最強武器だったか。CMで何度か見たことがある。ドラゴンの装飾がされている。
服にじゃらじゃらしているアクセサリーやキーホルダーのひとつに加わった。
「大事にさせてもらおう。ドラゴンは、集めた宝を決してなくさないものだ」
「……他のアクセサリーも、誰かから貰った奴なのか?」
「ああ。どれも思い出深いものだよ」
彼女は懐かしそうに呟く。いくつかを指で撫でた。
「貴様のこれも、その一つとなるのだ」
「そりゃ、うれしいな」
夕食にしようと言い出したのは竜哮だった。時間はまだ早いように感じるが、混み合うよりはいいだろうと頷く。彼女は肉を食べたいと主張し、一方の剣はラーメンが食べたいと宣言したので、レストラン街ではなくフードコートで食べる運びとなった。
「これで買ってこい」
勢いよく店へ突進しようとした竜哮を引き留めて、千円札を渡す。
「奢りはさっきのキーホルダーの分で十分だが」
「いや、それじゃあ俺の方が納得できん。好きなものを食え」
別に、この千円で全て精算できたとも思ってはいないが。
五百円で精算できる訳がないので、ここで奢ることにした。
竜哮は少し迷ったようだが、結局受け取り、ステーキのチェーン店へ駆けていった。
「美味い!」
数分後、非常においしそうに肉を頬張る竜哮の姿があった。
「そんなにか」
所詮フードコートのチェーンだろと思っていたが、侮り過ぎていたらしい。竜哮は口いっぱいに肉を詰め込み、おいしそうに食べていた。
一方の剣はというと、ラーメンをすすっている。
「ラーメンの方はどうだよ」
「こっちも美味いぞ」
剣は満足げにすすっている。彼は、無類のラーメン好きだった。醤油味噌とんこつその他どれも大好きだ。スープの味も、麺の太さや長さ、食感……どの要素も好きだし、店によって千差万別なのも良い。好みの店が見つかったときの喜びといったら、言葉にできない感動だ。
今回の店は、アタリだった。これは美味い。今度また学校の帰りにでも来ようと思う。
食べ終わってから、少し休もうとふたりは座っていた。
窓際の席だ。フードコートは二回にあるから、町の様子も見えた。外は夕方だ。
そろそろ、彗星が見れる時間だろうか。このショッピングモールもそのイベントに合わせて、屋上駐車場を開放するなどのサービスをしているらしかった。だからか、フードコートの人の数は少ない。
景色を眺める竜哮が、どこか寂しそうだったので。
剣はつい、訪ねてしまった。
「今日はなんでこんなことしたんだ?」
「……別に。俺様だって外見は少女ですし。たまにはデートもしようかなと思っただけだが」
「お前、そんなキャラじゃないだろ」
「ちぇ。冗談の通じねー奴だな。そういうのは嫌われるからやめといた方が良いぞ」
そして、彼女は数秒黙った後、ぽつりと言った。
「上から、次の指令が出た。俺様はまた別の場所に行かないといけない。明日には発つ」
「……早いな。それとも、これが普通のペースか」
「まあ、いつもこんな感じだ。ここでは粗方狩ったしな」
ざっと十三体ほど。そういって彼女は自慢げに笑う。
剣の知らない間に、どれだけの激戦があったのだろう。
彼女は実は、剣以上に寝ていないのかも知れない。
「何も言わずにいなくなるのもどうかと思ったんだ」
「……真面目だな」
「だろ。俺様、結構真面目な優等生なんだぜ」
彼女は、いつも通りだった。
「ただそうなるとまあ、能力の覚醒の練習は、今晩が最後になる」
何が言いたいのかは、理解できた。わざわざ彼女の口から言わせる必要は無いだろう。
今晩で能力を覚醒できなかったら、竜哮は剣の記憶を消す気だ。
当然だろう。彼女が剣の記憶を処理していない理由は、剣が能力を覚醒させ、戦力として役に立つかもしれないと判断したからだ。その期待に応えられない以上、記憶は消さねばならない。異能の存在は、軽々にバラしていて良い物ではないのだから。
次の任務地まで連れて行って指導するわけにもいかない。この夜が最後となる。
夜が明けて、覚醒していなければ、記憶は消される。
なんとなくだが、じゃらじゃらと付けたアクセサリーやキーホルダーに込められた意味合いを、察した。あれは、思い出なのだ。
恐らく、竜哮が能力をレクチャーしたのは今回が初ではない。すでに何度か、似たようなことをしていたのだろう。言霊討伐に巻き込まれた一般人が、力を求めていたりしたとき、彼らに戦う術を授けようとしていたのだ。
その最終日に、彼女はキーホルダーやアクセサリーを、思い出の品として受け取る。
何人が、戦う術を得たのかを、剣は知らない。しかし、竜哮の年齢、12人しかいない能力者、身につけたアクセサリーの数、これらを考えると、自ずと答えは見えてくるだろう。
期待し、鍛え、時間切れとなり記憶を消して別れる。そういった経験を積み重ねた先に、今の彼女がいる。
「わかった」
剣は、短く言った。
覚醒せねばならない理由が、ひとつ増えた。
「となると時間が惜しい。今日の練習場所に行こう」
「ああ、そうだな。俺様についてきな」
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