第七話 試練
通話がかかってきたことを示す音で、目が覚める。
「
携帯を手に取る。暗い部屋で、画面の明かりだけが嫌にまぶしかった。
表示されている名前は、翔琉ではなく、ドラゴンロード。
誰だ?と思うも、すぐにあの能力者だと思い出す。同時に、翔琉は今入院しているということも。
全身を覆う疲労感に、思わず通話を切ろうとしてしまうが、寸前で思いとどまる。
画面を操作し、通話を受けた。
『おう、起きてたか』
「………起こされたんだ」
帰宅してからずっと寝ていたらしい。精神的にかなり疲労していたからだろうか。
『疲れてるとこ悪いが、すぐに来い。場所は病院の近くにある市民公園だ』
「は?おい、今何時だと思って……」
『俺様も忙しいんだわ。三十分以内に来い。来れなかったらお前の記憶処理が済んでいないことを七海にバラす』
「ッ……!」
『待ってるぞ、お兄ちゃん?』
ブツリ、と通話が切れる。
急すぎる呼び出しだ。市民公園は、自転車を全速力で漕いでギリギリ三十分でつくかどうかの距離にある。急がないといけない。
無視するという選択肢はなかった。
急いで部屋を出る。祖父母はもう寝ているらしかった。ふと気になって台所を見る。ガスは閉まっていた。火事の心配は無い。テーブルの上には、夕食が置かれていた。全部食べる時間は無かったが、味噌汁を飲み込み、おにぎりになっている白米を掴む。廊下を歩いて玄関へ向かいながら咀嚼。靴を履いて、米を喉の奥まで押し込む。
剣は塾などで遅く帰ってくることもあった。そういう時のために鍵を渡されている。
家を出て、鍵をかける。自転車にまたがり、漕ぎだした。
昨日に続いて夜を駆ける。明かりの少ない田舎の夜道を、立ちこぎでかっ飛ばす。
市民公園には、ギリギリで到着した。
市の中心部に位置する此処は、昔は城があった場所らしい。その名残か、四方を堀が囲んでいる。日中は鯉が泳いでいる姿を見れるが、今は夜だ。鯉たちも寝ているだろう。水面は静まりかえっていた。
自転車を止めて息を整えていると、近づいてくる足音があった。竜哮だ。
「お疲れ」
「竜哮……なんでこんな時間で……」
「これも一種の訓練だ。想定外の事態にどれだけ的確に対応できるかのな。ちなみに合格点だよ。丁度俺様も仕事を終わらせたタイミングだったしな」
「仕事?……言霊か!」
「ああ。ちょい手こずる相手だったが、楽勝だ」
竜哮の来た方向を見ると、土が抉れ、街灯も数本曲がっている。激闘があったらしい。
「言霊って、そんなに大量にいるのか」
昨晩の『藁』や昨日の『炎上』に次いで、また別の言霊がいたのか。
「いるさ。SNSの普及にあわせて爆発的に増加したな。そして十年前の決戦で覚醒者の数が大幅に削られてからは、更に手が足りない状況にある。聞いて驚け、覚醒者ってのは12人しかいないんだぜ」
「12人……ッ!?少なくないか!?」
とてもそれだけで日本全国をカバーできるとは思えない。一人に四県任せるレベルだろう。しかも、一つの県の一つの町だけでも既に三体の言霊が出現している。明らかに手が足りていない。
「ああ、少ない。俺様達に休みはないよ。そして、だからこそ、チャンスなんだ。激務のせいで七海が今、他の県にいる。確か北海道だったかな。あいつは炎上の言霊討伐任務を負っているが、同時にその強すぎる能力のせいで俺様達みたいに他の言霊の殲滅も請け負わされている。私情で炎上を追いかけたいのなら、それに見合う仕事をしろってわけだ。今回は東北・北海道エリアの言霊討伐任務。今は北海道の全言霊を殲滅しているところだな」
「なるほど」
読めてきたぞ。
何がチャンスなのか。何故今、このタイミングで竜哮が剣を呼び出したのか。
「今なら七海を警戒しないで動けるということか」
水を操り、盗聴も可能とする能力。しかし本人は北海道にいる。流石にそれだけ遠ければ、盗聴も不可能だろう。竜哮が頷く。
「イエスだ。後は何をやるか、言わなくても分かるな」
空気が変わる。
フッッ、と。周囲の酸素が奪われる感覚。尋常ならざる追い風が吹き荒れる。暴風は竜哮の口へと集中した。莫大な酸素は肺に送られ、破壊の色を帯びたブレスと化す。
咄嗟に真横へ転がると、一瞬遅れて衝撃が全身に届く。転がって少しでも衝撃を流そうと試みる。痛みをこらえつつ立ち上がった。さっきまで立っていた場所に、爆弾の爆発を思わせる破壊の跡を刻み込まれていた。直撃していたらと思うとぞっとする。
剣は唾を飲み込む。滴る冷や汗を拭い、竜哮を睨む。
「実践形式の中で、能力を覚醒させろって事か」
「そうだ。俺様が欲しいのは底辺じゃねえからな。殺す気でいくぞ」
その返答もまた、弾丸だった。『藁』戦ほどの破壊規模はなくとも、人体程度軽く粉砕できるような声の破壊が吹き荒れる。昨夜が砲弾なら、これは銃弾。一瞬でも動きを止めたら、打ち抜かれて即死する。
それを瞬時に理解し、剣は走り出す。狙いを絞らせないジグザグ走行。右へ左へ蛇行しながら、竜哮に対して距離を取ろうとする。
「距離を取るか。そりゃ悪手だぞ」
不可視の弾丸、飛来。放たれた数発のうち一発が肩を掠める。掠めただけだ。にもかかわらずその衝撃に耐えられず体勢が崩れる。転倒は回避したが、大きく隙を晒してしまった。
振り返れば、竜哮が狙いを定めている。
「吹っ飛べ」
「ッ!」
体が浮いた。しかしそれは、竜哮の声によるものではない。自分で地を蹴り後方へ───市民公園を囲む堀の中へと背中から飛び込んだのである。間一髪、空間を砕き伝わる振動から逃れる。そのまま、バシャン!という音と共に水中へ。
潜水しつつ、泳いで移動する。
「音の振動からは逃れられないぞ……と言いたいが……ふうん、正解だな」
竜哮は呟き、動きを止めた。
追撃は行えない。行っても意味が無い。なぜなら、暗い水の中にいる剣の動きが補足できない。
広範囲に破壊を撒き散らす『咆哮』ならば、水中の全てを吹き飛ばせるかもしれないが……。
しかしそれを彼女はしなかった。ただゆっくりと場所を変える。
追撃が来ないことに、水中の剣は心の中でガッツポーズを取る。
(思った通りだ。竜哮にそれは行えない)
そもそも本気で殺しに来る姿勢をとりながら、昨日のような咆哮ではなく規模を落とした弾丸で攻めてきた時点でおかしかったのだ。殺すのなら、藁の言霊に使ったアレを初撃で打ち込んでくるはず。しかしそれをせず、にもかかわらず殺しに来ているのは明らかな無駄と矛盾を孕んでいる。では、何が彼女にそんな行動を取らせるのか。ジグザグ軌道の逃走を開始した時点で、剣は一つの推測を立て、それに賭ける形で堀へと近づいていた。
その推測とはすなわち、騒音だ。
竜哮の強大な能力は、あり得ないほどの爆音を引き起こす。昨晩の、人通りの少ない橋ならともかく、今は町の中心にある公園だ。ここであの爆弾じみた音を出せば、周辺住民らに異常を感知されてしまう。記憶処理が可能であるとは言え、以前目にした方法では、集まった大人数を相手にして即座に行うのは無理がある。加えて、今では誰もが情報を発信できる時代だ。一人でも漏らせば、そいつがSNSに書き込み、覚醒者の存在が世間へ発覚してしまう事態に陥りかねない。だから、今の竜哮は大きすぎる音は封じられており、その代わりに振動の指向性を調節した声の弾丸の連射という戦法を取っているのだ。
そう推測した。それは当たっていた。
「やるじゃねえの」
竜哮は、剣の推測を読み切り賞賛の言葉を口にする。
今の彼女は市民公園の広場の中央に立っていた。堀からはかなりの距離がある。右にベンチ、そのほかの三方向は茂みがある。隠れ場所の多い地形に陣取ったのは、彼女の自信の現われか。或いは、これらを利用して攻略しろというメッセージか。
彼女は呟く。
楽しげに。
「さあ、来い」
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