第62話 仇? 復讐? 上等だ。かかってこいよ
現れたのは、多くの女子生徒を連れ歩いている一人のツインテール状にした長い赤い髪の少女。
その少女を知っている。
とはいっても、知っているのは、ステインではなく、ルクアであるが。
「誰だテメェ」
「まぁ。初対面の人間に対し、その口の利き方。やはり、思った通りの野蛮人ですわね。けれど、いいでしょう。特別にわたくしの名をお教えさしあげましょう。わたくしは、グレイス・フラレテーナ。貴方のような間違った存在を成敗しに来た正当な魔術師。どうぞお見知りおきを」
仰々しい言い方は、明らかな敵意を宿していた。
それは何もグレイスだけではなく、彼女に付き従っている女子生徒全ての女子生徒の瞳にステインに対して、侮蔑的なものが垣間見える。
「こ、これは凄いことになりました!! まさか、ここであの二人が邂逅するなんて……!!」
今にも火蓋が切られそうなこの状況下で、ネイアは一人、何故か盛り上がっていた。
そんな彼女に対し、ミアは小声で質問をする。
「(ちょいちょい。あのさ、ちょっと聞きたいんだけど……あっちのグレイスって女、ステインに滅茶苦茶恨みがありますって顔してるけど、何か因縁でもあるのか?)」
「(知らないですかっ!? フラレテーナ家とは、例の事件でステイン先輩が倒した異名持ちの五人の一人、【灰騎士】ナタリア・フラレテーナさんのご実家!! そして、グレイスさんは、そのナタリアさんの妹さんです!!)」
その答えに、ミアとルクアはこの状況に納得した。
異名持ちの五人。
それは、ステインの相棒を闇討ちしたせいで、彼の怒りを買って敗北した者たち。
その親族……ともなれば、成程、ステインに対し、憤りをみせるのは当然だろう。たとえ、そのやられた人間に問題があったとしても。
「お前、あの女の妹か」
「ええ。貴方のせいで、何もかも失ってしまったお姉様。その仇を討つためにわたくしはこの魔術学校に来たのですわ」
「成程。それはまたご苦労なことで」
自分に敵意むき出しの相手を前に、ステインはいつも通りの態度であった。
一年の頃の彼にとって、仇討やら仕返しやらは日常茶飯事。それこそ、当たり前のこと。今更こうやって面と向かって言われても、何の驚きもない。
まるで動じないステインに対し、グレイスは苛立ちを覚えたのか、眉を寄せていた。
「ふん。その余裕ぶった態度。本当に気に入りませんわ……こうして直視しているだけでも目が腐ってしまいそう」
「だったらさっさと退散しろ。テメェに関わってる暇はねぇ」
「ええ。わたくしとしてもやることをやれば、早々に退散いたしますわ」
「やること?」
「宣戦布告ですわ」
言うと、グレイスはステインに対し、指を差しながら、言い放つ。
「お姉様をあのような有様にしておいて、何のお咎めもなしにのうのうとしていることが、わたくしには我慢できませんの。素晴らしい才能を持ち、フラレテーナ家の次期当主として期待され、皆の憧れであったあの人の地位を、居場所を、権威も何もかも。全てを奪った貴方を、わたくしは絶対に許しません。故に――――ステイン・ソウルウッド。この選抜戦において、貴方に復讐を果たし、男という存在がいかに脆弱にして余分な存在なのか、思い知らしめてさしあげますわ」
違和感。
そう思ったのはステイン……ではなく、ルクアであった。
何が、どうおかしいのか。正直、言葉にはできなかったが、何故かルクアは今、彼女の発言にどこか歪さを垣間見た気がした。
そんなグレイスの宣言を聞いたステインは、まるで哀れなものを見るような目をしながら、言葉を返す。
「そうか……お前は、
「何ですって……!!」
「仇? 復讐? 上等だ。いつでもかかってこいよ。何なら今でもいいぞ?」
「このぉ……!!」
自分から宣戦布告をしにきたというのに、逆に言い返され、怒り心頭なグレイス。挙句、取り巻きに「お、落ち着いてください」「グレイス様、今はまだ……」と宥められる始末。
そうして、冷静さを取り戻したグレイスは深呼吸をしながら、再びステインに対し、いい放つ。
「ふん。いいですわ。そんなことを言っていられるのも今の内。今日で貴方は敗北し、この学校での地位を失うんですもの。それまで、せいぜい大きな顔をしていてくださいまし」
吐き捨てるかのように、そんな言葉を口にした後、グレイスは取り巻きの女子生徒たちと共に、ステイン達の前から去っていった。
まるで嵐。言いたいことだけを言っていなくなる様は、ある種の災害のようなものであった。
「う、うわ~……ステインのこと知った上であんなこと言うなんて、度胸あるなぁ。ある意味尊敬……いや、できないな。うん」
「まぁ、彼女も立場が立場ですからねぇ。フラレテーナ家は代々、女至上主義の家系。魔術を使う者において、女こそ至高の存在って本気で思っている人たちですから」
「ああ、だからあんなに男がどうのこうのって言ってたんですね」
言われ、ルクアは先ほどの違和感がようやく理解できた。
彼女の言い分は、どうにもステイン個人ではなく、男全体に言っているように思えた。そして、それは間違いではない。
一人の男がしでかしたことは、全ての男の責任。そんな考えを持っているのだろう。
「まぁ、だからこそ【灰騎士】ナタリア・フラレテーナがステイン先輩にやられたことが余程許せないんでしょう。試合にも負けて、その後の事件でボコボコにされて。聞いた話だと、彼女、フラレテーナ家での居場所を無くしてそのまま家を追い出されたとか。尊敬している姉がそんな仕打ちを受けるハメになったステイン先輩を憎んでいる……といったところでしょうね」
グレイスが姉を尊敬しているというのは、先の発言からして明らか。そんな姉を倒した男に恨みを持つ、というのはある意味当たり前のことなのかもしれない。
「しかも、そのために彼女は、あのロミネンス家の人間と組んでいますから。その憎しみは相当なものでしょう」
「ロミネンス家?」
「フラレテーナ家の宿敵とも言っていい家であり、こちらは逆に男性絶対主義。女は男に仕える者であり、絶対服従。男尊女卑の極致と言われていた家ですよ」
「言われていた?」
「はい。こちらも、先の事件でステイン先輩にやられた異名持ちの一人【壊炎】ガルドバ・ロミネンスの実家であり、彼の悪行が原因で今では力を失っています。まぁ、その悪行というのも、ガルドバ個人がやってたわけじゃなく、ロミネンス家の一部の人間とグルになってやっていたことですが」
「えっと……その悪行、というのは?」
「……女性魔術師の人身売買ですよ」
言われ。
ルクアとミアは同時に言葉を失った。
自分が今、何を耳にしたのか……それすら疑ってしまう程の内容であった。
「魔術学校には若い女性魔術師が多く来ますからね。そういう者を巧に騙し、時には陥れ、暴力で従わせ、裏で売っていたそうです……正直、あの家には嫌悪の感情しかありません」
それは彼女でなくともそうだろう。
たった今、話を聞いたルクアでさえ、吐き気を覚えたのだから。
「まぁ、そのガルドバ自身はステイン先輩にボコボコにされて、再起不能になったとか。そして、例の事件の後、彼の悪行が知られることとなり、ロミネンス家は失墜。実行していたのが、ほんの一部の者だったためか、奇跡的にお家取り潰しにはならなかったようですけど、それでも当時の力はもうほとんどないに等しいとされています」
人身売買、などという悪行が知れ渡ったのだ。当然の結果というべきだろう。むしろ、ロミネンス家が存続したことが、正直信じられないくらいだ。
まぁ、そんなことよりも。
今のネイアの話をまとめると、だ。
「つまり、先輩に恨みを持った二つの家の人間が、手を組んでいる、と」
「そういうことになりますね。【恐拳】に復讐の炎を燃やす二つの家の魔術師……いやぁ、これはまた、面白い記事が書けそうです!!」
再び一人で盛り上がっているネイア。
そんな彼女に対し、ステインは面倒くさそうに問いを投げかける。
「どうでもいい。それよりクソ記者。さっきの話の続きだが……」
「ああ。シルヴィア先輩のことですよね? 自分もあまり詳しいことは知りませんが、何でもこの場所に彼女が近づけない要因があるそうで。そのため、シルヴィア先輩だけ、別の場所からスタートするみたいです」
「近づけない要因……?」
「……まさか」
不意に何かに気づいたルクア。そして同時にステインも理解した。
そう。ここには、ルクアがいる。
つまり、シルヴィアが来れない理由は、それなのだろう。
「……成程。だが、別の場所からスタートって、どういうことだ?」
「さぁ、そこまでは。何せ、今回の選抜戦は今までにない仕様ですから。こちらも色々と情報を集めましたが、分からないことが多くて多くて……でもまぁ、お二人ならきっと大丈夫です!! 何せ、今年の優勝候補!! 私も応援してますから、頑張ってください!! あっ、そろそろ時間ですね。それでは皆さん!! 選抜戦の後で、また会いましょうーーー!!」
言うと、ネイアは颯爽とステイン達の前から去っていく。
その少し後。
選抜戦の開会式が開始されたのであった。
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ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!!
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