第60話 第三王女、新しい部屋を手に入れる

「おおっ!! ここが新しい私の城……!!」


 夕食後、ステインはミアを部屋へと案内していた。

 どうやら、ここの寮室は気に入ったようで、ミアの眼が少々輝いて見える。

 が、ステインは敢えて先に釘をさすことにした。


「言っとくが、前の部屋みたいにしたら……割るからな」

「何を!?」

「言うまでもないだろ」

「わかるか! いや、何その『当然だろ?』みたいな態度!!」


 怖いわー……、と言いながら、持ってきた荷物の整理を始めるミア。整理、とは言っても、既にほとんどクセンが荷物を運び終え、あらかた配置も終えている。そのため、ミアが整理するモノは極わずかと言っていい。

 そして、その僅かな整理をしている彼女に対し、ステインは問いを投げかけた。


「んで? お前、どういうつもりだ?」

「へ? 何が?」

「とぼけんじゃねぇ。何で大会に出るつもりになった? 強制しておいて何だが、お前がああも簡単に首を縦に振るなんて、まずありえねぇ」


 ミアとは昔からの付き合いだ。彼女の駄々っ子ぶりはステインも重々承知している。

 だからこそ、今回ももっと手間取ると考えていたのだが、何故かミアは騒動の後、シルヴィアの相棒となると自ら宣言した。

 昔馴染みとしては、あまりにも妙な光景であった。


「負けた気分になるとか、意地だ何だと言っちゃいたが、お前、そういうのどうでもいいとか思ってる側だろ」

「うぐっ、何というひどい言われよう……」

「事実だろうが。んで? 何でだ」

「べ……別に、いいだろ、何でも」


 問い続けても、ミアは目線を逸らし、むくれた顔つきで言い逃れようとする。

 どうやら本当に答えるつもりはないらしい。

 そんなことをされれば余計に気になる……のだが、しかしステインは敢えてそれ以上は踏み込まない。彼女は大会に出ると言った。今はそれだけで十分だ。


「……別に話したくなきゃそれでもいいが、あいつの足引っ張んじゃねぇぞ」

「そこは保証できない。というか、確実に足を引っ張る自信があるねっ!」

「お前なぁ……って、何だよその顔は」


 ふと見ると、ミアはどこかに奴いた様子でこちらを見ていた。


「いやぁ? ステインも隅に置けないなぁって思ってさ」

「あ?」

「とぼけるなよぉ。ステイン、シルヴィア先輩と仲がいいんだろ? どこまでいってるだ? もう手は繋いだか? デートは? それから……え、えっと、その……接吻というか、ちゅ、チューとかは……!?」


 何故か一人勝手に盛り上がりながら問いを投げかけてくるミア。

 そんな彼女に対し、ステインは呆れたように溜息を吐いた。


「変な勘繰りすんじゃねぇよ。あいつとは一年の時、同じクラスだった。それだけの間柄だ。それ以上でもそれ以下でもねぇ。それに、あいつにはもう相手がいる」

「え……? マジ?」

「ああ。お前もさっき夕食の時にあった小僧だ。まぁ、複雑な関係なんだが……どういう仲なのか、詳細は本人たちから聞け」

「そう……なんだ……」

「? 何だよ」

「いや、その……何でもない」


 歯切れの悪いミアの言葉に首を傾げつつも、その場を去ろうとする。


「整理が終わったら、さっさと寝ろよ。あんまり夜更かししてると……割るからな」

「だから何をだよっ!!」


 あまりにも不穏な言葉を言い残すステインに対し、ミアは思わずツッコミを入れるのであった。


 ****


 一方その頃。

 とある寮の一室で、グレイス・フラレテーナは激怒していた。


「どういうことですのっ!!」

「ちょっと落ち着いたら?」


 激昂するグレイスに対し、冷静になるよう言い聞かせるのは、彼女の相棒であるリューネであった。

 今後の話をするために集まっていたわけだが、現在はグレイスの愚痴をリューネが聞いている状態である。


「あれだけのことをしておいて、お咎めなしだなんて……!!」

「そりゃそうだろ。仕掛けたのは女子生徒たちの方なんだから。彼はそれに応戦しただけ。どちらに原因があるのかは一目瞭然だ」

「だとしても……!!」

「やりすぎ? それはあまりにも甘い考えだ。彼には通用しないよ。彼は敵対したもの全てを叩き潰す。そういう男さ」

「くっ……野蛮人めっ!! やはり、男などという生き物は、ロクでもありませんわ……!!」


 ステインに対し、明らかな憎悪を見せるグレイス。しかし、それだけではない。その言葉の節々から、男への嫌悪感が見えるのは気のせいではないだろう。


「それにしても、その女子生徒たちも不運だったね。別の目的で行ったのに、まさか彼とでくわすだなんて。まぁ、他人に選抜戦を降りるよう強要してたんだ。同情の余地はないけれど」

「それもおかしな話ですわ。別に、彼女たちを一方的に責めるのはできないでしょう。仮にも【黄金竜】シルヴィア・エインノワールのパートナーがあんな引きこもりだなんて、誰だって認められるわけがありませんわ」

「そう思うのは自由だが、だからって脅したり、排除しようとしたりするのは別の話だろ?」


 グレイスや女子生徒たちの考えに対し、リューネは意見しない。この手の輩に何を言っても無駄であることは既に理解している。

 だからこそ、ただ単に、その行動が軽率だったという事実を述べる。考えではなく、行動を指摘され、それが否定できないとなれば、人は何もいえなくなるもの。


 そして、言い返せないと判断したグレイスはそれ以上、女子生徒たちの件には触れなかった。


「はぁ……まぁ構いませんわ。あの男が大きな顔をしていられるのは、あと少し。選抜戦で、あの男が敗北することは決定しているのですから」

「そう簡単にいくかな」

「当然ですわ。既に『手配』は済ませています。ぬかりはありません……貴女の方こそ、本当に大丈夫ですの?」


 その問いに対し、リューネは不敵な笑みを浮かべながら答える。


「失敬だな。ボクは彼を倒すためだけに、今日まで頑張ってきたんだ。見くびらないで欲しいな」

「その言葉が虚言でないことを祈りますわ。でなければ、低俗なロミネンス家と手を組んだ意味がありませんもの」


 辛辣な言葉。

 仮にも自分のパートナーの家を低俗だと言い張るとは、彼女の傲慢さがどれほどのものなのかが垣間見える。

 けれど、馬鹿にされたというのに、リューネは笑みを浮かべたままであった。


「別にボクはロミネンス家の代表じゃあないけれど……でも、安心しなよ。彼を倒すっていう目的は果たすさ……必ずね」


 リューネはやはり笑みを崩さない。

 だがしかし……その瞳の奥には、揺るぎない信念と決意が確かに存在していたのであった。


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