第57話 引きこもり王女、決意するってよ

 当然のことながら、一連の騒動は学校が知ることとなり、乱闘後、すぐに教師たちが駆けつけてきた。


 事情を話すと、教師たちは負傷した女子生徒たちを全員回収し、その場を去っていった。


 普通ならあり得ない。女子生徒が十人近くズタボロにされているのだ。ステイン達は仕掛けられた被害者とはいえ、話を聞くのが通常だろう。


 教師たちが事の仔細を素直に理解したのは、やはりシルヴィアが説明したことが大きい。

 彼女はステインとは違い、多くの人間に信頼されている。だからこそ、余計な事情聴取もしなくて済んだんだろう。


 そうして、教師陣がいなくなった後。


「ごめんなさい」


 唐突に、シルヴィアは王女に対し、謝罪の言葉を述べた。


「え……いや、別に謝られることは何も……」

「今回貴女に迷惑がかかったのは、私のせいです。私が、貴女がパートナーって周りに言ってたせいでこんなことになった……」


 敬語で話すシルヴィア。彼女は二大貴族の一子。そして、王族はそのさらに上の位だ。相手が王族と分かれば、態度を変えるのは当然のことだろう。

 ましてや、自分のせいで被害を被っていたとなれば。


「それに、貴女があの子たちにひどいことされてたことを、私は今日まで知りませんでした。パートナーになってってお願いしている身なのに……」


 自分が誰と組んでいるのか、周りに言わなければ。

 自分を崇拝する者たちの危険性に気づいていれば。

 いや、そもそも……自分のパートナーになる王女のことにもっと気を向けていれば。

 少なくとも、今回のような辞退にはならなかったはずだ。


「今回の大会は、辞退することにする」

「おい鉄仮面」

「分かってる。ステインが私と戦いたがってるのは、理解してる。でも……このままだと、王女様に迷惑をかけちゃう」


 しかめっ面になるステインに、シルヴィアが言ったことはある意味正論であった。


 今回、これで一件落着……というには、あまりにも楽観が過ぎる。シルヴィアを慕う者はこの学校に多い。そういう連中が、彼女たちのような行動にでないとは言い切れない。

 むしろ、より悪質な行為をしてくる可能性だってあり得る。


 シルヴィアにとって、もうこれ以上、自分のせいで誰かに迷惑をかけるわけにはいかなかった。


「国王陛下やお父様には私から言っておきます。だから……」

「あー………おっほん。ちょっといいか?」


 と、そこで王女が恐る恐ると言った具合で、小さく手を挙げた。


「ええと……そのことなんだけど……別に、いいよ?」

「……え?」


 思わず、シルヴィアがそんな反応に至るのも無理からぬこと。

 故に、信じられないと言わんばかりの顔になるのは必定。

 そんなシルヴィアに対し、王女は今一度、同じような言葉を口にする。

 

「だ、だから……。大会、一緒に出てもいいよって言ってるんだよ」

「でも……どうしてですか? ずっと大会に出たくないって言っていたのに……」


 それは、先ほどからの彼女の態度からは考えられない言葉であった。

 嫌だ、無理だ、絶対に出ない……そう言っていた筈なのに、何故?


「いやさー。流石の私もここまでされると頭に来るっていうか。ほら、このまま私が出場しないってことは、あいつらの思惑通りになるってことだろう? うん。それは嫌だ。何というか、負けた気分になる」


 だから出場を決めたのだと、王女は言う。

 

「……、」


 それに対し、ステインは目を細めている。

 しかし、彼は何も言葉を口にすることなく、ただ黙っているだけであった。


「それからさ。敬語はやめてよ。私はあくまでただの一般人の後輩なんだから。だから、王女様じゃなくて、ミアって呼んでよ。一応、その……私達、相棒になるわけだし」


 どこかぎこちなく、恥ずかしげにそんなことを口にする王女―――否、ミアに対し、ステインは「はっ」と鼻で笑う。


「一般人っていう割に、年上に対して敬語使わないのな」

「黙れぃ! 年がら年中、誰彼構わずため口聞いてる不良に言われたくないねっ!」


 全くその通りである。

 一方シルヴィアはというと、驚きを隠せない表情でミアに対し、再度疑問を投げかける。


「……いいの? 本当に?」

「いいって……いや、ちょっと勢いで言っているところもあるから何度も聞かないでくれ。不安になから」

「お前なぁ……」

「仕方ないだろぉ!! 痛いの嫌なんだよぉ!! 戦うの怖いんだよぉ!! 私はそういう人間なんだよぉ!!」


 けれど。


「で、でも……それでも、私にだって意地がある。これは……そういう話なんだ」


 おどおどとした口調、けれどそこには小さいながらも、確固たる意志があることを、ステインは分かっていた。

 そして、無論、それはシルヴィアも同じ。

 引きこもりの少女が自ら試合に出ると言ってくれた。その言葉の重みを再度理解しながら、シルヴィアは手を差し出した。


「……ありがとう。ミア。これからよろしくね」

「うん。これからよろしく、シルヴィア先輩」


 言いながら、握手を交わす二人。

 こうして、シルヴィアとミアは、改めてパートナーになったのであった。












 なのだが……。


「あっ、でも実力は期待しないでくれよ? 私、結界魔術は超々優秀だけど、それ以外はからっきしだから。いや、マージで攻撃面に関しては雑魚だから。言っとくけど、謙遜じゃないからな。ホントは実力を隠しているとか、後から真の能力に目覚めるとか、無自覚無双して『え? 私、また何かやっちゃいました?』とか、そういう俺強ぇぇぇえええ!! 的な展開は一切ないから。そこんとこ、よろしくっ!!」

「ごめん。ちょっと何言ってるか分からない」

「気にするな。こいつの言っていることに一々反応してたらキリないぞ」


 初っ端から不安しかない組み合わせの誕生である。


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