第56話 愚かな魔術師、竜の逆鱗に触れる
女子生徒たちの間違いはいくつかある。
一つ。ステインを見てすぐに逃げなかったこと。
これは彼女たちが一年生であり、ステインのことを噂程度でしか知らないというのが原因だろう。
一つ。ステインの実力を見誤ったこと。
これもまた、彼女たちが噂しか知らず、ステインのことを「ちょっと実力のある魔術師」と判断してしまったことが要因だ。
一つ。そもそもにして、ステインを敵に回したこと。
ステイン・ソウルウッドという男が、敵対した者に対し、どういった対処をするかをしらなかった。まぁ、とはいえ、知っていたところで彼女たちに何ができたわけでもないが。
彼女たちの間違い。それらを一言でまとめると、全員が無知であったこと。
無知とは罪である、とは誰が言った言葉か。人間、誰しも全知全能ではない。故に、知らないことがあるのは当然だ。
だが……知らなかった、というだけで済まされないこともある。
いいや、そもそもにして、彼女たちは自分たちの勝手な都合のために、王女に危害を加えようとした。そして、それがシルヴィアの迷惑になると分かっておきながら、彼女のためだと嘯いたのだ。そんな連中に同情する者など、いるはずもない。
まぁ、要するに、だ。
彼女たちが今現在、半殺し状態にあっているのは、全て自業自得、ということだ。
「ぐぎゃぁっ!?」
前歯が折られる。
「ひ、ぎぃ!?」
右足が折られる。
「ちょっと、冗談じゃ……がぉっ!?」
肋骨が折られる。
折られる、折られる、折られる。
身体のありとあらゆる場所が、ステインの攻撃によって、次々とへし折られていく。
既視感ある場面。
つい先日も、同じような光景をステインは見ていた。ただし、あの時とは違うのは、相手が女子であるという点くらいか。
そう。相手は女子である。
世の中だと、相手が女子であると、男であれば情けをかけ、手加減をする、という連中が一定数いる。
女は守るべき存在。
女に手を挙げる奴はクズだ、
そういうことを口にする輩もまた多くいる。
そして、ここにもまた一人。
「こ、の……野蛮人め!! やはり、男はゴミクズだ!! 優秀な女である私達に対して、こんなことをするな――――ぐぎゃっ!?」
罵倒と浴びせようとする女子生徒だったが、ステインの蹴りが顔面に直撃したせいで、その言葉は途切れてしまう。
「おいおい。何見当違いなこと言ってんだ。お前らのどこが優秀なんだよ。俺程度に一方的にやられてんじゃねぇか」
優秀と言いつつ、ステインに一矢報いることが全くできていない。口にしていることと、現状が全くかみ合っていない。何とも無様で滑稽なことであろうか。
「それとな。誤解があるようだから、言っておくが……別に男だからってわけじゃねぇ。お前らがこんなことになってるのは、俺に舐めた態度を取ったから。それだけだ」
そう。彼女たちが悲惨な目にあっているのは、ステインが男だからではない。ステイン・ソウルウッドという男が、情け容赦ないのない人間だから。それだけの話だ。
相手は女だ。
ああ……で? それがどうした?
敵が女だからと言って、ステインが手を抜くことはあり得ない。
女だろうが男だろうが関係ない。目の前の連中は、ステインに対し、舐めた態度をとった。故に叩き潰す。
徹底的に。容赦なく。完膚なきまで。
だから殴る。
だから潰す。
だから壊す。
全てを粉砕する恐怖の拳を叩き込む。
結果、彼女たちの口から出てくるのは悲痛な叫び。
拒絶、悲痛、謝罪……それらは全て、戦意喪失を意味しており、ステインの目的が達成された証でもある。
……のだが。
「……きょ……もの……」
全ての者が敗北を認めたわけではなかった。
倒れている一人の女子生徒は、ステインを睨みつけながら、叫ぶ。
「卑怯者、卑怯者、卑怯者っ!! 相手に魔術を使わせないようにして、自分が有利な状況で戦って!! それで満足か? それで自分は強いと思っているつもり? 見当違いも甚だしい!! お前などただの偽物だ!! 魔術が使えない能無しだ!! どれだけ暴力を振るおうと、魔術師として、お前は負け犬だ!!」
その叫びに、ステインは少しだけ驚いていた。
彼女が言ったことに、ではない。罵倒や侮蔑の言葉など、それこそステインには聞き飽きたもの。
彼が驚いたのは、目の前の少女が未だ叫ぶ気力があった事実の方。
足の骨は折れており、指も完全につぶれている。
それだけこっぴどくやられておいて、未だにステインを罵倒できるとは。それだけステインのことが気に食わないということか。
最早呆れを通り越して、感心するほど。
そしてだからこそ。
ステインは今まで以上に力を入れて、拳を振り上げた。
と、その時。
「待ってステイン」
これもまた既視感のある光景。
凶器の拳が降る降ろされる前に、その腕をシルヴィアが掴んだ。
「何だ鉄仮面。テメェもどこぞのお人よしと同じで、もういいだろって止める気か?」
「それもある……けど、それだけじゃない。とりあえず、拳を降ろして」
言われながら、ステインはシルヴィアの方をずっと睨みつけていた。けれど、一方のシルヴィアはやはりというべきか、いつものように無表情。
……そう思っていたのだが、その顔には少し違和感を感じた。
(こいつ、もしかして……怒ってるのか……?)
別にどこかどう変化しているわけではない。ただ単にステインがそう感じただけ。
いつもと違う雰囲気を纏うシルヴィアに言われ、ステインは自分の拳を降ろす。
シルヴィアは「ありがとう」と言いながら、先ほどまでステインに罵倒を浴びせていた少女の前へとやってきた。
「ああ、ああっ!! 流石はシルヴィア様!! 助けて下さると信じてました!! さぁ、早くあの野蛮人に正義の鉄槌を……」
パンッ。
次の瞬間、少女の頬に熱い何かが迸る。
それが、シルヴィアに頬を叩かれたためだと彼女が理解するのには、少々時間がかかってしまった。
「……へ?」
「私の大事な友達を馬鹿にしないで」
叩き潰され、倒れている少女に向かって、シルヴィアは厳しめな口調で言い放つ。
予想だにしていない彼女の行為に女子生徒は未だ混乱の中にあった。
彼女の中では倒れている自分を助けてくれる英雄の登場だったのだろう。それが、助けるどころか、頬に一発もらったのだ。理解が追い付かないのが自然と言うべきだろう。
「何、を……言って……何を言っているんですか。何故、貴方があんな野蛮人を擁護するのですか。あれは、ゴミクズ。貴女が倒すべき悪なのですよ!! それなのにな―――」
ドンッ、と。
次の瞬間、女子生徒の言葉を遮るかのように、シルヴィアの拳が少女の顔面の少し手前に振るわれた。
陥没し、粉砕された地面を見た女子生徒は、理解する。
もう少し拳が近ければ……確実に、自分の頭はカチ割られていた、と。
そんな恐怖に慄いていると、今度はシルヴィアに胸倉を掴まれ、見てしまう。
相変わらずの無表情。そのはずなのに……何故かこちらを今にもくびり殺さんとする怒りが籠っているような、彼女の瞳を。
「もう一回、言うよ? 私の前で、ステインのことを、馬鹿にしないで。また彼を貶したら……今度は容赦しない。分かった?」
「は…………は、ぃ……」
「それから、分かってると思うけど、ミア・ムーアにこれ以上手を出すなら、私は黙ってない。貴女の仲間にそのことをよく言っておいて」
その言葉に、女子生徒は最早何も言葉を返すことができなかった。
こうして、一連の騒動は、女子生徒たちが崇拝するシルヴィアの手によって一応の幕を引いたのであった。
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