第55話 身勝手な魔術師たちへの憤慨

「―――無事か、テメェら」


 壊れた壁の瓦礫を片手で払いながら、後ろにいた二人にステインは呼びかけた。


「問題ない。ありがとう」


 ステインが咄嗟に庇ったおかげか、二人に外傷はなかった。

 ……まぁ、王女の方は、心に傷を負ったようだが。


「ううぅ~……私の部屋がぁ……お城がぁ……」


 未だに縄で縛られながら、自分の部屋の惨状に嘆く王女。

 外側の壁は跡形もなく崩壊しており、その周辺には瓦礫が散らばっている。王女が集めていたであろう書物もまた吹き飛ばされており、折角片付けたゴミも再び辺り一面に散らばっている有様。


「っていうか、誰だよ!! こんなことしでかした奴らは……って、うわ~……」


 ひょっこりと壊れた壁の外を見た王女は、何故か若干引き気味の顔になっていた。

 ふとステインも視線を壁の外へとやる。

 そこにいたのは、複数の女子生徒。その服装からして、一年生ばかりだ。

 そして、さらに特徴的なことは、皆、どこか好戦的な態度であるということ。


「情報通り、結界がなくなってるわ。今こそ、好機よっ」

「出てきなさいっ、この臆病者っ!!」

「今日こそお前の身の程を分からせてあげるわっ!!」


 怒声と罵声が呼ばされる。

 それが、誰に対してのものなのかは、言うまでもないだろう。


「あ、あいつらぁ……」

「何だ、知り合いか?」

「知り合いじゃない。ただ……この前からシルヴィア・エインノワールの相方を降りろって言って来てる連中なんだ」

「……え?」


 思わずそうつぶやいたのは、ステインではなく、シルヴィア。

 どうやら彼女はこのことについて全く知らなかったようで、無表情ながらもどこか驚いた様子であった。


「何だ。こいつに恨みでもある奴らか?」

「それがその逆らしくて……あの方にお前は相応しくない、さっさと辞退しろって言って来てさ。まぁ、私は結界魔術でずっと引きこもってたんだけど。連中、腹を立てて嫌がらせで落書きとかしてたけど、私の結界魔術はそういう害意がある行為は見過ごさないからな。『手ひどい仕打ち』を受けた後は、部屋の前でずーっと喚いてた」


 結界魔術は何も防御に特化したものだけではない。

 相手を結界の中に封じ込めるものもあれば、結界に対し何らかの行為をした時に返り討ちにあうものもある。そして、王女が使ったのは後者の方というわけだ。

 しかし、王女の話が本当だとするのなら、少々おかしなことになる。


「でもお前、確か大会に出るつもり、なかったんだよな?」

「そうなんだよー。けど、あいつら全っ然人の話聞いてなくて、私が大会なんか出ないって言っても、全く人の話を聞こうとしなくて。『出場取り消してないじゃない』『嘘をつきましたわね、この卑怯者』とか言って来てさ。もう何なんだよーって感じで」

「……ごめん。多分、それ私のせい」


 と、意外にもそこで挙手しながら発言をしたのはシルヴィアであった。


「皆に誰と出場するのかって聞かれて、貴方と出ると決まってるって言ってたから……」

「あー……成程な」


 シルヴィアはこの学校の人気者だ。その相方が誰なのか、気になるのは仕方のないこと。そして決まっていなければ自分が……などと言ってくる輩もいるだろう。

 そういう奴を牽制するためにも「自分の相方は決まっている」と言っておけば、諦めるのが普通だろう。

 ……まぁ、こうして普通じゃない連中が、余計な真似をしてくれているわけなのだが。


「っていうか、そもそも王族のお前にこんなことしでかす奴がいるとはな……あぁ、そうか。連中、お前が王族だって知らねぇのか」


 王女は『ミア・ムーア』という偽名を使っている。それゆえ、誰も彼女が本物の王女だと知らないわけだ。

 だからこそ、こんな馬鹿げたことをしでかしたわけだ。

 ……いや、だとしても、まだ疑問はあった。


「つーか、今更辞退とか、ありえねぇだろ。それこそ、こいつが試合に出られなくなるじゃねぇか」

「多分、それが目的なんだと思う。私と一緒に出るくらいなら、そもそも試合に出ない方がマシだって思ってるんでだろ」


 恐らく、彼女たちはシルヴィア・エインノワールを信奉する者たちなのだろう。そして、連中は自分が崇拝しているシルヴィアが何かに汚されることを恐れている。

 むしろ、そんな事態になるのなら、綺麗なままでいてほしい、と。


「ちっ。そういう類の連中か……って、おい鉄仮面っ!」


 ステイン達が話している隙に、シルヴィアが壊された壁から外へと出た。


「貴方達。何をしてるの」


 唐突に現れたシルヴィア。

 自分たちの憧れの登場に女子生徒たちは驚きを隠せず、動揺していた。


「シルヴィア様っ!?」

「どうしてこんなところに……」

「でも、丁度良かったわ。シルヴィア様。今からでも遅くありません。あんな女と組むのはやめてください」

「貴方のような選ばれし女性が、あのような引きこもりと手を組むなど、あってはいけません!!」

「そうです。貴女は全ての女性魔術師の希望。この世界を正しい在り方にすべき存在なのですから」


 自分たちが先ほど、何をしたのか、全く反省することなく、身勝手な言葉を並べていく女子生徒たち。

 そんな彼女たちに対し、シルヴィアはいつも通りの無表情のまま、冷静に言葉を返した。


「彼女と組むのはお父様から言われたから。だから他に組める人間はいない。それに選抜戦はもうすぐ。彼女と組めなかったら、私は出場できない」


 淡々とシルヴィアは事実を述べていく。

 だが……その言葉の節々には、どこか怒りのようなものが混ざっている。

 そして、それは女子生徒たちにも感じ取れるものであったが、しかし彼女たちは一向に退こうとはしなかった。


「そ、そうだとしてもです!! そんなおかしな決定は認められません!!」

「もしもあなた様があのような下劣な輩とか出場できないと言うのなら、大会になど出ないでください!!」

「そんなことをしてしまえば、シルヴィア様の輝きが濁ってしまいますわっ!!」

「そうです。これは、貴女様のための行動なのですっ!! どうかご理解ください!!」

「貴方達……」


 この時、シルヴィアは理解した。ああ、彼女たちは何も聞いていない。

 シルヴィアを信奉し、崇拝しているにも関わらず、シルヴィアの言葉を一切聞こうとしていない。それどころか、彼女の立場が危うくなることすら厭わない勢いだ。


 彼女たちが望んでいるのは『自分たちが思い描くシルヴィア・エインノワール』があり続けること。言ってしまえば、実際のシルヴィアがどう思おうと関係ない。


 これもまた、身勝手な魔術師の在り方の一つ。結局、彼女たちは自分自身の理想のことしか頭にないのだ。

 だからこそ、目の前にいるシルヴィアが、困っているにも関わらず、彼女のために誰も何もしようとしない。


 いや、そもそもにして、最強たるシルヴィアのために何かする者などいるはずがなかった。


 彼女は最強。一番強いのだ。

 彼女は誰かを助け、誰かを救い、誰かを導く存在。その逆はあり得ないし、あってはいけない。


 だから、誰かに助けを求めることも、救いを乞うこともしない。それが当然、自然の摂理。


 故に、もう一度言う。

 最強の魔術師、【黄金竜】シルヴィア・エインノワールに手を差し伸べる者など、誰一人しているはずが――――




「ったく、ぎゃあぎゃあと喧しいぞ、テメェら」




 ふと。

 まるで、世界の在り方をぶち壊すように、一人の男がシルヴィアの前に立つ。

 それが、誰なのかは言うまでもなく……。



「す、ステイン・ソウルウッド!?」

「どうして、お前のような野蛮人がシルヴィア様と一緒に……!!」

「シルヴィア様に近づくなっ!! 汚らわしい!! 貴方のような男が、その方の近くにいるべきじゃないのよ!!」


 相も変わらず、散々な言われよう。いや、これはいつものよりひどいか。

 ステインはその凶暴性ゆえ、皆から恐れられているが、女子に関して言えば、さらに印象が悪い。

 まぁ、そんなことはステインにとってはどうでもいいことなのだが。


「おいおい、随分な言い草じゃねぇか。俺はお前らに大事なようがあるっていうのによ」


 その言葉に、女子生徒一同、怪訝な顔つきになる。


「お前らがどうしてここにいるのか、そこの鉄仮面にどういう感情を持っているのか。そこんところはどうでもいい。俺には関係ないことだからな」


 ああそうだとも。

 ステインにとって、シルヴィアが誰にどう思われようが、そんなことなど関係ない。

 けれど、それが自分に関することならば、話は別。


「お前らは今、俺が折角片付けた場所を木っ端微塵にしたんだ……つまり、お前らは、今、俺に対し、舐めた態度をとったってことだ」


 ステインにとって重要な点はそこだ。

 自分を馬鹿にしたから。自分に舐めた態度をとったから。

 彼が怒る理由はそこにしかない。



 だから、だ。

 シルヴィアに対する女子生徒たちの身勝手な言動と態度に、腹を立てたなどと……そんなことは、決してないのだ。




「んじゃまぁ、取り合えず聞いておいてやる―――誰からぶち殺されたい?」


 そうして、【恐拳】は不敵な笑みを浮かべながら、拳を鳴らすのであった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――



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