第54話 吊るされる第三王女

「ねぇ、ステイン」

「あ? 何だよ」

「色々聞きたいことがあるんだけど……まず一ついい?」

「だから何だよ」

「……もうそろそろ降ろしてあげたら?」


 シルヴィアが指をさしたその先にあったのは、縄でぐるぐる巻きにされた挙句、天井から逆さに吊るされている水色髪の少女。

 眼の下に少々クマがあり、不健康そうではあるが、それでも容姿は整っている。身長はステインの肩くらいの高さであり、普通の女子よりもやや高め、といったところか。

 何より目を引くのはシルヴィアやレーナにはない、その恵まれた体付き。一年にして、既に大人びた身体と言って差し支えない。

 だが、哀しいことかな。

 人間、外見と中身が必ずしも一致するとは限らないのだ。


「おーろーせー!! いや、本当にもう降ろしてくださいマジで頼むから!! 頭に血がのぼってぼうっとしてきたというか気分が悪いというか!! っていうか、これマジで不敬罪だからな!! そこんとこちゃんと分かってぶごぁ!?」

「黙れこのクソ王女。人が折角掃除してやってんだろうが。つべこべいわずに吊るされてろ」

「ぶぁ、ぁい。ぶぁがりまじだ……」


 顔面を鷲掴みにし、黙らせた後、ステインは掃除に戻る。

 別にステインがやる必要は全くないのだが、放置しておくわけにもいかない。そう思う程の荒れようだった。


「ねぇ、ステイン。さっきこの子のこと、王女って言ってたけど……」

「言葉通りの意味だ。こいつは、ミリナリア・ムル・ウィルヘイズ。この国の王女だ」

「え……でも、それはおかしい。私が聞いた彼女の名前は『ミア・ムーア』だったし」

「あ? 何だクソ王女。テメェ、偽名使ってんのか」

「当たり前だろ。王族なんて正体明かして学校生活なんてしてみろ。ロクなことにならないからな。父上にどうしても学校へ行かせたいんなら、偽名を使わせろって交換条件を出したんだ」


 さも当然かのように言い放つ王女。

 それに対し、ステインは呆れる一方で未だシルヴィアは納得してない様子だった。


「でも……私、家の付き合いとかで王族の人ともたくさん会ったことあるけど、この子は、いなかったはず」

「そりゃそうだろ。こいつは王女は王女でも第三王女。しかも重度の引きこもり。パーティとかにも基本は出てないって話だからな。城に住んでる奴以外、ほとんど顔をみたことねぇはずだ」


 第三王女という微妙な立場。その上でパーティに参加していないとなれば、上流貴族の者でも知る者はほとんどいないのは当然の結果と言えるだろう。


「そっか……あれ? じゃあ、何でステインとは顔見知りなの?」

「……ウチに貴族が食事にしに来るのは、テメェも知ってんだろ」

「うん。確か、王様も年に何度か必ず行くって……まさか」

「そのまさかだ。こいつは国王と一緒によくウチに親父の料理を食べに来ててな。そん時知り合った。今でも、こいつの誕生日はウチで祝ってるくらい程度の付き合いはある……まぁ、それ以外にも、時々城の一室に引きこもってるコイツを引きずり出すために、わざわざ俺が王都に出向くこともあるが」

「それは……大変だね」


 ステインの表情、そしてこの状況。流石のシルヴィアも色々と察するところがあった。


「でもそっか。つまり、私とルクアみたいな関係ってことだね」

「お前、さては話聞いてなかったな? 昔からの古い馴染みってだけだ」

「それを幼馴染っていうんじゃないの?」

「……、」


 言われ、ステインは押し黙ってしまう。

 確かに言われてみればそうだ……などとは口が裂けても言えない。

 などと会話しているウチに、掃除は一応の終わりを見せた。


「さて。あらかた片付いたな……おら。何か言うことは?」

「ふ、ふんっ。べ、別に言うことなんて何もないだろっ。そっちが勝手に掃除し始めたん……」

「あ?」

「ソウジシテクレテ、アリガトウゴザイマス……」

「よし」


 そうして、ステインは王女を天井から降ろした。

 ……とはいっても、未だに縄は解いていないのだが。


「んで? 分かり切ってることだが、一応聞いておいてやる。お前、何で試合に出たくねぇんだよ」

「いや何でも何もないだろ!! 私は温厚且つ平和主義者な至って普通の一般人なんだ。そんな私が比翼大会やら選抜戦やらそんなのに出たいと思うわけないだろ!!」

「前半部分に関しては全く同意できないが、まぁ想像通りの答えだな」


 彼女の場合、温厚とか平和主義などではなく、ただ単に面倒くさがりなだけ。

 加えて、王族であり、結界魔術に特化した魔術師……これのどこか普通の一般人と言えようか。


「しかも、よりにもよって、去年の優勝者の相棒とか、どう考えても場違いじゃん!! マジで父上は何考えてるんだ!!」

「とは言っても、家柄とかの『格』に関しちゃこれ以上ないほど同等だろ」


 二大貴族の長の娘と第三王女。『格』という意味では、これ以上ないものであり、誰も文句はつけようがない。


「お前も国王からこの鉄仮面と一緒に出るように言われてんだろ? なら諦めろ」

「いーやーだ!! 絶対、私は、大会に、出ない!! そもそも、何でステインが出張ってくるんだよ。関係ないじゃん」

「大有りだ、ボケ。テメェが出場辞退しちまったら、相方のこいつも出れねぇんだよ」

「いいじゃん!! ライバル一人減って、むしろお得じゃん!!」


 王女の言っていることは、ある意味正しい。

 強敵がいなくなれば、それは大会に参加する者にとっては好都合以外の何物でもない。

 まぁ、そんな普通な理屈が通る程、ステインという男は真っ当ではないのだが。


「こいつがいない大会で勝ったところで俺の目的は果たされねぇんだよ。魔術師連中が最強だと思ってるこいつをぶっ倒す。その上で優勝しなきゃ、意味がねぇ」

「うっわ、出た出た。いつものトンチキ理論。何だよ、そんなに熱い青春漫画送りたかったら、他所でやってよ。こちとら普通に根暗な陰キャ生活を満喫したいだけなんだよっ!! だっていうのに、最強とか言われてる美女と組んでみろ!! 絶対イジメに発展するぞ!! スクールカースト上位のウェイウェイ言っている陽キャ連中が靴箱に画びょう入れたり、机の中にゴミ入れたり、挙句は『焼きそばパン買って来いよ』とかパシってくるんだぞ!! そんな生活私は御免だね!!」

「うるせぇ!! テメェこそ、いつもの訳わからんこと言ってんじゃねぇぞ。あと、鉄仮面。テメェも美女とか言われてちょっと嬉しそうにしてんじゃねぇよ」

「……っ、そ、そんなことないもん」


 相も変わらず表情がほとんど動いていないが、しかし彼女が照れていたのをステインは見逃さなかった。


「ったく……どうしても抵抗するってんなら、こっちも実力行使するしかねぇが、それでも構わねぇんだな?」

「ふ、ふーん!! そうやって脅しても無駄だからな。どんなことをされたって、今日の私は絶対に屈しなあ痛いたたたたたたたたたたたたたっ!! こらぁぁぁぁ、頭を鷲掴みにするなっ!! 潰れる、潰れるからぁぁぁあああ!!」

「安心しろ。ここは魔術学校だ。少々潰れたところで、保健室の教師がすぐに治す」

「今の言葉のどこに安心する要素があるんだよぉぉぉぉおおお!!」


 頭をがっちりと鷲掴みするステイン。

 それでも尚、叫びながら抵抗しようとする王女。

 そんな二人を見て、シルヴィアは一言。


「二人とも、仲いいね」

「「どこがだっ!!」」


 などと言っていたその時。


 グゴンッ。


 強烈な衝撃と共に、部屋の壁が一瞬にして崩壊したのであった。


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