二章 校内選抜戦

第49話 【恐拳】VS【白銀蝶】

 突然ではあるが、廃棄寮にはいくつもの部屋がある。


 その中には魔術の訓練をするための部屋も存在した。

 廃棄寮の地下訓練場。

 そこはクセンが用意した空間であり、あらゆる魔術に対応した場所。どんな魔術であっても壊れることはなく、そのため、生徒は気兼ねなく魔術の練習ができる。

 とはいえ、そこを部屋というには、少々抵抗感があるが。

 

 晴天の空、照りつける太陽、生い茂る木々、澄み切った川……。

 どこからどう見ても、山の中である。


 そして。

 そんな場所で、ステインとレーナは戦っていた。


「はぁ――――!!」


 レーナの声と共に、『何か』が舞い、ステインに襲い掛かる。


「―――、」


 それに対し、無言で『瞬放』を使いながら、ステインは高速移動で回避していく。 


「ちぃ―――流石に速いですねっ!!」


 レーナの口から苛立ちの言葉が漏れる。

 当然だ。ステインの高速移動はそれだけ厄介。兄のずば抜けた動きを常日頃から見ているレーナでさえ、完全に捉えることはできない。


 そして、手を出せずにいるのは、ステインも同じ。

 彼は、レーナとの距離は詰めない。いや、詰めれないと言うべきか。

 何せ、今現在、彼は追われる身であるのだから。


(成程。こりゃあ面倒だな)


 そんな言葉を吐くステインの背後。

 彼を追尾しているのは、無数の蝶であった。


 無論、ただの蝶ではない。

 光り輝く銀色の蝶……いや、正確には蝶の形をした銀、というべきだろう。

 それが、三十……いや、五十か? とにかく、群れをなして、高速移動しているステインに向かって、襲い掛かってくる。


 ただ蝶の形をしているだけならば、全く問題はない。

 だがしかし、それが木々を細切れにしながら迫っているとなれば話は別である。


 いや、木々だけではない。山の中に転がっている大きな岩も簡単に切断してしまっていた。


(木はともかく、岩も切り裂くとなれば、捕まればただじゃ済まないな……)


 恐らくは蝶の翅の部分が鋭利になっているのだろう。

 一匹二匹ならまだしも、何十匹の攻撃ともなれば、いくらステインでも危うい。


 ここまでの状況を第三者が見れば、少しおかしな点に気づくだろう。

 そう。ステインには『絶喰』がある。ならば、銀の蝶が襲って来ても問題はない……そう思うのが普通だろう。

 だが、これはそんな簡単な話ではない。


「貴方の弱点は、前回の模擬試合で把握済みです。『絶喰』の範囲外からなら魔術は使用可能。そして、私の魔術は銀を自在に操る者。蝶の形にした銀を『絶喰』の効果範囲外から高速で突進させれば、たとえ魔術を封じられても問題はありません」


 つまり、レーナがやっていることは、模擬試合でレオンがやったことと同じ。

 ただし、その速度が桁違いではあるが。


 レオンの『塊』とレーナの『蝶』。威力でいうのなら前者の方が上だろうが、速度なら圧倒的後者。しかも、木や岩を簡単に切り裂くほど鋭利な切れ味。

 どちらが厄介かと言われれば、やはりレーナだろう。


【白銀蝶】。

 それがレーナの異名であることを思い出しつつ、確かにそれに似合う実力があるのだとステインは理解していた。


(これだけの銀を高速で動かしている上で、精密にこちらを狙ってきてやがる……確かに、学年一位だけの実力はあるってことか)


 魔力量ではレオンに劣り、筆記試験ではルクアの下。どちらも二位の彼女であるが、しかしその技術と才能は本物である。


 以上のことから鑑みて、だ。

 レーナ・ヨークアンは強者だ。それは事実であり、否定しようがない。

 ステインもこうして対峙したことにより、彼女の評価を改め、強者だと認めよう。

 だが、しかし。


「おやおや。どうしまいたー? いつもの威勢はどこにいったんですかぁ? もしかして、もう降参とか言わないですよね?」


 今の言葉は、流石に調子に乗り過ぎである。

 言われ、ステインの拳に力が入る。

 そして。


「そうか―――なら、ちょっと本気出すぞ」


 次の瞬間。

 レーナの目前に、拳を振り上げた状態のステインがいた。


「え、ちょ――――ぐほぉわっ!?」


 調子に乗っていた表情が一変。

 およそ女子が出してはいけない声を出しながら、ステインの拳を腹にぶち込まれたレーナはそのまま十数メートル身体が吹っ飛んでいく。

 何度が地面に激突しながら転がり、岩にぶつかったことで、ようやくレーナは止まった。


 第三者がいたら、きっとこういうだろう。

 今のはマズい、と。

 ステインの拳は凶器そのもの。それが腹に直撃し、そのまま十数メートルも吹っ飛ぶなど、普通なら死んでいてもおかしくはない。

 流石にやりすぎだ……そんな言葉が口に出てしまう状況下で。


「痛たたたた……ちょ、貴方、今の、本気でやりやがりましたね……」


 レーナはお腹をさすりながら、ステインを睨みつけていた。

 口から血が流れているものの、しかし普通に動けている。

 正直、ステインにとっても想定外のことであった。


「ごほっ、ごほっ……ちょっと、これ。骨にひびが入ってたらどうするんですか……」

「いや、完全に折るつもりだったんだが……」

「発言が猟奇的すぎる!?」


 レーナのツッコミが入るものの、しかしステインの言葉に嘘はない。

 だというのに、この状況。レーナの身体はピンピンしている……わけではないが、しかし骨に異常はなさそうだ。


(銀で腹を咄嗟に守ってたか……)


 考えられる答えはそれしかない。

 だが、だとするのなら、だ。彼女は不意をつかれた状況で自分の身を守り切ったということになる。

 ……本当に癪な話だが、彼女の力は正真正銘の『本物』。

 つまりは―――合格というわけだ。


「まぁいい。そら、もうすぐ登校時間だぞ。遅刻するなよ」

「オイコラちょっと待ちなさいこの乱暴者っ!! 朝からいきなり『おい、チビ女。俺と戦え』とか何とか抜かした上でお腹に拳叩き込んで何の説明もないとは何事ですかっ!!」

「うるせぇな。こっちもちょっと確かめたいことがあったんだよ。っつか、説明も何も、テメェだって目を輝かせて、『ついに貴方をボコボコにする日がきました』とか言ってたじゃねぇか。文句言ってんじゃねぇぞ」


 面倒くさそうに言い放つステイン。

 先ほど目の前の小柄な少女にその殺人的な拳をぶち込んだ男らしいと言えば、らしい台詞だ。

 まぁ、一言で言うと……最低という他ない。


「それからチビ女。お前、今日から兄貴と毎日登下校一緒にしろ」

「はぁ? 今更何を言ってるんですか。そんなの当たり前じゃないですか」

「……あー、そうだったな。んじゃ、何かあったら・・・・・・お前が何とかしろ・・・・・・・・。いいな」

「はぁ? 何の話を……って、一人で勝手にいかないでください!! というか、私の質問に答えなさぁぁぁぁぁあああああい!!」


 意味不明な言葉を言い残し、立ち去るステイン。

 その背中に叫ぶレーナの声が、練習場に空しくも木霊するのであった。


――――――――――――――――――――――――――――――――


二章開幕早々、ヒロインと戦うどころか、どてっぱらに拳を叩き込むとか、やっぱりこの主人公はヤバい奴だなと思う。

そして、そんなことされながら、普通に会話できてるレーナも相当やべぇ奴だなと思いながら書いている。


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