第45話 本当の倒すべき敵

 一方その頃、校長室。

 ステインはある人物と相対していた。

 校長室、という場所から普通なら相手は校長だと思われるかもしれないが、今回は違う。逆に今、この場には校長はいない。その相手とステインの要望により、席を外しているのだ。


 その相手というのは、ステインにとっては初めて会う人物。

 だが、今の彼……いや、ステイン達にとっては因縁浅からぬ男だと言える。


 短い白髪は、歳をとったものとは思えない程綺麗であり、容姿も整っている。おおよそ、四十代の男には見えない。

 だが、それ以上に気になったのは、その表情。

 無表情……だが、シルヴィアのそれとはわけが違う。あっちが鉄仮面ならば、こちらは真っ白な仮面。感情が読めないどころか、全く無いと思える程の代物であった。


「―――さて。初めましてだね、ステイン・ソウルウッド君。私は……」

「アーチェス・ヨークアン。ヨークアン家の現当主。あの双子の父親……だろ」


 そう。

 ステインが向き合っている相手。それは、ルクア達の父親であり、二大貴族の一つ、ヨークアン家のトップの座にいる男。

 そして、ルクアの現状を作り出した男。

 言うながら、ステイン達の敵である存在だった。


「お互いそう長々と話す間柄じゃねぇだろ。さっさと本題に入ろうぜ」


 二大貴族の片方、その頂点に座する男相手に、ステインは相も変わらずな態度を取る。

 だが、アーチェスは彼の言動、態度に対し、全く指摘しない。顔色一つ変えず、話をつづけた。


「了解した。ならば本題に入ろう。今回はウチの人間が迷惑をかけたようで。災難だったね」

「ウチの人間が、ね……」

「言いたいことは分かる。今回の件は、私の差し金なのではないか……君はそう思っているね? 今日はその誤解を解くために私はわざわざここにやってきた」


 誤解……アーチェスはそういうが、実際のところ、ステインはその言葉を信じられない。

 正直なところ、ステインは今回の件、アーチェスがいくらか絡んでいると思っていた。何せ、彼とルクアの契約内容は『比翼大会で優勝するか、しないか』というもの。彼に優勝してほしくないがためにヒブリック達を動かした、と思うのは自然な流れだ。


「最初に言っておくが、ヒブリックの件は私は無関係だ。そもそも、私は君たちを襲う理由がない。何せ、君たちが比翼大会およびその代表選に出れないとなれば、私は少々困ったことになるのでね」


 しかし、その言葉を聞いて、ステインは眉を顰める。


「どういうことだ?」

「私は今、とある人間と賭けをしている。内容は、『ルクア・ヨークアンが比翼大会及びその代表戦において敗退するか、優勝するか』。そういった内容だ。ちなみに、前者が私の勝利条件だ」


 ……話が見えない。

 アーチェスが誰かと賭けをしている。その相手が誰なのかは気になるが、この際それは置いておく。

 問題は、その内容がルクアが優勝するかしないか。そして、アーチェスの勝利条件はルクアの敗北。

 だとするのなら、だ。


「なら、尚更アンタの仕業って考えるのが筋じゃねぇか」

「ああ。ただし、先ほどの賭けには少々ルールがあってね。その一つが、私の勝利条件はあくまでルクア・ヨークアンが試合で敗北し、敗退すること。試合に出れない、または辞退するようなことがあれば、賭け自体がなかったことになってしまう」


 それはまた、なんとも面倒なルールである。

 だがしかし、ルクアが優勝するかしないか、だけでは確実に前者が不利だ。試合云々だけではなく、今回のように試合外で工作されてしまう可能性がるのだから。

 そう考えれば、妥当と言えば妥当なのだろう。 


「確かにそれなら、アンタが勝つには小僧に試合外でちょっかい出すのはご法度だ……だが、負けないためならどうだ? 小僧がいなくなれば、アンタたちの賭けとやらは最初からなかったことになる。そこを狙ったんじゃないのか?」


 賭けの内容はルクアの存在が絶対に必要。

 今の話からするに、一般的に見れば、賭けはアーチェスが圧倒的有利なのは明白。

 しかし、この世には絶対はない。

 故に、今回、もしも相手を勝たせないことが目的だとするのならば、ルクアを消して勝負を無かったことにするというのは理にかなった行動だと言える。


「成程。そこを指摘してくるか。どうやら君はただの凶暴な人間ではないらしい」


 ステインの指摘に、アーチェスは動じることはしなかった。


「私はこの賭けに確実に勝利しなければならない。賭けをなかったことにされても、私個人にとってみれば、それは賭けに負けたことに等しい。今回、ヒブリックはその点をついた。この賭けに勝利しなければ、私の目的が果たされないと知っていたのだろう……どこからその情報を得たのかは、今後追及するつもりだがね」


 それに、とアーチェスは続ける。


「そもそも、君たちが優勝することなど不可能。ならば、私が邪魔をする理由など、どこにもない」


 淡々と、何の感情もなく。

 まるで、当たり前のことを口にしているかのような、自然な形でアーチェスは言い放った。

 しかし、ステインはイラつきながらも、別の問いを投げかけた。


「アンタの目的っていうのは?」

「それは教えられない。我々はそんな間柄ではないのだろう?」


 まるで先ほどの意趣返しと言わんばかりの言葉。

 そして、それは真実であるがために、ステインは何も言い返せない。そして理解する。

 アーチェスと勝負している相手。それが誰なのかを聞くことも、やはり無理そうである、と。


「そういうわけで、以上の理由から、君らには選抜戦、ひいては比翼大会そのものに出てもらわなくてはならないんだ」

「負けるために?」

「そうだ。理解してもらえたかな」

「ああ。十分に理解した―――アンタが俺をとことん舐め切っているってことがな」


 アーチェスは心の底からステイン達が勝つことがないと確信している。

 高圧的に辞退するよう迫ってきたヒブリックとは器が違う。

 自分の考えに対し、絶対の自信を持つ。故に余計な真似はしない。何もしなくても、ステイン達は負けることは確定しているのだから。

 その考えがステインにとっては腹立たしいことこの上ないのだが。


 しかし、アーチェスは首を横に振って話をつづけた。


「それこそ誤解だ。私はきちんと君を評価している。魔術師に対し、これ以上ないほど天敵となりうる君は一種の脅威だ」


 何故なら。


「君は去年、それを実証している。そうだろう? あの【黄金竜】シルヴィア・エインノワールとは別の、もう一つの出場組となるはずだった幻の代表者―――ステイン・ソウルウッド君」



―――――――――――――――――――――――――――――――



やっと『敵』を登場させることができました。

ここまでながかった……



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