第44話 【恐拳】が少年を信じる理由

「―――というわけで、ルクア様たちの活躍により、ゲルスン・エレベスターは捕まり、禁薬を取り扱っていたヒブリック・レーヴェルもまた拘束され、此度の事件は一件落着、という形になった、というわけです」


 数日後。

 廃棄寮の一室にて、ルクアとレーナは一連の騒動の結末をクセンから聞いていた。


 本来であればあまり大っぴらに話せる内容ではないが、当事者である彼らが事件の詳細を知る権利がある。故に、クセンは校長に話をつけた上で、彼らに事の顛末を聞かせていたのであった。


 そして全ての話を聞き終えるとレーナは大きなため息を吐いた。


「全く……まさかウチの関係者から犯罪者が出るとは……他の皆さまに顔向けができません……」


 分家とはいえ、ヒブリックはヨークアン家の関係者。それが今まで禁薬の事件に絡んでいたとなれば、本家の人間であるレーナが責任を感じるのはある意味仕方のないことなのかもしれない。


「そこは別に気になさらないでよいかと。事を起こしたのはあくまで彼ら。レーナ様自身ではないのですから」


 そう。この事件の犯人はヒブリック達であり、レーナは一切かかわっていない。となれば、彼女が責任を感じる必要性はどこにもないのだ。

 そして、今回の件では褒められるべき人間が、ここにはいる。


「それにしてもルクア様、今回は見事な活躍でございました」

「活躍って、そんな……僕は、何も……」

「何を仰いますか。他の生徒の方々から聞きましたが、無数の魔物を屠りながら、クラスメイトを誰一人死なせずに守り切ったのです。それは、もっと誇っていいことかと」

「いや、でもそれだって、ステイン先輩が来てくれたからどうにかなったことで……あのまま、先輩が来てくれなかったら、どうなっていたことか……」


 相も変わらず謙遜するルクア。

 そんな彼に対し、クセンは首を横に振り、話を続ける。


「だとしても、です。ステイン様があの技を使うとは、ルクア様のことを余程信用していたのでしょうね」

「? それはどういう……」

「『色即絶喰』は聞いたように、魔術師の体内にある魔力すら奪ってしまう強力な技。ステイン様の奥義と言っていいでしょう。しかし、完全無欠というわけではございません。使用中は『瞬放』が使えないのです」


『色即絶喰』の原理は、ようは『絶喰』の効果範囲と魔力の吸収速度を極限まで高まることにある。そしてだからこそ、他のことには力が使えなくなってしまうのだ。

 呼吸で言うのなら、ずっと空気を吸っている状態を保つこと。そんなことは通常、無理ではあるが、その無理を何とか実現させているのが、『色即絶喰』という技なのだ。

 無論、無理なことをタダで続けることなどできはしない。


「加えて、あの技は使うことによってステイン様の体質である『魔力の急速吸収・急速放出』の機能を著しく低下させてしまいます。簡単に言えば、使用後は『絶喰』も『瞬放』も使えなくなってしまうのです」

「そんな……じゃあその技を使った後、あの男は無防備になってしまう、ということですか?」

「左様。故にステイン様があの技を使うことなど、滅多にないのでございます」


 その話を聞いて、ルクアは納得してしまった。

 ステインが今まで『色即絶喰』を発動しなかった理由。使えば無防備になってしまう技など、欠陥がありすぎる。もしも使った後に敵のカウンターを喰らってしまえば、『絶喰』も『瞬放』も使えないステインは格好の的。そう簡単に使わないのは当然の判断だ。


「じゃあ、今回はどうして……」

「おや? そんなもの決まっているではございませんか。貴方様を信用していたからでしょう」

「僕を……?」

「左様。たとえ自分が無防備になっても貴方様がいるなら安心して後を任せられる。そう思ったからこそ、ステイン様は迷わず使ったのでしょう」


 もしも『色即絶喰』を使った後に、実はまだ敵がいたとしても。

 もしも『色即絶喰』が何らかの原因で相手に通用しなかったとしても。

 ルクアがいるから問題はない。

 そう判断したからこそ、ステインは使えたのだとクセンは語る。

 けれど、いいやだからこそ、ルクアには疑問が浮かんでしまう。


「……分からないです」

「分からない、とは?」

「どうして先輩は、僕をそんなに信用してくれるんですか? 僕を強いと言って、信頼してくれる。それはとても嬉しいことだし、今だってそう思ってます。けど、その理由が、僕には分からない」

「お兄様……」


 それはルクアが自分に自信が無さすぎる……という話ではない。

 彼の立場になってみれば、確かにステインの行動には疑問が浮かんでしまうのは当然と言えるだろう。会って間もない間柄、一緒の寮には住んでいるものの、しかしルクアはステインのことについて知らないことだらけ。だからこそ、彼が自分を信じてくれる理由も理屈も分からないのだ。

 

 戸惑い、悩むルクア。

 そんな彼に対し、クセンはどこか観念したかのように、口を開く。


「……お二人とも。今から話すことはわたくしの独り言。そしてただの予想でございますれば。何卒ステイン様のお耳には決して入れぬと約束してもらえますでしょうか」


 言われ、ルクアとレーナは不思議そうな顔をしながら互いの顔を見た後、クセンに対し、頷いた。

 そうして、次の瞬間、クセンの口から出た言葉は。


「思うに……ステイン様はルクア様に対し、憧れの念を抱いているのでしょう」

「「………………え?」」


 思わず、二人とも同じような反応になってしまった。

 それも無理からぬこと。

 それだけ、クセンが今、口にした内容はルクアにもレーナにも信じられないものなのだから。


「え、いや、その、ええと……」

「クセンさん。もう一度確認しますけど……あの男が、お兄様に憧れてると、そう仰いましたか?」

「はい。まぁ、お二人がそういう反応になってしまうのは当然でしょう。しかし、あの方の性格を考えれば、自ずとこの答えになるのです」


 あの性格を考えれば……その言葉に、二人は「だからこそ違うのでは?」と思ってしまう。

 しかし、二人の反応はクセンも重々承知のようであり、説明を始めた。


「あの方は自分の力一つで魔術師を叩き潰すことを信条としております。しかし、肝心要のステイン様の能力は相手の魔術を一切封じるやり口。言ってしまえば、相手の弱体化でございますね。確かに魔術師に対してはこれ以上ないほど効果的な能力でございますが……あの方の性格とは相反する能力でもあります」

「それは……」


 確かにそうである。

 ステインの性格からして、相手を弱体化させ、得意を封じる、といったやり口は似合わない。むしろ、どんな技を使ってこようがそれを拳で叩き潰す。そういう性格をしているのは確かだ。


「魔術を使う魔術師を真っ向から叩き潰したい。けれど、自分が使う能力は相手を弱体化させるものであり、それは卑怯なこと。本当の自分のやり方ではない……そう思っているのでしょう。だからこそ、あの方の思い描く『本当の魔術師の倒し方』を実現させるルクア様が眩しく見えてしまう」

「本当の……魔術師の、倒し方……」

「ええ。魔術を一切使わず、全力の相手を己の身一つで倒す。それが、あの方が本来求めていたものなのだとわたくしは思います。故に、あの方はルクア様を羨ましく思っており、同時に……応援したいと考えているのでしょう」


 人間、自分のやりたいこととできることが一致することはほとんどない。

 今回のこともそれにあたる。ステインは『絶喰』のやり方が卑怯だと思っている一方で、しかしそれが自分が魔術師を倒せる手段であると自覚している。

 やりたいことができない……別段、珍しいことではないし、それを受け入れながら生きていくのも人間という生き物だ。

 ただステインの場合、自分ではできないことを実行する者が現れた。

 その姿は泥臭く、けれども眩しく、かつて自分が思い描いたあり方。

 彼ならば、ルクアならば、自分ができなかったことを成し遂げてくれるかもしれない。

 だからこそ、ステイン・ソウルウッドはルクア・ヨークアンを信じているのだとクセンは言う。


「……と、まぁ色々と話しましたが、今のはあくまでわたくしの予想。それ以上でも以下でもございませぬ。故に、どうかあの方には言わないでもらえると助かります」


 あくまで今のはクセンの考え。本当のところ、ステインがルクアに対し、何をどう思っているのかは彼本人にしか分からないのだから。

 と、そこでふとレーナが呟く。


「っというか、あの男はどこに行ったんです? また買い物ですか?」


 ステインがこの場にいないことに疑問を持ったレーナの言葉に、クセンは首を横に振った。


「ステイン様なら、校長室である方と会ってます」

「ある方?」

「はい。今のあの方……いえ、あなた方にとっての、本当の敵・・・・に」



―――――――――――――――――――――――――――――――


ここまでの敵はほんの前哨戦。

『本当の敵』はこんなものじゃあない。



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