第43話 傲慢貴族、崩壊の結末
唐突ではあるが。
ヒブリック・レーヴェルは自身の執務室で頭を抱えていた。
「あり得ない……」
その言葉には二つの意味が込められていた。
一つはルクア・ヨークアン暗殺の失敗。
そして、もう一つはほぼ全ての商売先からの商談破棄であった。
(あのゴミクズの暗殺失敗だけでも頭が痛いというのに、何故、これほどまでの取引先から縁を切られるのだ……!!)
もうこの時点でヒブリックは終わったと言っていい。
ルクア暗殺失敗だけでも後始末がつけられないというのに、彼は自身の地位を保つための商売すらも失ったのだ。
いつもであれば、ヨークアンの分家としての力を行使し、無理やり事を自分の思うように動かしてきた。
だが、今回はそれが通用しなかった。
それが、彼の中で未だ納得できていなかったらしい。
「どうして、何が、どうなって、こんなことに……」
「―――それは明白だろう。君は敵に回してはいけない者たちを敵に回した。それだけの話だ」
ふと、どこからか声がした。
そう思った次の瞬間、執務室の扉が突然と開く。
そして、その先にある暗闇から現れたのは……。
「ヨハネス・アルブダートン……っ!!」
ステイン達が通う魔術学校、その長である老人であった。
驚くヒブリックに対し、ヨハネスは「ほっほっほ」といつもの調子で笑いながら続けて言う。
「どうやってここに、みたいな顔をしているね。簡単さ。表から堂々と入らせてもらった。え? 警備の者はどうしたかって? 安心したまえ。誰も死んではいないさ。ただちょっと気を失ってもらっているだけだ」
さらり、と。本当に簡単に言うヨハネスだが、その内容は絶句すべきもの。
ここはレーヴェル家の本邸。ヨークアン家と比べればまだマシな方ではあるが、しかしその守りはそう容易く敗れるものではない。
何十人も配置されている護衛の魔術師たち。加えて、何重にも張り巡らされている防御結界に迎撃魔術。普通ならば、ここにたどり着くどころか、侵入することすら不可能のはず。
だというのに、目の前の老人は傷どころか、汚れ一つない状態でここまでたどり着いた。しかも、正面から。
「化け物め……!! いや、そもそも何故、貴様のような男が……」
「何故? いやいや、君がやってきたことを考えれば、何故と考えるまでもないと思うのだが」
「何を……」
「今更とぼける必要もあるまい。君が、ウチの学校に禁薬をばら撒いていた者の生き残りだというのは、既にわかり切っているのだから」
指摘され、ヒブリックは目を大きく見開いた。
それが答えであり、故にヨハネスは続ける。
「前回、禁薬を作り、ばら撒いていた組織は潰し、そのトップも捕まえた。だが、連中には外部の協力者がいた。それは分かっていたが、そいつは自分に繋がる証拠を全て消してしまったから、どこの誰だかはどうしても分からなかったんだが……先日の模擬試合でようやく糸口を掴めた」
それは、ゲルスンがギーツ達に禁薬を渡したことだろう。
あの試合でギーツ達が勝っていれば、ルクアを退学に追い込めた。だからこそ、絶対に勝たなくていけなかった。そのための禁薬。
だが、それで足が着くのはおかしいはず。
「何故……生徒の記憶は消したはず……!!」
「ああ。確かに誰が渡したかは記憶から消されていたが、どこで貰ったかはきちんと記憶されていたよ。そして、その場所の痕跡を調べた結果、ゲルスン先生の仕業だと判明した。全く、詰めが甘かったねぇ」
記憶を消す、書き換える魔術はいくつか存在する。故に、それに対するやり方などは無数に存在するのだ。そして、今回のもその一つ。
とはいえ、本来なら場所から痕跡を集めそこで何があったのかを再現したり、そこにあった物質から記憶を覗き見る、なんてことは当たり前のこと。
その点への対策を疎かにしていたのは、まさに詰めが甘いとしか言いようがない。
「ゲルスン先生が犯人と分かってから、君と繋がっているのはすぐに分かった。君らがルクア君を狙っていることもね。そして、私はそれを利用することにした。ルクア君を襲撃する際、逆に私が襲撃すれば相手は無防備だとふんでね。そして、それは成功したというわけだ」
「馬鹿な、なら何故事前に私の作戦を潰さなかった……!!」
「だって、そんなことをしたら、君が逃げてしまうかもしれなかったからね。だから、わざと作戦を実行させ、隙を作らせたわけだ」
人間、自分が攻めていると思っている時程、守りが甘くなる傾向がある。それは魔術師とて同じ。
もしも事前に阻止してしまえば、また証拠を消されてるか、そもそも逃がしてしまうかもしれない。故に、ヨハネスは不意をつくことにしたわけだ。
だが、だとするのらば、余計にヒブリックは納得しかねると言わんばかりに叫ぶ。
「そんな……貴様、生徒がどうなってもいいというのか!!」
「そこについては問題ない。君たちの狙いはルクア君。ならば、彼が動かないわけがない。そして、彼……ステイン・ソウルウッドが動くのならば、何も心配はない」
断言した。
あの魔術界でも名を轟かしているヨハネス・アルブダートンに、「心配ない」と言わしめる。これがどれだけ異常なことであるのかは、ヒブリックでも流石に理解できた。
「それにしても、君も馬鹿なことをしたものだ。ルクア・ヨークアンを消すことで、『あの二人』の勝負を邪魔しようとするとは。まぁ、確かに、どっちが勝っても君には面白くないことだろうが……それでも考えるべきだったね。君如きが介入するべき事案ではないのだと」
ああ、それとも。
「もしかして、誰かに吹き込まれたのかな? 今回の件が上手くいけば、『あの二人』を出し抜くことができると。その点については、後で詳しく聞かせてもらえるかな」
ヨハネスは理解している。
目の前の男だけで、今回の一連の騒動を思いつくことなどできない。誰かがバックにいるのは明白。
……まぁ、その誰かの足取りを、ヒブリック自身から掴める可能性は低いとは思うが。
「ああ、それからね。ソウルウッド家の当主が、君がこれまで行ってきた悪事の証拠を全て集めてくれたよ。禁薬のことも、それ以外のことも。おかげでこっちが色々と動かずに済んだ。いやぁ、昔からそうだが、彼は何だかんだ文句言いつつ、やることはやる男だからね。大変助かるよ」
まるで死体蹴りかのように、ヨハネスは言い放つ。
今回、ヒブリックは敵が多すぎた。特にソウルウッド家。彼らの情報網を甘く見た結果、今回の結果に繋がってしまったと言えるだろう。
ソウルウッド家当主の情報操作、そしてステイン・ソウルウッドの実力。
その二つを最初から知っていれば、ヒブリックは今回のような愚策に手を出すことはなかったずだ。
しかし、それはもう過ぎてしまったこと。今更無かったことにはできない。
「―――っというわけで、君は詰みだ。何が最後に言い残すことはないかね?」
そして、死刑宣告と等しい問いに対し、ヒブリックはというと。
「ふ、ふざけるな!! 私が、私が、この私がっ!! こんなところで、終わるわけがない……!! こんな、こんな、こんなぁぁぁああああああああああああああああっ!!」
未だ自分の『敗北』を認められずにいた。
その光景を前に、ヨハネスは溜息を吐く。
「はぁ。全く。君のような連中はいつだって同じことを言う。これだけのことをしておいて、自分が破滅することを考えていない。自分は違う、自分は特別、自分は選ばれた者……まぁ、自己中の塊である魔術師らしいと言えばらしいがね」
自分絶対主義。それがこの世界にいる大半の魔術師の有り様だ。
それはヨハネスも同じ。
だからこそ、これ以上、ヒブリックに付き合うつもりはなかった。
「とはいえ、私もそんなに暇じゃないんでね―――さっさと終わらせてもらうよ」
言い終わった次の瞬間。
謎の光がヒブリックの本邸に降り注ぎ、その形を跡形もなく消し去ったのであった。
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因果応報。これにて傲慢貴族は全てを失いました。
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