第42話 そして魔術師は蹂躙される

 拳を入れる。

 拳を入れる。

 もう何度目か分からない拳を入れる。


「がっ、はぁ……」


 ステインが殴る度に、ゲルスンの口から血が吐き出され、何かが壊れていく。

 骨が、内臓が、身体の機能が破壊されていく。けれども、不思議なことに、ゲルスンは未だに意識を保っていた。


 それはゲルスンが想像以上にタフだったから……ではない。

 ステインがわざと手加減をしているだけ。


 ステインの拳は凶器だ。岩を砕き、鉄をも叩き潰す。そんな彼が本気で今のゲルスンを殴れば、確実に殺してしまう。

 だが、勘違いしてはいけない。

 ステインがゲルスンを殺してはいけないと思う理由は、人道からくるものではない。

 彼がゲルスンを殺さない理由。それは、殺しては恐怖を刻み込めないからだ。


 今回、ステインの目的は、あくまでゲルスンに対し、恐怖を植え付けること。自分を舐めた結果、どうなるのかを心の奥底まで理解させることだ。

 であれば、一撃で終わらせてはいけない。

 だからこそ、一発で殺してはいけない。

 そんな救いのある終わり方など、ステインが許すわけがないのだから。


 しかし、ゲルスンの心が想定以上だというのは事実ではあった。


「ひ、ひきょ、う、もの……!! 卑怯者、め!! 魔術師に対して、魔力を奪うなど……そんなもの、反則だろうが……!!」


 既に顔面はボロボロ。歯も半分は折れている。

 だというのに、未だこんな言葉を吐けることに、ステインは呆れる他なかった。


「おいおい。自分だけ魔術が使えるようにしてた奴が、反則なんて言葉使うなよ。マジでみっともねぇぞ」


 先ほどまで自分の生徒に対し、魔術を封じていた男が口にしていい台詞ではない。

 とはいえ、だ。

 ゲルスンの言い分が、全く分からないというわけではなかった。


「まぁ、確かに普通に考えれば、フェアじゃねぇ。そこは認めてやる。どう考えても、これは俺が有利な状況だ」


 自分の強さを高めて相手を倒す、のではなく、あくまで相手の能力を極限まで下落させ自分の方が優位な状況にする。

 正直、好かれる効力ではない。むしろ、嫌われる要素しかないと言える。


 もしも何かの物語であれば、どう考えても主役の能力ではない。どちらかというと、悪役のそれだ。


 けれど、そんなものは関係ない。

 今更他人からどう見られようとステインは気にしない。卑怯、卑劣、非情……なんと言われようが、これがステインの力なのだから。

 そもそもにして、だ。

 目の前の男に、ステインを非難する資格など、一切ない。


「だが、それがどうした? 人生ってのはそういう理不尽の連続だろうが。魔力が少ない、魔術が使えない、そもそも魔術師じゃあない……そんな理由で魔術師おまえたちが他人の人生を踏みにじるようにな」


 この世は不公平と不平等でできている。

 どこの家で生まれたか、どんな才能を持っているか、そもそも魔術師であるかどうか……。

 本人の努力ではどうすることもできない要素で侮辱され、見下され、除け者扱いされる。


 ムカつく。腹立たしい。吐き気がする。

 だが、それが今の世界の有り様というものだ。

 どれだけ理不尽でも、どれだけ非常理でも、それでも人はその中で抗い、足掻き、苦しみながも生きていくのだ。


 そう……あの小さな、けれどもここにいる多くの生徒を守りきった、少年のように。


「どんだけ不利な状況でも、どんだけ絶望的な有様でも、それでも歯を食いしばって足掻こうと努力する。そして乗り越える。そういうもんだろうが……少なくとも、テメェがゴミクズだと言った奴は、それを可能にしたぞ?」


 ステインはルクアの全てを知っているわけではない。

 だが、それでも彼がどんな扱いを受けていたのか、この眼で見て、耳で聞いた。その上でクラスメイト達からも邪険にされていたことも理解していた。


 そんな連中をこの少年は守り切ったのだ。

 あの無数の魔物から。ゲルスンから。あらゆる理不尽から。

 普通、そんなことはできないし、そもそもしない。自分を嫌っている連中を助ける義理などどこにある? 少なくとも、ステインはそんなものは御免だ。


 けれど、ルクアはやり切った。守り切ってみせた。


 いや、今回のことだけではない。

 ルクアは魔術が使えないのに魔術学校へやってきた。それがどれだけ無謀なことなのか、理解していながら。

 差別、侮蔑、嘲笑……そういう諸々があることを、あの少年が知らないわけがない。

 それでも、彼はここへやってきた。その覚悟がどれほどのものなのか、ステインには分からない。だが、半端ではないことは確かだろう。

 そして、その上で、彼はステインから合格を勝ち取り、つい先日に至ってはギーツを圧倒した。


 だからこそ、ステインは改めて思う。

 ああ、この少年はやはり、強い男だったのだと。


 そして。

 そういう『本物』の強者を蔑ろにする者に、ステインは容赦しない。


「お前は、アイツより格上なんだろ? お前はアイツより優秀なんだろ? なら立てよ。立って戦って見せろよ。俺が強いと認めた男よりも……ルクア・ヨークアンよりも上だと自称するんなら、この程度の苦難、簡単に乗り越えて見せろよ」


 魔術が使えない? 魔力がない? 

 だからどうした。

 ルクア・ヨークアンはいつもそうだっただろう?


 身体能力が優れている? 五感が超人並み?

 だからどうした。

 そもそも、それらを評価せず、ゴミだと判断したのはお前達だろう?


 状況が違う? 今の自分は魔力切れで疲れ果てている?

 だからどうした。

 初めて会った時、ステインと戦った時の彼は今のお前よりも疲れ果てていたんだぞ?


 そら、そら、そらそらそら。

 言い訳は通用しない。聞く耳持たない。

 どんな理屈を並べても。どんな理由を並べても。そんなものは無駄だ。


 お前が、お前達が、本当にルクア・ヨークアンよりも優れているというのなら。

 戦ってみせろ。足掻いてみせろ。立ち上がってみせろ。

 

 でなければ。

 お前は、あの『本物』の足元にも及ばない、弱者にせものだ。


「あっ、あああ、あああああぁぁあぁぁぁぁああああああああああっ!!」


 雄たけび……否、最早それは絶叫だった。

 既にこの瞬間に、ゲルスンは壊れていたと言っていい。

 自分が今まで培ってきた誇り、力、自信……それら全てを完膚なきまでに崩されてしまった。


 無力を味わい、恐怖を刻まれ、全てを壊された男には、最早何も残っていない。

 既に、目の前の男から奪うものは何もなく、故に目的は既に達成したと言っていい。

 故に、ステインがやるべきことはあと一つ。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


 尚も叫び、ステインに襲い掛かるゲルスン。

 身体はボロボロ。体中の骨という骨が折れ、動くのがやっとの彼が最後のあがき。


 無論。

 そんな特攻がステインに通用するわけがなく。


「終わりだ、魔術師ゴミクズ。お前は出直す必要はない―――二度と俺の視界に入ってくるな」


 そうして、次の瞬間。

 相手に恐怖を刻みつけるステインの拳が、この戦いの終わると宣言するかの如く、ゲルスンの顔面に叩き込まれたのであった。


―――――――――――――――――――――――――――――


 これにて本当に一件落着!!

 あと数話、後日談が残っています。大事な後日談ですので、是非お楽しみに。



 ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!!

 今後も面白い作品を作れるよう邁進していきますので、☆評価、フォローなどの応援、よろしくお願います!!

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