第41話 【恐拳】という名の絶望

 一瞬。

 ステインが言葉を発したその直後、異変はすぐさま現れた。

 誰の目から見ても明らかな異常事態として。


「魔物が……一斉に倒れた……?」


 自分たちを取り囲む無数の魔物。数えるのも馬鹿らしい思えるくらい大量のそれらが、一匹残らず、その場に倒れ伏したのだ。

 絶命している……わけではない。呼吸はしている。だが、それだけだ。痙攣をおこしているもの、泡を吹いているもの、動こうと必死に足掻いているもの……反応は様々だが、どれもこれもが戦闘不能に陥っていた。


 そして、だ。

 その奇妙な影響は魔物たちだけに留まらない。


「何だ、これ……」

「ま、魔力が抜けていく……」

「力が、入らない……」


 次々とその場にうずくまっていくルクアのクラスメイト達。

 魔物ように気絶したり、泡を吹いている者はいないが、しかしそれでもまともに動けなくなっている。


「先輩、これは一体……」

「別に大したことはしてねぇ。『絶喰』の範囲と速度を大幅に上げたにすぎない。考えはしなかったか? 俺の『絶喰』が周囲の魔力を吸収するんなら、相手の体内にある魔力を直接吸い上げることができるんじゃねぇかって」

「それは……」


 確かに、それは何度か思ったことはある。

『絶喰』の説明を聞いた時、ルクアは真っ先に思いついたものの、しかしステインはそれを一度も実践していなかった。ギーツ達が襲ってきた時も、レオンと戦った時も。

 それが出来ていたのなら、そもそも相手に魔術を使わせることなどしなかったはずだ。

 故に、『相手の体内にある魔力は奪えない』と勝手に解釈をしていたのだ。


「まぁ、一度体内に入って定着した魔力を引きはがすのは、魔術を分解して魔力にするよりも面倒なんだが……その面倒を可能にしたのがこの『色即絶喰』ってわけだ」


 魔力を引きはがすのは面倒、とステインはいった。

 だが、実際のところ、面倒などで済む話ではない。魔術師の体内にある魔力を何の道具も使わず、ましてや魔術も使わず、ただ立っているだけで奪う行為など、聞いたことがないし、この眼で見ても未だに信じられない。

 だが、ステインの話が本当なら、今の状況は全て説明がつく。

 

「……成程。皆、体内にある魔力を全部無くしてしまったから、あんな状態になってるわけですね」

「ああ。知っての通り、魔術師は魔術を使いすぎると体力が消耗する。んで、魔力を吸い上げられてもそれは同じだ。そして、それは魔物にも同様。いや……魔物は他の生物と違って魔力に依存して動いてるからな。魔力を奪われれば魔術師よりも身体に影響する。死体の魔物に関しては、奴自身の魔力が無くなったがために動かなくなったってところだろう」


 淡々と説明していくステイン。

 理屈は分かる。理解もできる。

 けれど、納得ができるかと言われれば、難しいものだ。

 特に、魔術師にとっては。


「ふざけるなぁぁぁあああああああああああああああっ!!」


 事実、ステインの話を聞いて、ゲルスンが真っ向から否定する。


「そんな、そんなふざけたことがあるかっ!! 相手の魔力を一方的に奪うなどと……そんな……そんなこと、あってたまるか!!」

「おいおい。実際こうしてやってるだろうが。ふざけるも何もないだろ」


 どれだけ否定しようが、無駄。ステインは実際にこうして可能にしている。それが事実で、全てなのだから。

 けれど、それでもゲルスンは認められないと叫び続ける。


「冒涜だ!! これは、全ての魔術師、いいや魔術界を侮辱する行為だ!! 魔術師から直接魔力を奪うなど、悪魔の所業ではないか!! こんな、こんなことが許されていいわけが……!!」

「ああ、確かに。お前らにとってみれば、こいつは最悪の代物だ。『色即絶喰こいつ』の効果範囲内はある意味、魔術師の地獄。何せ、お前らを本当にただの人間にしちまうわけだからな」


 魔術師にとって、魔力とは自分の尊厳であり、自分そのものと言っていいだろう。

 それを奪われ、魔術を使えない状態に追い込まれたとなれば、それはもう魔術師とは呼べない。

 発動できないとか、施行できないとか、そういう次元の問題ではない。

 完全に、完璧に、完膚なきまで、魔術師としての在り方を踏みにじり、消し去る。一時的とは言え、魔力が完全になくなってしまうとは、そういうことなのだ。

 けれども、そもそもの話として。


「言っただろ……俺は、お前を、地獄に叩き落すってな」


 魔術師としての才能、努力、威厳……その全てをぶち壊し、無に帰した上で、相手に自分の無力感を与える。

 今まで自分たちが馬鹿にしてきた非魔術師と同じ状態にさせることにより、自分たちが同じ立場になったと分からせる。

 魔術師にとって、最大の屈辱であり、地獄だろう。


 その考えで言うのなら、【クラウンケージ】もまた魔術師にとっては牢獄だ。

 しかし、その【クラウンケージ】もまた、魔術の一つ。

 故に、ステインの前では無力となる。


 パキッ、と何かヒビが入る音がした。

 そして次の瞬間、辺り一面を覆っていた【クラウンケージ】が呆気なく崩壊していった。


「あ、ああぁ……そんな、私の【クラウンケージ】が……」

「当然の結果だろ。テメェの魔力は既に底をつきた。維持する魔力もない上、俺の『色即絶喰』の効果範囲内。保てるわけがねぇ」

「このぉ……っ!!」

「さて。ご自慢の手駒は全部使い物にならなくなった。テメェの魔力もなくなった。そら、ご自慢の反射の魔術の効力も既に切れてるだろ? つまり―――これでお前は詰みってことだ」


 ゲルスンは全てを奪われた。

 魔力も、魔術も、戦う術も……魔術師としての全てが今の彼には存在しない。


 はっきり言って、勝負は決した。どちらの勝利かなど言うまでもなく、明白だ。これ以上の戦いに意味などなく、後はゲルスンを捕まえるのみ。

 それで、全てが解決だ。


 ……普通なら。


「さて、そんじゃ始めるか」

「始める……? 貴様、一体、何を……」

「俺の目的は別にお前に勝つことじゃあねぇ……テメェを、完膚なきまでに、叩き潰すことだ」


 ステインに常識は通用しない。

 相手が敗北を認めている? もう既に戦う力が残っていない?

 それで? だから?

 そんな、いかにもな理屈をステインの前で並べても無駄だ。


 彼は、正義の味方ではない。

 彼は、光り輝く英雄ではない。

 彼は、皆を救う聖人君子ではない。


 彼は【恐拳】ステイン・ソウルウッド。自分を舐めた相手を叩き潰し、相手に恐怖を刻み込む、この学校一番の問題児。

 そして目の前の男は、ステインの相棒に手を出した。

 それ即ち、ステインを舐めたの同義。

 故に―――彼がここで終わるなど、それこそあり得ないことだ。


「そういうわけで……歯を食いしばれよ。ここからが本番なんだからな」


 そうして。

【恐拳】ステイン・ソウルウッドによる蹂躙の時間が始まったのであった。




―――――――――――――――――――――――――――――


 本来なら、ここで一件落着、めでたしめでたし。

 しかしそうならないのが、ステインという男。

 そして、何度もいいますが、この作品のコンセプトは最強、無双、そして―――蹂躙なのです。



 ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!!

 一章も残りわずか。

 気を抜かず、頑張っていきますので、☆評価、フォローなどの応援、よろしくお願います!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る