第37話 強者、ルクア・ヨークアン

『魔術が使えない奴なんて、魔術師として失格だろ』

『そりゃそうだろ。魔術が使えるから魔術師なんだから』

『いや、そもそも魔術使えない奴が俺らより強いわけないじゃん』

『そうそう。だから―――』


『『『ルクア・ヨークアンは自分たちより格下なんだ』』』


 ルクアのクラスメイト達は、大半がそういう感想を持っていた。

 本来なら唾棄すべきものではあるが、しかし哀しいかな、魔術が使えない者に対する魔術師の反応という点においてはこれが基本なのだ。


 例を挙げるのなら、武器を持つ者と持たない者。どちらが戦闘に有利なのかは、答えるまでもない。

 無論、中には素手の方が強い者もいるだろうが、それは例外の話。基本的なことを言えば、やはり武器を持っている者の方が優位に立つ。


 けれども、だ。

 もしも、その武器が使えなくなったらどうなるのか?

 答えは簡単。何もできない。

 

 確かに、剣を取られた剣士が素手でも戦ることは珍しくない。身体を鍛えている彼らには、剣がなくても一般人相手ならば、ある程度のアドバンテージがあるだろう。


 だが、魔術師は違う。

 魔術のみを鍛錬してきた彼らは、肉体きを鍛えるなんてことはほとんどしない。無論、中には体力づくりや己の魔術の傾向で身体を作っている者もいるかもしれないが、それもまた例外だ。


 ゆえに、魔術師は魔術を封じられてしまえば、基本的に何もできなくなってしまう。

 それは先日のギーツ達がいい例だ。


 故に、そんな彼らが魔物の群れのど真ん中に放り出されれば、どうなるのか。

 答えは簡単。塵殺だ。


 皮肉なものである。魔術が使えないルクアを馬鹿にしてきた彼らが、魔術を封じられ、窮地に立たされている。

 因果応報。彼らの現状を一言で言うのなら、まさにそれだろう。


 そして、彼らは全員、何の抵抗もできず、悲鳴を上げ、情けない姿をさらし、まるでゴミクズのように無残にも死んでいく。


 ……はずだったのだ。


 腕を食われ、足を噛まれ、胴体を切り刻まれる……そんな、無残な最期を遂げる。

 そのはずだった。

 そのはずだったのだが……。


「はぁぁぁああああっ!!」


 一本の刃が、決まっている結末に抗うかの如く、クラスメイトを襲う魔物を次々と薙ぎ払っていく。

 犬の魔物を切り裂き、蛇の魔物を八つ裂きにする。

 百足の魔物を細切れにし、蜘蛛の魔物を突き抉る。

 他にも他にも他にも……無数にいる魔物があっという間に切り捨てられていく。


 およそ人の業ではない。魔術を継皮わずに、これだけの魔物を屠る者などいるはずがない。

 そんな、当たり前の事実が目の前で崩れ落ちていく。


「な、何なんだ、あれ……」

「あんなに凄い速さで動けるなんて……」

「魔術じゃ、ないんだよな……」

「魔術無しでこれって……もう人間やめてるだろ」


 圧巻。まさにその一言に尽きる。

 目の前にいる少年が……自分たちがあれだけ散々馬鹿にしてきたルクアが、自分たちを守りながら魔物を薙ぎ払う姿に、皆、言葉を失っていた。


 一方のルクアはというと。


(先輩に言われた通り、真剣にしてて良かった……っ!!)


 内心で武器を変更していたことに幸運を感じていた。

 先日、迷森で演習があるといった日に、ステインに言われた指摘。


『魔物相手なんだから、ちゃんと真剣を使えよ』


 それは、ある種当然の助言。人相手ならともかく、魔物相手に木剣で挑まなければならない理由などどこにもない。

 だからこそ、今日はルクアも真剣を携えてきたわけだ。

 それがこんな形で功を奏すとは予想外ではあったが、しかしこの状況ならばありがたいことこの上ない。


「ふんっ!!」


 目前に迫った三体の魔物がまるでバターを斬るかのように簡単に斬殺された。

 ルクアは木剣でも相当強い。だが、真剣を持てば、その能力は倍以上に跳ね上がる。

 当然だ。本来、剣士とは真剣を扱う存在。逆に言えば、今までルクアはある種の枷をしていたことになる。

 そして、今、彼はその枷から解き放たれたというわけだ。


「全員、固まった状態で絶対に動かないでっ!! 一人になったら確実に死ぬぞっ!!」


 ルクアの指示は、本来ならば論外のものであった。

 多数の敵に対し、一ヶ所にまとまる行為は敵に狙ってくれと言っているようなもの。しかも、彼ら彼女らは現在、魔術が使えない状態だ。そんな者たちが集まってしまえば、どうぞ殺してくださいと言っているようなものだ。


 けれど、それこそがルクアの狙いだった。


「らぁぁぁあああああっ!!」


 雄たけびを上げながら、ルクアは次々と魔物を一刀両断していく。


 もしも、ルクアの助言を聞かず、クラスメイト達が各々バラバラになって逃げていれば、こうはならなかった。敵の狙いを一ヶ所に集中させることで、守りやすくしたのだ。


 魔物がクラスメイト達を狙っていることによって、襲ってくる方向が限られてくる。ならば、ルクアがやることはそれらを叩き潰すことのみ。


 勘違いしてはいけないのは、こんな戦法をとれるのはルクアのみということ。

 守るためとはいえ、普通なら一ヶ所に無防備な者たちを集めてしまうことは致命的な行為。何せ、一歩間違えば皆殺しにされてしまう。


 今、クラスメイト達が誰一人として死んでいないのは、単純にルクアが超人並みの速度と剣術で彼らを守りながら、魔物を切り裂いているからに過ぎない。


「あれが、ルクア・ヨークアン……」

「この前のギーツ戦はまぐれじゃなかったんだ……」

「凄ぇ……凄すぎる……」


 最早出てくる言葉に語彙力がない。

 しかしそれも致し方ないこと。目の前の光景は、言葉にするには、あまりにも鮮烈すぎる代物だ。


「……これはもう、認めざるを得ないな」

「認めるって、何を……」

「彼が……俺らより、強いってことをだよ」

「っ、それは……!!」

「じゃあ、聞くけど……この中で、魔術が使えたとして、あの数の魔物を相手に一人で戦える奴って、ここにいるか?」


 否定の言葉が出てくる前に、クラスメイトの一人が、現実を叩きつける。

 無数の魔物、それをたった一人で倒すなど、たとえ魔術が使えたとしても、ここにいる誰もできないことだ。

 そう……魔術を使えない、劣等生と呼ばれ続けた少年以外は。 


「いい加減、もう諦めるしかない……俺達は、あいつより……弱いって」


 否定したい。違うと言いたい。そんなはずはないと叫びたい。

 けれど……ルクアの剣が、その全てを切り捨てたかのように、誰も何も言えずにいた。


 この時、彼ら今一度認識し、そして確信する。

 彼は、ルクア・ヨークアンは間違いなく、『強者』であるのだと。



―――――――――――――――――



ようやくここまで来ました……。

今回のは皆がルクアを認めざるを得ない話で、気にいってるシーンの一つです。皆様に気にいってもらえたら、幸いです。



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