第36話 迫りくるもう一つの凶刃
その異変をステインはすぐさま察知した。
「―――っ、」
授業中にも関わらず、ステインは窓の外を見て、即座に立ち上がる。
いつもなら、妙なことが起こったところで彼は何をどうすることもない。彼は自分に被害が向くのならともなく、わざわざ自分から厄介ごとに巻き込まれることなどしない。
しかし、だ。今回は別だ。
何せ、奇妙な黒い結界が張られた場所が迷森であるのだから。
そして、異変に気付いたのはステインだけではなかった。
「授業中失礼します」
唐突にどこからともなく教室内にクセンが現れた。
驚くクラスメイト達を他所にステインはクセンに視線を向ける。
「おい、婆」
「分かっております―――オーガル先生。すみませんが、ステイン様を少々お借りします。ああ、それから生徒たちを安全な場所へ至急非難させてください」
その返答を聞く前に、クセンは両手をパンッ、と叩いた。
そして、その次の瞬間。
ステインはいつの間にか、野外へとやってきていた。
クセンの空間魔術。それによる、空間跳躍だ。
彼女はこの魔術学校から簡単に出られない代わりに、魔術学校内でならほぼどこでも簡単に移動できる。
故に、すぐさま結界の中へと侵入できる。
……と思っていたのだが。
「ここまでが限度ですね」
彼らが来ているのは、黒い結界のすぐそば。
結界の中ではなかった。
「中に入れねぇのか」
「生憎と。この魔術、【クラウンゲージ】は周囲一帯を王冠の形をした黒い結界で囲うもの。その効果は結界内で自分以外の魔術の発動を一切封じることにございます。いくらわたくしといえど、この中で魔術を発動させることは困難かと」
魔術を発動できない結界……それならば、クセンが中に入らないのも頷ける。こういうタイプの魔術は一度入ってしまうと出ることが中々できない。魔術を使えないとなれば、尚更だ。
とはいえ、ここは魔術学校。そんじょそこらの魔術師とは比較にならない存在がいる……はずなのだが。
「校長が不在の時を狙うとは……なんとまぁ、計画的な」
そう。今日校長は学校外の用事で校内にはいない。それを偶然の一言で片づけるには無理がある。
つまるところ、これは校長がいない時を狙っての犯行であり、そしてそれを知っているのはごく一部の者のみ。つまり、内部の者の犯行だ。
何にせよ、ステインがやることは変わらない。
「とりあえず、他の教師どもを集めとけ」
「申し訳ございません。貴方様を一人で行かせてしまって……」
「仕方ねぇだろ。この結界のの中じゃあ魔術は使えねぇんだろ? だったら魔術を使わなくても戦える俺が適役だ。それにこれはどう考えても足止めだろ。つまり、連中の目的は中に誰も入れさせないこと。なら、俺が入ることで連中の目的を阻害できる」
そう。クセンがステインをここに連れてきたのは、何も彼の戦闘能力が高いからではない。
この結界内では魔術が使えない。ならば、適役なのは、魔術を使わずに戦える人間。
そんな人間は、この魔術学校において、ステインくらいのものだろう。
「んじゃ、早速……」
「待ってくださいっ」
と、そこで待ったの声がかかった。
ふと振り返ると、そこには息を切らしたレーナの姿があった。
「チビ女。お前、どうやってここに来た」
「はぁ、はぁ……妹の、力、です……」
「説明になってねぇっての」
とはいえ、その姿から大体の予想はつく。
彼女も異変を察知し、ここへ全速力でやってきたのだろう。
……とはいえ、空間跳躍を使ったステイン達より少し後とはいえ、こうも早く到着しているのは些か疑問だが。
(まさか、兄貴が心配で元々授業を抜け出してきてたとか……ありそうだな)
普通ならそんな馬鹿なと思うかもしれないが、相手はレーナだ。兄に関して言えば、彼女は常識の範疇を超えてしまうのだから。
とはいえ、今はそのことについて指摘している場合ではない。
「これの中に入るのでしょう? なら私も一緒に……」
「なりません」
と、ここで即座に言葉を口にしたのは、意外にもクセンだった。
「先ほどステイン様にも説明しましたが、これは魔術封じ。魔術師を無力化させる超高等魔術でございます。通常の魔術師は無論、上級魔術師ですら無力化させられてしまうもの。貴方様がどれだけ秀才であったとしても、魔術を使えないのであれば、ステイン様の足手まといになってしまいます」
「そんな……けど、中にはお兄様が……」
「聞き分けてくださいませ。今は一刻を争います。ここで口論をしている時間はありません。ここで貴方ではなく、ステイン様でなければならない理由は、最早説明するまでもありますまい」
先日の話で、レーナが一年の主席だというのは分かっている。だが、それはあくまで魔術師としての実力。
ここから先に必要なのは、魔術に頼らない武力を持つ者だけ。
レーナがいかに魔術師として優秀であっても、今この場においてはそれは意味のないものであった。
「…………、」
反論したい、言い返したい、自分が行くべきだと言いたい……けれど、レーナは何も言わない。
彼女は何だかんだ聡明な性格をしている。現状、何が大事で、誰が必要なのか、彼女は既に理解している。
だからこそ、何も口にしない。
たとえ、納得ができなくても、それでもぐっと堪えなければならないのだと分かっているのだ。
そんな彼女の姿を見て、クセンは一瞬目を瞑り、ステインに向かって言い放つ。
「では。ステイン様。よろしくお願いします」
「ああ」
言うと同時、ステインはそのまま結界の中へと入っていく。
まさのその瞬間。
「ステイン・ソウルウッド!!」
レーナが大声で叫ぶ。。
そして、それが彼女が初めてステインの名前をちゃんと口にした瞬間でもあった。
「お願いです。あの人を……お兄様を、助けてください…………」
悔しさとやるせなさ、そして心配というあらゆる感情が込められた少女の言葉。
それに対し、ステインは。
「――――――言われるまでもない」
端的に、そうつぶやいたのであった。
結界内は薄暗く、静寂が支配していた。
いつもなら魔物の気配を察知できるというのに、それもない。それが返って不気味であり、状況がかなり悪いことを意味しているのだとステインは理解していた。
故に、早くルクアの下へと行かなければならない。
だというのに、だ。
ステインは何故か唐突に、足を止めた。
「―――出て来いよ。いるのは分かってんだ」
連なる木々。その一つの影に対し、ステインは鋭い視線と共に言い放つ。
そして。
「おいおい……マジかよ。ガチで気配消して立ったのに、気づくとか……マジなんなのよ、オタク」
出てきたのは、人間らしき者。
何故らしきがつくのか。それは、彼の容姿。
頭の上にあるのはまるで猫のような耳。そして、両手の先から見える鋭い爪。それらは明らかに普通の人間のものではなかった。
「テメェ……獣人か」
「ああ。見ての通り、獣人さ。オタクの弱点の、な」
その指摘に、ステインは無言で返した。
そんな彼の代わりをするかのように、男は話を続ける。
「オタクの弱点は、相手が魔術に頼らない相手には力が半減するってところだ。何せ、ご自慢の『絶喰』が使えないんだからな。そして、獣人は魔力に頼らずとも強靭な肉体と五感を持ち合わせている。普通の人間は勿論、魔術師ですら俺達獣人を相手にするのは一苦労だ」
男の言葉に、けれどやはりステインは何も言い返さない。肯定も否定もせず、ただ己の拳握り、臨戦態勢に入る。
それは正しい判断だ。たとえ正解でも不正解でも、ここから先起こることは一つだけ。
「まぁ、俺も仕事は早く終わらせたいんだ。だからよ―――とりあえず、死んでくれねぇか、【恐拳】」
そして次の瞬間。
ステインに、男の鋭い爪が襲い掛かったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます