第35話 劣等生を襲う惨劇
演習当日。
ルクアのクラスは迷森にやってきていた。
演習内容は事前に聞かされている。ステインの言っていたように、森の魔物を倒すこと。至ってシンプルな内容ではある。
しかし、ここに来て一つ、ルクアにとって痛手となる問題が発生していた。
『尚、パーティを組んで挑んだ際、パーティが倒した数がそのパーティ内全員の点数とする』
つまり、四人パーティを組んだ者たちが十体の魔物を倒したのならば、その四人それぞれが十点を獲得するということになる。
これはルクアにとってかなり不利な条件だ。
別に単体で挑むことが禁止されているわけではない。だが、一人で挑むのと複数人で挑むこと。その差は大きい。そして、どちらで挑むのが有利かなど、言うまでもないだろう。
事実、他のクラスメイト達はそれぞれ何人かのパーティを組んでおり、一人で挑むのはルクアだけであった。
「おいみろよ。あいつ、マジで一人でやるつもりだぜ」
「しょうがないだろ。あんなのと組む奴なんているわけねぇし」
「所詮は魔術が使えない奴なんて足手まといにしかならないからな」
「ざまぁないぜ、いい気味だ」
相変わらずルクアに対して周りの反応はこんなものだ。
先日、ギーツに勝利したことにより、彼への直接的ないじめはなくなった。基本的に彼へ手を出していたのはギーツとその周辺。それらが全て叩きのめされ、ギーツに至っては退学にまで追い込まれている。故に彼自身を追い込むような真似をする輩はいない。
けれど、未だにルクアを認めようとしない奴は多い。というか、彼を見る目は変わっていないと言っていい。彼は先日、己の力を見せつけ、強さを証明した。しかし、それはどこまで言っても剣の強さ。達人並み、超人以上の力を持っていたとしても、魔術が使えない事実は変わらない。
ここは魔術学校。
お前がいていい場所じゃあない。
誰も彼もが、未だにルクアに対し、そんな冷たい目線をぶつけてくる。
「……、」
分かっている。そんなことは分かっているのだ。自分が場違いなんてことは、他の誰より、ルクアが一番理解している。
彼とて別に魔術師になりたいわけではない。自分が自由になるため、大切な人の傍にいるため、今彼はここにいるのだ。
たとえ、多くの試練を一人で挑むようなことになっても関係ない。
それを突破する。それしかルクアに残された道はない。
(先輩も去年は一人で挑んだと言っていた……なら、僕がやれない理由はどこにもない)
別にルクアは自分がステインのようになれるとは思っていない。
だが、既にやってのけた人間がいるというのなら、不可能というわけでないのだ。
「すまない、皆少し集まってくれ」
クラスメイト全員を呼びかける一人の男。
ゲルスン・エレベスター。このクラスの担任である。
今日は彼が演習の担当であり、見届け人だ。
正直なところ、ルクアはゲルスンにあまりいい印象を持っていない。
魔術の授業中、ルクアが魔術を使えないのを知った上で皆の前で実技をさせようとしたり、他のクラスメイトの魔術の相手……言ってしまえば、的にしたりなど、そんなことをさせられていた。
最近では、何故かその傾向がなくなったが、それでも一度抱いた印象というのは中々拭うことができない。
しかし、他の生徒からしてみれば、普通の先生だ。
そんな彼の呼びかけにこたえ、クラスメイト全員が、彼の前へと集まっていく。
「始める前に、皆に一言言っておきたくてね」
笑みを浮かべ、クラスメイト全員を見渡しながら、ゲルスンは言う。
「君たちは今年、私が受け持った生徒であり、一人を除き、優秀な人材だ。これは嘘じゃない。このままいけば、この中から魔術界をさらに発展させる逸材が生まれたかもしれない」
その言葉を聞いた瞬間、ルクアは違和感を感じた。
わざわざ一人を除き、などという言葉を使ってルクアを貶している……というところではない。
(生まれた……かもしれない?)
何故過去形なのか? それがとてもひっかかった。
それではまるで、もう逸材が生まれないと言わんばかりではないか。
この時点で、違和感に気づいていたのはルクアだけ。他の皆はただ目の前の教師の話をただ聞いていた。
けれど。
「だからこそ、本当に惜しいと思う―――たった一人のために、こんなところで未来ある若者を消してしまうことは」
流石に、その言葉を聞いた途端、全員がざわつく。
「どういうことですか先生」「何かの冗談?」「一体何を言ってるんだ?」……各々が様々な言葉を並べるが、それらは全て疑問のみ。
けれど、ルクアは理解していた。
目の前の男が、本気で自分たちを消しに来ていると。
「―――【クラウンケージ】」
だが、遅かった。
ゲルスンが呪文を唱えた瞬間、辺り一面が暗闇に閉ざされる。
(閉じ込められた―――)
即座にルクアは臨戦態勢に入る。
そして、その判断は正しかった。
「―――グルルル……」
暗闇からゆっくりと陰が現れる。
それらは一つひとつが形が違う。狼、鳥、熊、はては巨だな昆虫……多種多様な姿かたち。
だが、一貫して言えることがある。
それは、それらが全て、自分たちに敵意を持っているということだ。
「何、何なの、一体っ!!」
「先生、先生っ!! これはどういうことですか!!」
「こ、これも演習の一環ってこと……?」
「でも、でも、この数は冗談がきついって……!!」
他のクラスメイト達は突然の出来事に理解が追い付かず、喚き散らすのみ。
中には目の前の事実を受け止めることができず、未だにこれが『演習』だと思っている者もいるほど。
けれど、現実な残酷なもの。
「いや、それよりお前ら、何かおかしいぞ……」
ここにきて、追い詰める要素が追加された。
それは、魔術師にとって最大の痛手であり、弱点。
即ち。
「何で……何で魔術が発動しないんだっ!!」
「嘘……どうして」
「くそっ。俺もだ。何でだよちくしょう!!」
魔術が使えない。
その更なる異常事態を前に、クラスメイト達の混乱は増大していく。
そんな慌てふためく彼らに対し、ゲルスンは。
「では、最後の挨拶も済んだことだし―――惨劇を始めよう」
ただ、冷酷に呟いたのであった。
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