第34話 迷森の演習

 それは、夕食時でのこと。


「―――そういえば、一年生はもうすぐ実技演習の時期でございますね」


 クセンの何気ないその一言から、始まった。


「実技演習……ですか」


 その単語にルクアは暗い表情になる。

 彼にとってみれば、魔術が使えない彼にとって、魔術の実技とは最大の試練ともいえる代物だ。

 しかし、今回に限って言えば、別段問題視することではなかった。


「別に心配するようなことはねぇよ。実技っつっても、『迷森』での演習は、魔術が使えないとダメってわけじゃないからな」


 魔術学校の一年生には、ある通過儀礼がある。


 それは、『迷森』での実技演習。


 迷森とは、その名の通り、迷いの森。何の装備もないまま入ってしまえば、そのまま迷ってしまう魔の森だ。加えて危険な魔物も存在している。


 故に、普段は絶対に入ってはいけない場所ではあるのだが、その森のおかげで魔術学校はある種外敵から守られているところもある。


 その森での実技演習は、生徒に実戦をつませるためのもの。

 魔術師は何も、人と戦うだけが全てではない。時には魔物とも戦わなければならない。そのための実技演習。


 その内容は、至ってシンプル

 どれだけ多くの魔物を討伐できたか。


「簡単に言えば、森の中での魔物退治ってわけだ。余裕だろ?」


 ステインの物言いに、レーナは目を細めて反論する。


「余裕だろって、貴方簡単に言ってくれますけど、迷森の魔物は相当強いと聞きます。一体倒すだけでも複数人の魔術師の強力が必要だとか」


 魔物。それは人類の脅威の一つ。


 通常の動物とは違い、魔物はそれぞれが魔力を持っており、身体が頑丈。炎を吐いたり、猛毒を持っていたりと個々に特殊な能力を備えており、普通の獣を退治するよりもかなり厄介な存在だ。


 そして、迷森にはそんな存在がうようよいる。


「でも不思議です。そんな危険な森が近くにあるというのに、どうして魔物は学校を襲わないんでしょうか」


 ルクアの問いは尤もであり、故にステインはそれに答える。


「そりゃあれだ。迷森には魔物が出てこれないように、いくつか魔術で仕掛けがされてあるからな。んで、こういった演習の相手として使うってわけだ。だから、ある程度は森の魔物に関しては学校側も把握してんだよ」


 でなければ、流石に魔物が住む森を近くに置いておくわけがない。

 しかし、絶対に安全、というわけではないが。


「そんな危険な場所で、演習なんて……」

「危険だからこそ、だろうが。魔術師っつーのはどいつもこいつも自信過剰な連中ばっかだ。何より厄介なのは、自身と実力が見合ってねぇことだ。だから、早いうちに現実を理解させるために、今回みたいな演習をさせんだよ」


 何度も言うようだが、魔術師は自分が強いと思っている連中が多い。だが、それで足元をすくわれ、死んでいく者も少なくないのだ。


 特に魔物討伐がいい例。魔物は人間と違い、確実にこちらを殺しにかかってくる。そういう連中を相手にさせることで、戦いというものを無理やりにでも分からせる、というのが今回の演習の目的だ。


「心配すんな。危険だ何だと言ったが、結局は教師同伴の演習だ。怪我する奴はいるだろうが、死人は出たりしねぇだろ。多分」

「多分って……全く、他人事だと思っていい加減な……」

「他人事だからな」


 さらりと言い放つステインに、レーナはむっとした表情になる。

 そんな光景に笑みを浮かべながら、困ったようにクセンが言葉を付け加えた。


「まぁ、仕方ありません。ステイン様にとって、魔物退治はお手の物。難しいと感じておられないのです。何せ、去年の演習において、記録保持者になってしまう程ですので」

「記録保持者?」

「迷森での演習において、誰がどれだけ魔物を倒せたか、毎年記録されているのです。そして、ステイン様は去年の一位であり、歴代で最も多く魔物を討伐したとされています」

「去年の一位って……つまり、あのシルヴィア・エインノワールよりもですかっ!?」

「いえいえ。彼女は去年、別件で学校におらず、欠席していました」

「あっ、そういうことですか。納得です」

「おいこら何だその反応は」

「いえ別にー?」


 明らかに挑発的な視線と言葉に、ステインはイラッとしながらも、しかし反論できなかった。


 もしもシルヴィアが演習に出ていれば、実際のところどうなっていたかは分からない。自分に自信があるステインでさえ、シルヴィアが相手となれば、絶対に勝てる、とは簡単には言えない。


 無論、負けるつもりなど毛頭ないが、それだけシルヴィア・エインノワールという少女は強すぎるのだ。


「まぁいい……それよりも、だ。問題なのは、魔物よりも人間の方ってことだ」

「……妨害ですか」

「妨害程度で済むならまだいいがな。俺の時は、演習に紛れて再起不能を狙う奴もいたからな」


 無論、全員返り討ちにして逆に再起不能にしたわけだが。


 ルクアは先日の一件で、その実力を大勢の前で披露した。けれど、それで彼に対する風当たりが良くなることはない。どれだけ強かろうと、それは剣士としての強さ。魔術が全ての魔術師からすれば、彼は未だに見下すべき相手なのだ。


 そんな彼を気に食わない連中が大勢いれば、クズのようなことをしでかす者もいるかもしれない。


「貴方が心配するようなことはありません。お兄様は私が守りますから……必ず」


 静かに、けれど強く言い放つレーナ。


 そこにどんな想いが詰まっているのか、ステインは分からない。けれど、彼女の覚悟が本物であることは理解しているつもりだ。何せ、家の反対まで押し切り、比翼大会に出場しないという条件まで付けられても、彼女は兄のためにここにいるのだ。生半可なことではない。


 ステインは別にルクアを心配などしてない。森の魔物でやられる程、ルクアがやわではないことは既に承知している。


 故に、ステインが指摘するべき点は別のこと。


「……そうかよ。だが、その前に一つ言わせろ」

「何ですか?」

「迷森の演習はクラス別でやる。お前、兄貴とは別のクラスだろ? だから、守る云々はできねぇと思うんだが?」

「そういうことは早く言ってください!! くっ、まさかクラスが別になった弊害がこんなところにまで影響を及ぼすとは……いっそ、担任教師を脅して今からでもクラス替えを……」

「うん。心配してくれるのはありがたいけど、絶対にやめてね?」


 ルクアの言葉に、しかしレーナは言葉が耳に入っていないのか、その後も何やらぶつぶつと呟き続けていた。

 そんな彼女を見て、ステインは一言。


「お前の妹……時々頭がおかしなことになるのな」

「いや、その、何というか……すみません」


 ルクアは複雑な思いで、ただただ謝罪するのであった。

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