第33話 傲慢貴族、崩壊の序章
ヒブリック・レーヴェル。
レーヴェル家はヨークアン家の分家の一つにあたる家であり、ヒブリックはその当主である。
彼自身、魔術の才能は確かにある。だが、それは特別秀でているわけではない。ヨークアン家の現当主は無論、その娘であるレーナ・ヨークアンの方が遥かに実力は上だ。
それが、ヒブリックにとっては気に食わなかった。
どちらも自分よりも年下。そんな連中が自分より『上』として扱われているのが、腹立たしい。
……何とも愚かなことか。
自分たちは血筋だの、才能だの、魔術師としての素養が全てだと言っているくせに、自分よりも上に誰かがいることが気に食わないなどと。
そんな器が小さい男だからこそ、時に相手を見誤ることがある。
今回のように。
「我がジャターク商会は、今後一切、そちらとの商売を凍結させてもらう」
その言葉に、ヒブリックは一瞬言葉を失った。
レーヴェル家、というより、ヒブリックは魔術道具の商売をしている。
商売、と言ってもそれはヨークアン家という大貴族の力を使っての強引な取引が多い。先日のステインに対しての対応がいい例。敵対する商会や貴族をヨークアン家の名前を使って脅し、自分に有利な契約を結ばせる。
虎の威を借りる、とはまさにこのこと。
しかし、その効果は絶大。魔術師の世界において、ヨークアン家を敵に回したいと思う者などいない。それだけ、彼らの影響力は凄まじい。
だというのに、だ。
「何を言っているのだっ。正気か貴様はっ」
思わず叫ぶヒブリック。
もう一度言う。ヨークアン家の権力は絶大だ。たとえ分家であっても、その血筋に対し、蔑ろな態度を取ればどうなるかなど、誰にだって分かること。
叫ぶヒブリックに対し、ジャターク商会の使い―――ヘンリー・ジャタークは問いを投げかけた。
「確認ですが、ヒブリック殿。貴方は、あのソウルウッド家に圧力をかけた。これは事実でしょうか?」
「そ、それがどうしたというのだ。たかが地方貴族を潰そうとしただけで、そちらに何の関係があるという!?」
ステインとの一件で、ヒブリックは即座にソウルウッド家に対し、制裁を行った。
彼らが行っている非魔術師でも扱える魔術道具の一切の販売を妨害させたのだ。各所に手を回し、販売できないようにしたのだ。
ヒブリックはそれだけステインのあの態度が気に食わなかった。だから、強硬策に打って出たのだ。どれだけ強気な態度を取っていたとしても、実際に家族が迷惑を被れば、あの男も後悔するだろうと。
それが何よりの間違いであるとも知らずに。
「はぁ……まさか、本当にそこまで愚かだったとは。無知とは本当に怖いものです」
「何を……」
「貴方はとんでもない方々を相手に喧嘩を売ったと言っているのです」
意味が分からない。
ソウルウッド家は地方貴族。対してこちらは二大貴族の分家。どちらが恐ろしいのかなど、火を見るよりも明らか。
だというのに、何だこれは。
まるで自分よりもあちらの方が『上』のような言い草は。
状況を理解しきれていないヒブリックに対し、ヘンリーは呆れたように言葉を紡ぐ。
「確かにソウルウッド家は地方貴族であり、扱っている領土も小さい。けれど、その当主が作る料理は一級品……いや、それ以上のもの。それを求めて、数多くの貴族が彼の下へと尋ねる程。そして、その一方で多くの大貴族があの場所で会談を行っている。国王に関して言えば、他国との密談を行う場所の一つという噂もある」
「そ、そんな馬鹿な……」
「まぁ、貴方がこのことを知らないのは無理もないことでしょう。ソウルウッド家の情報は一部の者しかしらない事実。
それはつまり、ソウルウッド家にやっかいになっている貴族はヒブリックよりも地位が上という意味。
「分かりますか? 会談の場にされるということは、彼らは多くの情報を持っている。誰が誰と食事をしたのか……それだけでも重要な情報源となる。無論、彼らはそれを他言するようなことはしない。それだけ信頼されているというわけです」
「なっ……」
「そんな彼らを貴方は攻撃した。それはつまり、あの場所を必要とする人間全てを敵に回したことになる。そんな人間と商談などできるとでも?」
商売とは信用、信頼が第一。
商談の場として指名されるということは、それだけ相手のことを信じている証拠。
その相手に対し、一方的に無礼な扱いをした者に対し、嫌悪感を抱くなという方が無理な話だ。
「それに……貴方はソウルウッド家当主自身も怒らせてしまった」
「何を……」
「心当たりなら既にあるはずです。貴方と縁を切ると言ってきた者は、何も私が最初ではありますまい?」
「……っ!?」
まさにその通りであった。
ヘンリーのようにこうして直接断ってきた者はいないが、既にヒブリックとの関係を解消すると言ってきた者たちはそれなりにいる。
「今日私がわざわざここに来たのは今まで商談をしてきた仲だからというわけではありません。ソウルウッド家ご当主様からの伝言を預かってきました。―――『喧嘩なら受けて立つ』、だそうですよ」
それでは、と言いながら、ヘンリーはその場を去っていった。
その後、「くそっ」と言いつつヒブリックは机を叩く。
「くっ……一体なんだというのだ……っ!! たかが料理が上手く、会談の場所に選ばれているからといって、何故あのような辺境貴族のせいで、こんなことに……!!」
ヘンリーの言葉をしかしヒブリックは完全に信じてはいなかった。むしろ、未だに何故、どうしてと呟くばかり。それだけ、彼にとって『地方貴族』であるソウルウッド家が影響力を持つということが信じられなかったのだろう。
「まぁいい。今回の件がうまくいけば、『奴』は失脚し、私の地位はさらに高まるのだ。その時になって、後悔するがいい……!!」
けれど、他人を見下し続けた傲慢貴族は、ここまできても、自分が有利にいるのだと勘違いしている。
ここがある種の分岐点。
ここで何か別の行動をとっていれば、もしかすれば結末は変わっていたかもしれない。
けれどそれは今更の話。
既に、自分の足元が崩壊していることも知らずに、ヒブリックは未だに間違え続けるのであった。
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