第32話 双子の学園日常

翌日。


「はむっ……うんっ! このコロッケパン、本当に美味しいよ!!」


 昼休み、二人は中庭で昼食をとっていた。

 今日のメニューはレーナが昨日ステインに教えてもらいながら作ったコロッケを使用したコロッケパン。

 一見、どこにでもありそうなモノだが、一口食べただけで、まるで天に昇るような味わい。およそ、コロッケをパンで挟んだ料理とは思えない代物だった。


「こんなの作れるなんて、レーナ凄いじゃないかっ」

「そ、そうですか? お兄様が褒めてくれるのなら、頑張ったかいがありました」


 笑顔で答えるレーナだが、しかしこのコロッケパンを作る代償はあまりにも大きかった。


(いや頑張りました。自分で言うのも何ですが本当に頑張りました私。まさか、あの後百以上ものジャガイモの犠牲が出るとは思ってもみませんでした……そしてその度にあの鬼の形相で睨みつけられながらしごかれるとは……うっ、思い出しただけでも身体が震える……)


 当初、コロッケなんて簡単だ、と思っていた自分を殴りたい……そう思えるほど、昨日の作業は過酷であった。

 自分の料理の下手さを突きつけられる度に、何度心が折れそうになったことか。


(とはいえ、お兄様の笑顔が見れただけでも、十分おつりがきますけど……その点については、料理に付き合ってくれたあの男に感謝ですね)


 どれだけ疲れていようと、彼女にとって、ルクアからの「美味しい」の一言だけで十分だった。

 そんな中。


「おい見ろよ」

「またあの二人、一緒にいるよ」

「確か、あの二人って別々のクラスだろ? わざわざ昼休みに一緒になって食事とか、きもっ」

「兄妹だからって、あんな奴と一緒にいるなんて、あれでもヨークアン家の秀才かよ」

「全くだ。二大貴族の名前が泣いてるっての」


 食事をする二人を見ながらひそひそと喋る他の生徒たち。

 その会話内容は嫌でも二人の耳に届いており、せっかくの御馳走が台無し状態である。

 自分のせいで、妹の悪口を言われているルクアは内心穏やかではなかった。

 けれど。 


「お兄様。気にしてはいけません」


 その妹であるレーナは無視しろと言う。


「あんな連中、放っておけばいいんです。一々反応していると苦労しますからね」

「でも……僕は、自分のことをいくら悪く言われるのは構わない。けど、レーナのことを言われるのは……」

「それは私もです。お兄様のことをアレコレ言われるのは正直腹が立ちますし、今すぐにでもぶちのめしてやりたいところです。けれど、こんなことでああだこうだと言っていると、あの男に笑われてしまいますので。なので、お兄様も我慢してくださいな」


 言うと、ルクアは何か物珍しいものを見たかのような表情になる。

 その後、小さな笑みを浮かべた彼に、レーナは首を傾げながら問いを投げかけた。


「? 何ですか、お兄様」

「いや。レーナはステイン先輩と仲がいいなと思って」


 言われ。

 レーナは目をこれでもかと言わんばかりに見開いた状態で、必死に否定の言葉を口にする。


「いやいやいやいやっ!! 何でそういうことになるんですか!? どこを、どう、見たら、私と、あの男が、仲がいいとお思いになるんです!?」

「だって、このコロッケパン、先輩に教えてもらったんだろう? レーナが男の人に何かを頼むだなんて、滅多にないことだし」


 言われ、レーナは一瞬言葉が詰まる。

 確かにレーナがルクア以外の男に何かを頼むということはあまりしない。その点から、ルクアはレーナがステインと仲がいい証拠だといいたいのだろう。

 けれど、レーナはそれを認めようとしない。


「そ、それはその……確かに、あの男の料理の腕に関してだけは感心しているというか、教えを乞うに値するというか、何というか……とにかくっ!! あの男と仲がいいとか、そういう勘違いはやめてくださいっっ!!」

「ええー。素直に認めればいいのに」

「い・や・で・す。それだけは、絶っっっ対に、嫌です。大体、お兄様はあの男に甘いんです。ちょっと信用しすぎじゃないですか?」


 レーナの言葉は、何も大袈裟なものではない。

 ルクアは幼少の頃から家の者たちに散々な目にあわされている。中には、彼を騙し、信用させた後にルクアを裏切る、なんて卑劣な輩もいたほど。

 だというのに、何故ルクアはここまでステインに心を許しているのか。


「……先輩はさ。僕のこと、強いって言ってくれるんだよ」


 入学試験の際、ステインはルクアに向かって「お前は強い」と言い放った。

 その時だけではない。ギーツ達が襲ってきた時も、先日の模擬試合の時も、ステインはルクアのことを強いと断言したのだ。


「お世辞とかじゃない。情けでもない。ただ純粋に僕のことを強いって。それがまるで当然のように言ってくれるんだ。ヨークアン家では最底辺の僕に対して……何と言うか、自分を認めてくれる誰かがいることが嬉しくてさ……」


 ルクアの境遇を知ったからこその哀れみ、などではない。ステインはわざわざそんなことを言う男ではないのは言うまでもないだろう。

 ただ単純に、事実を述べている。それが分かるからこそ、ルクアにとって、ステインの言葉は心に染みわたるのだ。


 無論、レーナもルクアの強さは理解している。けれど、血のつながりがあるかどうかで言葉の重みが違う時もある。

 家族よりも、赤の他人に言われた方が、より響くことがあるのは、レーナも分かっていた。

 だからこそ、ルクアの言葉を否定するつもりは彼女にはない。


「まぁ、あの男の目が節穴ではないというのは同意します。でもっ、間違ってもあんな男のようになりたいとは思ってはいけませんよっ。もしもお兄様があんなオラオラ風な態度を取るようになったら、私、泣きますからねっ」

「そ、その心配はいらないかな。僕、あんな自信を持つのは無理だし……」

「お兄様。あれは自信があるとかそういうレベルの話ではありません。ただの自己中です。俺様主義です。ナルシストです」

「ナルシストは違うんじゃないかな……」


 そんな会話をしながら、彼らの昼休みはあっという間に過ぎていったのであった。

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