第31話 秀才妹の罪悪感

 面倒ごとは去り、料理再開。


 ……と、簡単に切り替えれればよかったのだが、流石にそうはならなかった。


「あの……さっきの、本当に大丈夫なんですか?」


 ジャガイモの皮むきをしながら、レーナはステインに問いを投げかける。


「オイコラ、調理中に余計なこと考えてんじゃねぇぞ」

「うぐっ……すみません……で、でも、その、やっぱり心配で……」


 レーナはヨークアン家のやり方がいかに強引なのかを熟知している。その中でも、あのヒブリックは高慢を絵にかいたようなやり口だ。先ほどの言葉がはったりではないことを彼女は理解しているからこそ、安心できないのだ。


「ったく……。大丈夫だ。ウチの連中はあんな奴にいいようにされるほど、ヤワじゃねぇよ。っつか、あいつにも言ったが、俺でも連中の相手をするのは御免だ」


 その言葉は意外であった。

 自分の力に自信を持つステインが、「相手をするのは御免」というだなんて、早々ないことなのは付き合いが短いレーナでも珍しいことだと分かる。


「貴方がそこまで言うなんて……そんなにお強いんですか?」

「いや? 単なる殴り合い、強さで言うんなら断然俺が一番だ。だが、その他に関して言えば、話は別だ。状況把握、情報操作、交渉能力、周りへの指示……そういうやり口はほとんどの奴が敵わねぇだろうな。少なくとも、さっきのような奴に遅れを取ることはない」


 地方で領土は小さいとはいえ、ソウルウッド家は貴族だ。そして、その小さな領土を守るための『力』は常に持っているのだ。

 確かにステインは自分を強いと思っている。だが、腕力以外の『力』に関して言えば、彼以外の家族がそれを持っていると言っていい。


「それに、どいつもこいつも一癖も二癖もある奴でな。自分を大きく見せようとする小心者の癖になぜか部下には慕われてる親父。のほほんとしているようでこっちの全部分かったような口ぶりをしてくるお袋。魔術道具を作ることに関しちゃ天才だが、自分の作りたいモンしか作らない弟……個々人ならともかく、あの連中を全員まとめて相手にして、勝てる奴なんて想像できねぇ」


 少なくとも、ステインには無理な話だ。

 無論、腕っぷしで負けることなどない。だが、今回のように『妨害』やら『工作』といったやり口で彼らに勝てるとは到底思えなかった。


「……貴方は家族と仲がいいんですね」

「あ? 今の話のどこを聞いてそんな感想を抱いた?」

「だって、今の話をまとめると、貴方は家族が負けないと信頼しているのでしょう? それは私達にはないものです」


 ふと、そんな言葉を口にしたレーナ。

 それに対し、ステインは顔をしかめ、疑問を口にする。


「テメェだって、兄貴と仲が良いじゃねぇか」


 これまでのヨークアン家のことを考えれば、確かに兄を慕っているレーナと兄をいたぶるヨークアン家の連中の関係性は最悪と言えるだろう。

 だが、その原因たる兄をレーナはこれ以上ないほど好いている。そのことを考えれば、先の発言は少々おかしい。


「……ええ。そうですね。でもそれは信頼や信用とは少し違うと思います」

「それはお前が他の兄妹よりも兄貴にゾッコンって意味合いか?」

「それも勿論あります」

「あるのかよ」

「けど、それだけじゃなくて……」


 その言葉と同時に、包丁を持つレーナの手が止まる。

 そして、少し逡巡したしている彼女に対し、ステインは先に言い放つ。


「さっき、あの男が言っていたことと関係あるのか? お前の兄貴が存在しているのは、お前が生まれるための贄、とか言ってた」

「……そうです。私達は双子で生まれたわけですが、自然に生まれたわけじゃありません。出産の際、とある魔術儀式によって生まれました。双子の内、一方の魔力をもう一方が全て奪う……そういう儀式から生まれたのが、私とお兄様なんです。私のこの魔力の半分は、お兄様から頂いたものなんですよ」

「……ちっ。そういうことかよ」


 魔術師がより強力で優秀な魔術師を産むために、細工をする、ということは珍しいことではない。

 優秀な魔術師同士の結婚させること無論、レーナやルクアのように出産の際、何かしらの魔術儀式を用いる……結果、不幸になる者がいるとしても、平然と行うのも、また魔術師という生き物だ。


「おかげで私は魔術の才に恵まれ、家での地位を確立しました。けれど……それは全てお兄様の犠牲の上で成り立っているもの。あの人が今、不遇な立場に追いやられているのは、全て私の責任なんです」

「……、」

「もしかすれば、私とお兄様の立場は逆だったかもしれない。いいえ、そもそも……私さえ生まれてこなければ、お兄様はこんな状況に追いやられていなかったかもしれない……そう考えれば、お兄様にとって私は恨むべき対象のはずなんです。でも、あの人はそんなことを一度も口にしない。自分がどれだけ虐げられても、私を妹として大切にしてくれている……それはとても嬉しい。でも、だからこそ、とても胸が苦しいと感じる時があるんです」


 レーナはどこか悔しそうに、そして申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 彼女がルクアに付き添う理由の一つが、今の話なのだろう。

 一言で言うのなら、罪悪感。

 自分という存在がいるせいで、大切な人がひどい目にあっている……その事実が、彼女をも苦しめているのだ。

 もしも彼女がただの魔術師ならば、きっとそんなことを気にしない。魔術師とは自分第一。他人どころか、時には家族を利用し、切り捨ている者たち。ルクアの境遇を見れば、明らかだ。

 そう考えれば、レーナは魔術師らしくない魔術師、と言えるだろう。


「だから決めたんです。私は、私だけは、絶対にお兄様の味方でいようって。あの人のために何でもしようって。それが私が今、ここにいる理由ですから……」


 神妙な面持ちで語るレーナ。

 その内容からしても、かなり重いものであったのは確か。

 確かなのだが……。


「んで? その第一弾がコロッケ作りってか」

「うっ……笑いたければ、笑っていいですよ。ええそうですとも。お兄様のパートナーになろうと思ってたのに、父親に大会に出ることを禁止された間抜けな妹をどうぞ笑ってくださいな」


 少々やけくそ気味に言い放つレーナ。

 それに対して、ステインは。


「別に。いいんじゃねぇか。大事な奴のために料理を作ろうってのは、何もおかしなことじゃねぇだろ」


 笑うことなく、普通のことだと言わんばかりの口調で言い放つ。

 ステインの反応にレーナは目を丸くさせていた。


「……意外です。くだらないって鼻で笑われるかと思ってたので……」

「うるせぇよ。理由はどうあれ、誰かのために何かするってのは、悪い事じゃねぇだろ。俺はそんなこと面倒だし、やるのは御免だ。けど、それを無駄だと思う程、腐ってるつもりもねぇからな」


 ステイン自身は誰かのために、なんてことは絶対にしない。基本的に彼もまた魔術師の一人であり、自分勝手な生き物だ。

 だが、自分がそうだからと言って、他者の幸福を願い、そのために行動することが無駄な行為であると決めつけるのはまた別の話。

 だからこそ、ステインはレーナの行動を笑うことはしないのだ。

 故に、ステインが指摘するべき点は別のこと。


「まぁ、それはさておき、だ。一つ言わせろ」

「何ですか?」

「…………お前、皮むき下手すぎだろ」

「う、うるさいですねっ!! 初めてなんですから仕方ないでしょう!!」


 皮の剥き過ぎで小さくなったり、ボロボロになったジャガイモの山を見ながら呟くステインに、レーナは羞恥で頬を染めながらそんなことを叫んでいた。

 レーナのコロッケ作りはまだまだ先が長そうである。


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