第22話 嫌われ者が本気を出した理由

『勝者。ステイン・ソウルウッド』


 無機質な声が、観客席に響き渡る。

 そこに歓声はない。普通なら、勝負の結果が出れば、否が応でも声が上がるもの。

 それが一切なにのは、観客全員がステインに好印象を持っていない……というわけではない。

 単純に、自分が見たモノを未だ理解しきれていなかったのだ。


「今、のは……」


 巨大水晶に映った光景を見て、思わず息を飲むレーナ。

 ステインが拳から放った光。それが彼を襲う全ての『塊』を粉砕した上で、レオンに直撃し、彼を吹っ飛ばした。

 ……何を言っているのか、自分でも分からないレーナは未だ状況を整理できていなかった。

 そんな彼女に説明するかのように、クセンが口を開く


「ほう。ここでアレを使うとは」

「クセンさん。あれは一体……」

「先ほどのはステイン様の技の一つである『螺威光らいこう』。吸収した魔力を突き出した拳から一点集中で放出する技でございます。通常、魔力とは人の目には見えないものでございますが、それが視認できてしまう程の質量があれにはあります。そして、それを凄まじい速度で放つことで上級魔術をも超える威力をもった一撃となるのです」


 先ほどの光景が、その証拠。

 レオンが作り出した『塊』。あれはきっと何重にも魔術を折り重ね、融合と圧縮を繰り返してできた代物。上級魔術程度ではきっと破壊することは難しかっただろう。

 それを八つ、一気に消し炭にした。

 信じられないことではあるが、事実は事実。受け入れなければならない。


「加えて、ステイン様は拳を突き出す際、大きくねじりを加えています。それによって、放たれる魔力にも回転がかかり、これによって威力も増大するというわけです」


 たったそれだけで……と思う者は多いだろう。だが、それだけ「回転」の力というのは馬鹿にできない。それこそ、元の力が強力ならば尚更。


「とはいえ、魔力を貯める時間や動作が多いなど色々と弱点があるので、ステイン様が使うことは滅多にないのですが……しかし何より驚いたのが、ステイン様が『螺威光』を使ったという事実。何せ、下手をすれば相手は死んでしまうかもしれませんから」

「そんな……」

「それだけ、あの方のことを認めたということなのでしょう。気づいていましたか? あの方、試合が始まってから一度も詠唱をしてなかったことを」


 無詠唱。呪文を口にすることなく、魔術を発動、操作する方法。

 通常、魔術師は呪文を口にすることで、魔術を発動させるのが基本。だが、それではあまりにも隙が多すぎるということで、昨今では呪文の短縮化が進んでいる。

 たとえば今日の試合でも出てきた【フレアボール】。あれも、元々はもっと長い呪文であったが、研究が進み、今の形に落ち着いたわけだ。それでももっと簡略化する者は代償行動として指を鳴らしたり、杖をついたりと工夫をしている。

 しかし、それら全てを凌駕するのが無詠唱。単語も発さず、行動もせず、ただ思うだけで魔術を発動する。

 いや、違うか。何もしていないわけではない。

 無詠唱はつまるところ、「思う」という代償行動で魔術を発動させているのだ。


 無論、そんなことが簡単にできるわけがない。

 腕の立つ魔術でも無詠唱で魔術を発動できない。できたとしても、指先に火を少し灯す程度の代物。

 間違っても、瓦礫を『塊』にし、自在に操りながら射出し、その上で自分の身体に防御魔術をかけておくなど不可能。

 そんなことができるのは、もう才能以外の何物でもない。


「けれど、ステイン様が本気になった本当の理由は、別にあるのでしょう」


 魔術の腕が立つ。それだけの理由で、あのステイン・ソウルウッドが本気を出すわけがない。

 しかも、一度は「ダメだ」と切り捨てた相手。それが、ああも様変わりするとは、正直クセンも思っていなかった。

 敗北という結果が、才能しかなかった少年の心に火をつけた。そして、その成長にステインは応えた、とみるべきだろう。


「ステイン様が『螺威光』を出したいと思えるほど、レオン様が必死になっていた……ということでしょうな。あの方、頑張っている人間を、何だかんだで気に入る節がありますから」

「そう……なんですか?」

「はい。ルクア様をパートナーに選んだのが、何よりの証拠でございます。あの方は、試合に出るためとはいえ、自分が認めない者と組むことは絶対にありえませんから」


 それは、レーナにも何となく分かることだった。

 ステインは良くも悪くも我が強い。だから、自分が認めない相手と組むというのは、彼の在り方に反している。


「とはいえ、ステイン様はとても捻くれてますから、指摘したところで、『自分がそんな人間なわけがないだろう』と言われそうですが」

「それは……そうですね」


 短い間とはいえ、レーナもステインのことは少し理解しているつもりだ。

 故に、あの男が他人に対し、素直な反応をするところなど、考えることができない。

 そういう態度を取っているから、周りに嫌われるのだろうが……しかし、恐らく本人も自覚した上で直そうとしていないのだろうから、尚更質が悪い。

 まぁ、何にしても、だ。


「ともあれ、これにてステイン様は無事に勝利ということで……後の試合の結末を見守りましょうか」


 そういって、クセンは視線をもう一つの水晶へと切り替える。

 とは言っても、だ。

 そちらの方の試合も、もう既に決着がついているようなものであったが。

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