第23話 ある魔術師の哀れな末路


 魔術師と非魔術師が戦ったら、どちらが勝つか。

 その問いの答えはたった一つ。

 魔術師の勝利。少なくとも、一般的な魔術師の解答はこれだろう。


 それは別に魔術師の驕り、というわけではない。そういう点がないとは言わないが、しかし考えてみてほしい。炎を出せる者と出せない者。どちらに分があるのかを。


 一言でいうのなら、手数の差。これにつきる。魔術師は炎や氷を出現させるだけではない。自身の身体能力の向上や相手の能力を下げることも可能。少数ではあるが、傷の治癒もできる者もいる。


 そんな彼らに、非魔術師ができることは、基本的に物理的な攻撃。

 無論、特殊な条件下や武具を扱えば、非魔術師が勝つこともある。だが、物理攻撃しかできない者が魔術師に勝つことなど無理な話だ。


 結局のところ、何が言いたいのかというと。

 そんな無理を、ルクア・ヨークアンは実現して見せたというわけだ。


「がっ……はぁ……はぁ……」


 ギーツは息絶え絶えの上、ボロ雑巾のような状態だった。


 口からは吐血し、歯も何本か折れている。体中には打撲の痕があり、見ただけで骨が折れているのが分かる。もう戦うどころか、立つことさえ困難だろう。


 一方のルクアはこれといった外傷はない。それどころか、汗一つかいていない状態だ。


 透明化を見破った後に、ギーツは抵抗し、魔術を連発してきた。だが、ルクアはそれを難なく対処し、彼に木剣を何度も叩きつけた。身体能力が優れた彼にとってみれば、手負いでかつ戦術の種が割れた相手など造作もない。


 だが、そんなルクアにも想定外の事が一つあった。

 それは、未だギーツが意識を保っていたことである。


「ふざ、けるな……」


 ボロボロになりながら、地面に倒されたまま、しかしギーツが吐いた言葉は罵倒であった。


「ふざけんなっ!! ふざけんじゃねぇぞ!! 何だこれは。どういうことだよ。何で僕が倒れてるんだよ。何で僕が血を流してるんだよ!! 違うだろぉが!! 逆だろう!! お前が、地面に、はいつくばって!! 僕が!! それを!! 見下ろす!! それが世界の正しい在り方だろう!! なのに、何で……何でお前が立ってるんだ!!」


 自分が傷だらけの状態でありながら、それでもギーツは喚き散らす。

 それだけこの状況を認めたくないのだろう。


 ルクアは手加減をした……わけではない。いや、もしかすれば無意識の内に力を弱めていたのかもしれない。何せ、彼は相手に一方的に的にされることはあっても、相手を叩き潰したことがないから。

 だが、恐らくそれ以上にギーツの悪辣な怨念じみた感情が彼の意識を保たせているのだろう。


「こんなの……こんなの、認められるかぁぁぁぁああああっ」


 叫びながら、ギーツは懐から小瓶を取り出す。

 そして、その蓋をあけ、中の赤い液体を飲み―――


「それも読んでる」


 瞬間、ルクアは取り出した右手ごと小瓶を木剣で粉砕した。


「ああああああああああああああああっ」

「君がずっと懐に『何か』を隠していることは分かってた。そして、最後にそれを使わせるほど、僕は甘くないよ」


 切り札からの覚醒、そして逆転……どこかで良く見る展開をルクアは決してさせない。

 相手に実力を出させないまま、隠し玉を使わせないまま勝つ。

 これも勝負の上では当たり前のことである。だからこそ、切り札はここぞというタイミング、邪魔されない状態で使用するべきなのだ。

 それを目の前でわざわざ取り出されて、遣わせる程、ルクアは馬鹿ではなかった。


「畜生、ちくしょう、チクショウ……!!」


 最後の手段までルクアの手によって壊されたギーツはまるで恨み言を呟くのみ。

 まるでその姿は癇癪を起した子供そのもの。きっと彼にとってステイン以外にここまでボロボロにされたのはルクアが初めてなのだろう。しかも、そのルクアは自分が見下していた存在。それに負けたということは、彼のプライドはもうズタボロだ。

 これ以上、何を言っても、無意味。だからこそ、ルクアは反論せずにいたのだが。


「殺してやる……全員」


 その言葉は聞き逃せなかった。


「殺してやる、殺してやる、殺してやる!! 絶対に殺してやる!! お前も、お前の妹も、そしてあの忌々しいクソ野郎も!! 全員殺してやる!! そして後悔させて、分からせてやる!! お前達は地面に這いつくばるのが本当の姿だってこ―――」


 ズンッ。

 ギーツの悪あがきのような言葉をルクアは木剣を叩きつけることで遮断する。

 その剣先は彼が倒れている顔面……その、五ミリ横。

 今の一撃で地面は砕けており、もしもそれがギーツの頭に直撃していればどうなっていたかは、言うまでもないだろう。


「僕に仕返しをしたいんなら、いつでもいい。勝負なら受けて立つよ」


 冷静に、落ち着いて、怒りに支配されず。

 そう、自分に言い聞かせながら、ルクアは続ける。


「けど、他の人に迷惑をかけるのなら僕は容赦しない。もしも、そんなことをすれば、僕ももう迷わない。二度と君が立てないように―――木っ端微塵に叩き潰す」


 その言葉と同時、ギーツの中で何かが壊れた。

 見栄や自尊心、傲慢さなど……彼を今まで構成してきたものが無くなり、残ったものはただ一つ

 恐怖。それだけであった。

 ギーツが泡を吹き始めたと同時、白目をむきながら、彼の意識はそこで途切れたのであった。

 そして。


『勝者。ルクア・ヨークアン』


 無機質な声が、ルクアの勝利を告げたのであった。




 最後の試合会場へと向かうと、そこには先客がいた。

 当然というべきか、やはりと言うべきか……会場の中央でステインがやっと来たかと言わんばかりの表情で待っていた。


「遅ぇぞ」


 開口一番がそれである。

 先ほどまで戦っていた者に対してあまりな言い方だが、しかしルクアは笑みを浮かべて返答しながら、ステインの近くへと歩く。


「すみません。ちょっと手間取っちゃって」

「んだよ。あの程度の相手、さっさと倒して先に来とけ」

「あはは。厳しいですね」


 あの程度とステインは言うが、ギーツは一年の中でも五本の指に入る男。それをさっさと倒せとはかなり無茶を言う。

 だというのに。


「当然だろ。お前は強ぇんだから」

「―――っ」


 ズルいと思った。

 この人は、何の打算もなくそんなことを口にするのだ。さも、それが当たり前のように。

 そして、だからこそ理解していないのだろう。

 そのたった一言が、どれだけルクアの心を救ってくれているのかを。


「それで? きっちり倒してきたんだろうな」

「―――はい。徹底的に勝ちました。もう大丈夫です」


 その目に曇りはない。あるのはただ達成したという自信のみ。

 それを見て、ステインは「上等だ」と小さく笑みを浮かべながら呟いた。

 そして、無機質な審判が告げる。


『同じペアが勝利者となりました。模擬試合を終了します。勝者、ステイン・ソウルウッド&ルクア・ヨークアンペア』


 歓声はない。怒号もない。観客は皆、どこか浮足立ったかのようにざわめいており、そして少しした後、会場を去っていった。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 何故なら、ステインとルクア。二人の勝利に違いはないのだから。

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