第20話 ステインVSレオン 中
どうして。
血を吐きながら、膝をつくレオンは心の中で疑問を吐露していた。
防御魔術に不備はなかった。普通の拳ではびくともしない、それどころか、逆に骨が砕けてしまうくらいのものだ。
なのに、結果はこの有様。
レオンは血を吐き、ステインは悠々と立っている。
「ほう。やっぱ魔術で防御を固めてたか」
手ごたえが以前と違うことに気が付いたステイン。
そしてふとレオンを見ると、そこには疑問だらけの顔つきとなっている表情があった。
「何でって顔してるな。簡単な話だ。俺の拳は鋼鉄を砕くくらいの威力がある。それだけだ」
端的な答えに、しかしレオンは未だに何を言ってるんだ、と言わんばかりであった。
別段、嘘はついていない。ステインの拳は本当にそれだけの力があるのである。
「俺はガキの頃からずっと人を殴ることだけやってきたんだよ。けどな、魔術師は魔術で防御してきやがる。だから、普通の拳じゃあ通用しない時がある。だからよ、鋼鉄くらいは壊せるくらいの拳に仕上げてんだよ」
いくら『絶喰』があるとはいえ、それだけで魔術師に絶対勝てる、なんて保証はない。現に先ほどまでのように『絶喰』の穴を見つけ、攻撃されたことは何度もあった。
そのため、ステインもまた、『絶喰』だけに頼らない攻撃方法を模索しているのだ。
……まぁ、それが結局のところ、強く殴る、という点に思い当たるのは中々の脳筋ではあるが。
「この拳を作る過程で何度も何度も骨折はしたが……俺は敢えて魔術を使わず自然に治した。そしたら、不思議なもんでな。壊れる度に、治ると強固になってくんだよ。おかげで今では鋼鉄をぶっ壊しても骨折しねぇくらいの硬さにはなった。まぁ、本気で殴ると普通の奴っは死ぬかもしれねぇから、普段は抑えてあるんだが……今日のお前は何か仕掛けてそうだったからな。ちょっと本気を出した」
無茶苦茶である。
色々と反論したいが、レオンの想いを一言でまとめるならば、それだろう。
だが、それくらいの無茶を通さなければ、ステイン・ソウルウッドは皆から恐れられることはなかった。
拳一つで他の魔術師を圧倒し、恐怖される存在。
それこそが、彼が【恐拳】と言われる所以である。
「ハハハ……ホント、凄いなアンタ」
思わず、レオンは苦笑しながら呟く。
「何だ。今日は笑う余裕があるんだな。てっきりもう気絶するかと思ってたが。魔術師ってのは、魔術を極めることに夢中になりすぎて、身体を鍛えることを疎かにしちまう。現に、今の一撃、相当効いてるはずだろ?」
それは事実である。
魔術師は魔術を使う者たち。故に、彼らは魔術の腕を磨くのが当たり前。故に彼らが身体を鍛えるなんてことはしない。そんな時間があるのなら、少しでも魔術に没頭する方がより効果的だ。それにもしもの時は防御魔術や強化魔術で身体を強くすればいい。
だから、多くの魔術師たちは素の体力や筋力が一般人と同じか、下手をすればそれ以下なのである。
そして、それはレオンも同じ。
たった一撃。それも防御魔術の上からの拳。守りは完璧だったはずなのに、それを意図も容易く粉砕してきた攻撃は、あまりにも強烈だった。
痛みから考えて、骨の一、二本は折れているだろう……いや、逆にそれだけで済んだ、と考えるべきか。
もしも、これで防御魔術を使っていなかったらと考えるだけで、ぞっとする。
「そして、お前は回復魔術は使えない。前回、使っていなかったのがその証拠だ」
これまた当たりである。
レオンは魔術学校始まって以来の魔力量を保持しているが、しかしそれでも使えない魔術は存在する。その一つが回復魔術だ。故に、レオンは怪我を治癒できない。身体を動かすだけで痛みが全身に渡る。
だが同時にレオンの中には疑問が渦巻いていた。
「……どうして追撃しない。アンタなら、さっさと終わらせれただろ」
ステインの一発を喰らった後、レオンはまともに動くことができなかった。まさに隙だらけだ。どうぞ攻撃してくださいと言っているようなもの。
けれども、ステインは拳を振るわず、手を止めていた。
無論、それには理由がある。
「聞きたいことがあってな……お前、何であんな奴の相方になった。そんなに俺に仕返しがしたかったのか?」
この戦いが始まってから、それが気がかりになっていた。
確かに、ステインは以前レオンを叩きのめし、不合格にした。最初はそれが原因で憎まれているからだと思っていた。
けれど、戦いが始まりしばらくすると、何かが違うと感じたのだ。
レオンの攻撃にはこちらを叩きのめしてやろうという殺気や憎悪といったものがなかった。けれど、前のように淡々と処理をするような戦い方でもない。
故に、ステインは問う。
「……分からない」
「あぁ?」
「分からないんだ。アンタに負けてから、こう、なんというか……気持ちが落ち着かないんだ。こんなのは初めてだ。でも、それは憎いとか、仕返しがしたいとか、怒りの感情じゃない。そういうんじゃあないのは確かだ」
ステインにやられてムカついたのは事実だ。けど、そんなものより、レオンの中で『何か』が生まれたのだ。
拭おうといてもぬぐい切れない。忘れようとしても忘れられない。
そんな感覚に毎日陥っているのだ。
今までこんなことは一度もなかった。ただ凪のような人生を送ってきたレオンの中に、唐突に吹いた突風。
いつもなら、そんなのどうでもいいと切り捨てた。興味がないと無視をしただろう。
けれど、今回は違う。
その正体が分からないままなのは、何故か嫌だと感じたのだ。
「だから、もう一度アンタと戦えば、この気持ちが何なのか、分かる気がしたんだ。でも、今も分からない。俺はどうして、アンタと再戦したがってたのか……」
「……、」
「ただ、言えるのは……多分、何もしなかったら、俺はダメだと思った。このままだと、前に進めないと思った。ずっと何かが欠けた状態のままだと思った」
分からないまま、それでもレオンは分からないなりに戦って答えを得ようとした。けど、結果は御覧の通り。彼は未だに答えを得ることができないまま、吐血し、膝をついている。もう彼に戦う余力は残っていない。
それでも、彼は問いを投げかける。
「なぁ、教えてくれ。『これ』は一体何なんだ」
それを知るために、自分はここに来たのだと。そう叫ぶレオンはどこまでも真剣だった。
もうそこには、以前の彼はどこにもいない。何も求めず、ただ流されるだけの存在。言われたからという理由だけで試験に臨むような伽藍洞な者はいなくなっていた。
ステインの目の前にいるのは、ただの少年。
自分の疑問をただ知りたいと思う、どこにでもいる人間だった。
そんなレオンに対し、ステインは。
「馬鹿かテメェは。それが、『悔しい』ってことだろうが」
当たり前のことを、当たり前のように言い放ったのであった。
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