第19話 ステインVSレオン 上

 ステインとレオン。

 普通に考えれば、この二人の勝敗がどちらに軍配が上がるのかは、言うまでもないだろう。


 前回、ステインはレオンに圧倒的な力で勝利している。レオンの魔術は一切通用せず、ステインに届くことさえできなかった。そして、一方的に拳を叩きつけられ、最後は地面に沈んだ。基本的なことを言えば、一度勝利した者がまた勝つというのはよくあること。しかも、ステインはただ勝ったわけではない。圧勝したのだ。

 故に、今回もまたステインが余裕で勝つ。

 そう予想するのが妥当なのだろうが……現実は少々違っていた。


「―――ちっ」


 舌打ちをしながら、ステインはその場を蹴り、回避行動をとる。その直後、彼がいた場所に、凄まじい勢いで、何かが到来した。


 それは一言で表すのなら、『塊』。無数の何かが一つに集まった……というより、融合した物体であった。形は球形であり、大きさは大体直径三十センチ程度。それが、ステインめがけて襲い掛かってくる。

 本来ならば、その程度の攻撃、なんてことはない。

 確かに速いのは事実。しかし、高速で移動できるステインにとってそれは脅威とはならない。

 故に、注目すべき点は、その数。

 流石のステインでも、三十を超える『塊』が一斉に襲ってきていれば、回避せざるを得なかった。


 それを誰が操っているのか……それは一目瞭然。


「アンタの弱点はもう見抜いてる」


 無数に飛び交う『塊』。それを操りながら、レオンはステインに言い放つ。


「アンタが使う『絶喰』は魔術を魔力に分解し、体内に吸収するもの。魔術師にとって、これ以上ないほど有効的で驚異的な代物だ。だが、それはあくまで魔術・魔力に対して有効なモンだ。ただの無機質なもんをどうこうできる代物じゃあない。こうやって、魔術で作った後のただの『塊』を射出する行為に対し、アンタは何もできない」


 例えば魔術で作られた火や風、氷。それらは全て魔力が素となっている。故に、魔力を吸収する『絶喰』とは最悪と言っていいほど相性が悪い。

 けれども、魔術によって『変形』させたものは別。


「この『塊』は元々、ここらに転がっている瓦礫の山が素となってる。ここは魔術的空間だが、中にあるものは全部本物だ。だから、この瓦礫は魔力とは全く関係のないもの。俺はそれを『塊』に変えて飛ばしているだけ。だから、『絶喰』によって分解されない」


 レオンの言葉は的を射ている。

 ステインの『絶喰』はあくまであらゆる魔術を分解し、魔力を喰らうもの。魔術によって形が保たれているのならその魔力を喰らい形を崩せるが、魔術によって形を変えられたものを元に戻す、といった能力はない。


「そして、『絶喰』の効果範囲は限られている。大体、三メートルから三メートル半ってところだろ。だから、その範囲外から射出すれば、問題なくアンタを狙って攻撃できる」


 例えるのなら弓矢。

 矢を放った後の弓を壊しても、矢が止めることがないのと同じ。『塊』はあくまで矢であり、放たれた後に魔力を吸収しようが関係ないのだ。


 それが一つだけであれば、意味がないことはレオンも理解している。

 だからこそ、こうして三十以上の『塊』を一斉に操り、ステインに向かって射出しているのだ。

 いくら超スピードで動けるとしても、無数の『塊』から逃げ続けるのは容易なことではない。

 現に、ステインは今も、高速移動をつづけながら、回避行動をとり続けていた。


 しかし。

 この程度のものを何とかできない者に、皆、【恐拳】などという異名をつけるわけがないのだ。


「見えた」


 一言呟く。

 同時にステインは『塊』の雨の中、突き進む。

 ステインは闇雲に高速移動をしていたわけではない。無数の『塊』、その移動パターンを予測していたのだ。

 人は誰しも癖というものを持っている。そして、『塊』を操るっているレオンの癖を見抜けば、どこにいつ来るのか、ある程度の見極めることができる。

 そして今。

 彼がこうして動き出したのは、レオンへの道を見出したから。

『塊』がステインへの攻撃に集中している一瞬、レオンとステインの間を阻むものはなくなったその隙間。

 そんな好機を、ステインは見逃さない。


「―――腹、がら空きだぞ」


 一息。そんな時間すら与えない速度で、ステインはレオンの眼前へとやってきていた。

 距離をつめた彼がやることはただ一つ。

 その拳を思いっきり相手に叩き込むことのみ。

 最早レオンにステインの攻撃を防ぐ手段はない。

 ……のだが。


(アンタがそう来ることは読んでいた)


 レオンはこの状況がくることを見越していた。


(無数の『塊』を動かし続けることに集中して、俺は自分の身体を移動させる余裕がない。そう考えたんだろ。それは当たってるよ。そして、だからこそ、『塊』の攻撃を抜けて、接近すればいい。アンタならその結論に至ると思っていた)


 目の前の男は戦闘に関して言えば玄人だ。そんな男が、攻撃の隙を見逃すわけがない。


(アンタの攻撃は魔力を吸収し、その吸収した魔力を放出することで高速移動をする。その上で相手に近づき、拳を放つ。だが、高速移動をしている最中は魔力を放出している最中。なら、魔力は吸収できない。故に、アンタは攻撃する瞬間、『絶喰』は使えない)


 言ってしまえば、呼吸だ。

 人間は息を吐くことと吸うことは同時にできない。それと同じ。『絶喰』はようは思いっきり息を吸っていることであり、だからこそ息を吐いている最中……つまり、魔力を放出している時には使えない。


(俺は今、防御魔術を自分の身体にかけている。普通の人間の拳でどうこうできるものじゃない。アンタの攻撃は魔力の放出による超スピードからの拳。けど、そこに魔術は使われていない。ただの普通の打撃じゃあ、今の俺に傷はつけられない)


 だから、この攻撃は避ける必要などない。いや、そもそも『塊』を動かし続けているレオンに、回避する余裕などないわけだが。

 けれど、それでいい。敢えて殴らせることがレオンの狙いなのだから。


(攻撃を防ぐと同時、『塊』を一斉にアンタに叩き込む。それで終わりだ)


 相手にわざと攻撃させ、そのカウンターで全力を叩き込む。自分の攻撃が一切通じていないと分かれば、流石のステインにも隙が生じる。そこを一気に攻撃する。


「ふんっ」


 次の瞬間。

 レオンのどてっぱらにステインの拳が叩き込まれる。

 そして。


「ごほっ」


 レオンの口から血が噴き出したのであった。

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