第18話 喚き散らす無様な魔術師
模擬試合の観客席は大いににぎわっていた。
選抜戦前の模擬試合、ということもあるだろうが、一番の理由はこれが『決闘』であることだろう。これに負ければステインやルクアは退学となる。嫌われ者とステインと見下されているルクア。その両方が学校からいなくなるかもしれない、ならば観よう……といった浅はかな考えで集まっているのは明白だ。
そんな連中に少々苛立ちを覚えながらも、レーナもまた、応援席にいた。
「分身魔術ですか」
最終試合の会場。その頭上に設置された大きな二つの水晶によって、観客は試合の現状を観ることが可能となっている。
それを見ながら、クセンはギーツの魔術を言い当てていた。
「しかも、一つひとつが実態を持つタイプの分身。それぞれが意思を持ち、魔術を放てるというわけですね。また妙に高度な技を」
「……あの男は、ああ見えて、今年の受験を五位で合格しています。性格は大分腐っていますが、魔術の実力だけで言うのなら、相当です」
「ほう。それはまた意外な」
ステインに一方的にボコボコにされていたせいか、クセンは彼が実力者だとは思ってもみなかった。
……いや、ステインにかかれば、どんな実力を持つ魔術師も大半は無力化されてしまうのだ。特別ギーツが弱い、というわけではない。
「最初の煙。あれは分身魔術をするために作った時間稼ぎ、といったところでしょうか。分身をしてしまえば、こちらのもの、と考えているのでしょう。実際、煙状態では流石に魔術の命中率が下がってしますからね。それから、自分の分身に当ててしまうかもしれない可能性を消したかったのでしょう」
確かに数を増やすという行為は戦況を大きく変える。だが、相手の立ち位置が朧げで、かつ自分の分身の位置も完全には把握できない状況ではその優位性も半減。
だからこそ、煙を晴らし、視界を元に戻した、というわけだ。
「心配ですか、レーナ様」
複数の分身に囲まれているルクア。それはどう見ても、窮地に立たされた者の姿である。しかも、ルクアは魔術が使えない。あるのは木剣ただ一つ。
どう考えてもルクアが不利なのは明白。
けれども。
「大丈夫です。お兄様はあの程度の者にやられるわけがありませんから」
レーナは心の底からそう断言したのであった。
***
勝った。
ギーツは対戦相手がルクアであると分かった瞬間、心の中で勝利を確信していた。
戦いにおいて、数とは重要なものだ。
どれだけ強い人間がいたとしても、百人を相手にするのは無茶と言うもの。魔術師としてもそれは同じ。一瞬にして八十人を倒してもあとの二十人に隙をつかれて攻撃されればおしまいだ。
無論、そんな常識が通用しない相手もいる。天才と呼ばれる魔術師たちはそんな理屈を簡単にねじ伏せることができる。
そして、相性の問題。
特殊な例ではあるが、ステイン・ソウルウッドのような魔術を分解・吸収してしまう相手には自分たちは不利であるのは、先日の一件で明らか。
けれど、今回の場合は違う。
相手はあのルクア・ヨークアン。一年生なら誰でもしっている落ちこぼれであり、魔術が使えない劣等生であり、無能。
冷静に考えて、ギーツとルクアが戦えばどちらが勝つか、簡単に分かるというもの。
こちらは魔術が使え、また数の上でも圧倒的に優位。一方相手は魔術が使えないどころか、攻撃手段は木剣だけときた。
はっきり言って、話にならない。
故に、ここから始まるのは一方的な蹂躙。
この前、ステインにボコボコにされた恨みをコイツで晴らそう。そうだ。叩き潰すのは自分たちの方で、彼らは地面に突っ伏す側。誰もが認める負け犬なのだ。怒りの全てをたたきつけ、爽快な気分になれるはずだ。
そのはずだ。
そのはずなのだ。
なのに……なのに、なのに、なのにっ!!
「何で……何で当たらないんだよぉぉぉっ!!」
目の前の光景に、思わずギーツは叫んでしまう。
ギーツが出現させた分身は九体。それぞれがルクアを囲むような陣形を取りつつ、魔術を放っている。普通なら、回避することなど不可能。
だが、ルクアは意図も容易く対処していく。
炎を避け、氷を砕き、風を斬る。
どれだけ魔術を放っても、当たらない。当たらない。当たらない。
全てがまるで無意味だと言わんばかりに、届かないのだ。しかも、攻撃を受けているルクアはまるで余裕。汗一つかいていない。
それはまるで、先日のステインを彷彿とさせるモノだった。
「なんで、どうして、こんな……っ!!」
「疑問に思うかい? 僕は昔から、魔術の的にされ続けてきた。でも、そのおかげで『眼』を養うことができた」
魔術を防御することも、避けることも許されなかったルクア。そんな彼だからこそ、多くの魔術をその身に受け、『視る』ことができた。
元々身体能力が優れていた彼だったが、おかげで相手が魔術を放つ癖のようなものを見分けることが可能となったわけだ。
そして、見分ける能力をとある剣術において極め、魔術攻撃に対し対処することが可能となったのだ。
それこそが。
「マキリ流剣術―――『
木剣を再度構え直し、ルクアは断言する。
虚勢だ……いつもならそう断言するギーツだが、先ほどまでの攻防を見せられては否定しようがない。
だが、それでもギーツは受け入れらなかった。
「そんな、そんな馬鹿なことがあるか……!! 魔術も使えない奴に、僕の、優秀な僕の攻撃が全て読まれるなんて……そんなことが……!!」
「ああそうだね。君は凄いよ。これだけの分身を作り、その上で複数の魔術を四方から放つ。一対一を一対多数に変える戦術。本当に、素直に凄いと思う」
けど。
「それだけだ」
端的に、言い放つ。
数が多い方が勝つ。魔術が使えた方が優位。それが一般的な常識であり、当たり前のこと。それを覆せるのは極わずかな天才のみ。
だとするのならば。
目の前にいるこの少年も、また天才の領域にいることになるのではないか?
「「「「「「ふ、ざ、けるなぁぁぁぁああああああああっ!!」」」」」」
全てのギーツの叫びが折り重なり、木霊した。
無様。あまりにも無様。
目の前の事実を認めようとせず、未だに己の考えを改めようとしない。
故に、彼は勝てないのだ。
「「「「「「喰らえぇぇぇぇぇぇぇぇええええええっっっ!!」」」」」」
叫び、一斉に魔術を放つ準備をする。
だが、もう遅い。
ギーツの魔術、その全てを見切り、掌握したルクアにとってそれは想定内の行動。
故に対処も簡単である。
「―――っ、」
地面を蹴り、踏み込む。
数に惑わされてはいけない。ここにいるほとんどは偽物。分身をいくら倒しても無意味だ。
しかし、逆にいえば本体を一撃でしとめればいいだけの話。
故に、ルクアの狙いは本物のギーツただ一人。
なのだが。
「ふんっ!!」
振り下ろされた一刀。
けれども、ルクアが放った一撃は多数の分身の一人ではなく、誰もいない場所。
一体なぜそんなところに攻撃を……観客がそう思っていたのもつかの間。
「がっ……」
何もなかったはずの場所からもう一人、ギーツが出現。
それと同時に、他の分身体は一気に消滅した。
「どう、して……」
「だから言っただろう。もう全て見切ったって」
木剣の一撃を受け、その場にうずくまるギーツ。
そんな彼に剣先を向けながら、ルクアは続けて言う。
「この前、ステイン先輩相手に、どうして君が分身魔術を使わなかったか、不思議に思っていた。けど、そうじゃない。君は使わなかったんじゃない、使えなかったんだ」
「……」
「自分を複数人数に増やし、その上で別々に魔術を放つ……いくら優秀だからといって、それだけのことをするにはとんでもない集中力を余儀なくされる。逆に言えば、少しでもダメージを喰らって集中力を途切れさせてしまったら、分身を維持することができなくなる。だから、君は前回の時、分身魔術を使えなかったんだ」
ステインに喧嘩を吹っ掛けた時、彼は真っ先に石をモロに顔面へぶつけられた。あれの痛みによって、ギーツは分身魔術を使えなかったのだろう。
とはいえ、もしも仕えたとしても、ステイン相手には無意味だっただろうが。
「君が煙を晴らした理由は、これもあったんだね。自分を透明化させていれば、間違っても自分へ攻撃が当たらない。そう考えたんだろうけど……生憎だったね」
「なん、で、お前……」
「何で僕が君の位置が分かったのか、か? それは簡単さ。分身の位置と攻撃範囲、足音から匂い。それら全てを分析すれば、いくら透明になっているとはいえ、君の居場所は丸わかりだ」
「違う、そうじゃない……な、んで、僕が透明になってるって、分かったんだ……!!」
この際、透明化しているのに場所を突き止めたことは良しとする。だが、それはつまり、最初からギーツが透明になっているのが前提での話。
故に、どうやって姿を消していたことを突き止めたのか。その理由を問いただしているのだ。
「言っただろ。『読切』は相手の魔術を全てを読み切る技。ステイン先輩の時と今回、君の魔術は十分に見せてもらったからね。そして、君がどういう人間なのか、それを理解すれば、未だに見せていない魔術も理解することが可能だ。君なら自分の本体を隠し、行動すると思ってた。そして、それを理解した上で状況を把握し、五感を研ぎ澄ました結果、答えを導き出した。それだけさ」
「は、ぁ……?」
何だそれは。意味が分からない。
相手の魔術を把握? 理解? 答えを導き出す? 何を言っているんだこいつは。そんなことできるわけがない。できるはずがない。普通の魔術師は無論、実力のある者でさえ、相手が出していない魔術を見極めることなんて無理だ。
だというのに、この男はそれをやってのけた?
魔力も持たず、魔術も使えない、この無能が?
そんなこと……。
「そんな、こと……できるわけがないっ!!」
未だ現実を受け入れず、子供のように否定をし続けるギーツ。
そんな彼に対し、ルクアは反論しない。どれだけ言葉を並べようと、絶対に信じてもらえない……いや、聞こうとしてないのは明白だ。
故に、彼が口にするのは別の話。
「……本来なら、ここで君に降伏を勧めるべきなんだろう」
いつものルクアならばそうする。無駄な争いをせず、無意味な流血は好まない。それがルクア・ヨークアンという少年だ。
しかし。
『何が何でも勝つことだけを考えろ』
先のステインの言葉を思い出しながら、言い放つ。
「けど、今日は絶対に勝つと決めてるんだ。悪いけど―――覚悟してくれ」
徹底的に。全力で。中途半端はしない。
それが今日のルクアのスタンスなのだから。
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