第17話 反撃の狼煙
一方その頃、別の試合会場では。
「ようクズ野郎。逃げずにきたのか」
ルクアとギーツが対峙していた。
相変わらずルクアを見るギーツの瞳は見下すようなものだった。いや、前よりもさらに悪化しているというべきか。明らかに憎悪の影が見て取れる。
「逃げる必要がないからね」
そんなギーツに対し、しかしルクアは平然として面持ちで言葉を返す。
「言うじゃないか。劣等生が。あれかな? 自分を守ってくれる野郎を見つけておんぶにだっこ状態のがそんなに嬉しいわけ? はっ。まさに弱者の在り方そのものだ。君、生きてて恥ずかしくないの?」
「その点については、否定しないよ。僕が今、こうして君と戦えるのは、先輩のおかげだ。あの人がいなかったら、僕はきっとこういう舞台に立つことすらできなかっただろうからね」
ギーツの指摘に、けれどもルクアは苛立ちを覚えない。むしろ、そうなのだろうと自覚していた。
ステインがいなければ、きっとルクアはやられっぱなしのまま、何もしなかっただろう。昔からそうだ。自分が抵抗したところで、事態が悪化するだけ。ならば、抵抗しないことが最善なやり方なのだと。
けれど、ダメだ。それではダメなのだと彼は理解する。
自分は勝つためにここにいるのだ。ならば、やられっぱなしというのは話にならない。
だから、ギーツが作ってくれたこの状況にある意味感謝している。
「だからこそ、今度は僕自身の力で君を叩き伏せる。けど、その前に一つ聞いておきたい。先輩につけられた傷は大丈夫なのかな」
「当然だろう。そんなもの、魔術で完治してるよ」
言葉通り、ギーツの身体は五体満足の状態である。
魔術学校で怪我の割合はかなり多い。魔術中の事故、魔術師同士の喧嘩や決闘、そして今回のような試合等々。怪我をする要因が多岐に渡る。だからこそ、それをケアする治癒魔術の専門家が多くいる。故に、ギーツの身体もあれだけの怪我をしておきながら、数日で完治しているのだ。
彼の身体が治っている。それは一目瞭然であり、わざわざ聞くようなことではない。
ならば、何故わざわざ問いを投げかけたのか。
「良かった。なら安心だ」
「? それはどういう意味かな」
「だってそうだろう? 君が負けた時、先輩から受けた傷を言い訳に使われるのは御免だから」
「……調子に乗ってんじゃねぇぞ」
今までのルクアからは考えられない挑発。返すギーツの言葉からは怒りがにじみ出いてた。
両者共に臨戦態勢に入った。
そして。
『試合、開始』
どこからともなく聞こえてきたその声と同時、戦いの火蓋が幕を開ける。
「【スチームスモッグ】」
最初に動いたのは、ギーツ。
呪文と同時、彼の周りから煙が噴き出し、ルクアの視界を遮る。
だが、ルクアは動じず、木剣を構え、集中していた。
煙による視界封じ。それによって、こちらの動きをとめて、不意打ちを狙っているのだろう。
「【フレアボール】」
突如、ルクアの後ろから火球が襲い掛かかってくる。が、それを読んでいたかのようにルクアは身体を半歩横に動き、ギリギリで回避した。
「【アイスランス】」
今度は前方からの氷柱。これも予想範疇内。眼前に迫る氷を一振りで薙ぎ払う。
何故、ルクアがこうも簡単に攻撃に対処できるか。それは声である。
いくら視界を遮ろうとも、魔術師は基本、魔術を発動させる場合、呪文を唱えなければならない。その声がどこから聞こえてくるのか。それを把握しておけば、たとえ目を瞑っていても回避することは難しいことではない。
一応、言っておくとこんな芸当ができるのは、ルクアだけである。彼の並外れた身体能力と五感が揃って初めてできる代物。
ルクアは魔術が使えない。だからこそ、身体能力を鍛えるしかなかった。それでしか相手を倒すことができないから。
そんな血の滲むような努力から得た力は、数少ない自信でもあった
だからこそ。
「「【スラッシュウィンド】」」
だからこそ、ルクアは自分の耳を初めて疑った。
何せ、ギーツの声が左右同時に聞こえてきたのだから。
「っ!?」
慌ててその場から飛びのくルクア。その判断は正しかったらしく、先ほどまで彼がいた場所に風の刃が二つ飛んできた。
そう二つ。
これで確信した。先ほどの声は聞き間違いなどではない。
しかし、これは一体どういうことなのか……事態を把握するためにも、ルクアは聴覚をさらに研ぎ澄ませる。
(足音が二つ……いや、これは……)
違和感に気づいたその時、【スチームスモッグ】の煙が晴れていった。
そして、ルクアは目にする。
先ほど、何故声が二つ聞こえたのか……そして、聴覚から感じ取れた違和感の正体を。
「何だいその反応は」
「まるで狐にでも化かされたみたいに」
「まぁ、驚くのも無理はない」
「何せ、君にはこんな芸当は絶対にできないだろうからね」
煙が晴れた先、ルクアの視界に入ったのは、無数のギーツであった。
「「「「さぁ、リンチの時間だ」」」」
同じ顔でギーツは下種な表情を浮かべ、次の瞬間、一斉に魔術を放ったのであった。
「―――それで?」
しかし。
ギーツの魔術がルクアに直撃することは無かった。
いや、直撃どころではない。
あれだけ複数の同時攻撃をルクアは尋常ならざる速度で完全回避を成功させたのだ。
「…………は?」
あまりの出来事に、ギーツは目を丸くする他なかった。
先日のステインの時とは違う。ルクアは単純に動いて避けた。だが、魔術攻撃、それも複数同時のものを魔術を使わず避けるなど、あり得ない。
しかもギリギリなどではなく、かすり傷一つもないときた。
「何で……今の一斉攻撃を避けられるんだよっ!!」
「何でもなにもないさ。悪いけど、あれくらいの速度は僕にとっては問題外だ」
「問題外……!? 馬鹿な、だってお前は……!!」
「以前授業で『的』にされてた時は一方的にやられるだけだったじゃないか……そう言いたげだね。その答えは簡単だよ。授業ではわざと当たっていたんだ。そうでもしないと、授業が進まないし、他の人の迷惑になると思ってたから」
「は、ぁ……?」
何を言っている?
目の前の男は、一体全体何を言っているんだ? わざと当たってた? そんな馬鹿な話があるか。どうせ作り話だ。出まかせだ。
そう言いたいのに。
そう口にしたいのに。
いつものように罵ってやりたいのに。
先ほど実際に回避したという事実を前に、彼は何も言えなくなっていた。
「でも、今日は違う。僕が回避しても誰にも迷惑がかからない。なら―――本気を出しても、問題ないだろう?」
ぞっと。
その言葉を聞いた瞬間、ギーツの背筋に悪寒が走る。
そんなギーツに向かってルクアは木剣の切っ先を向けながら。
「君も本気で来なよ、ギーツ。その上で―――僕は君に完膚なきまでに勝利する」
そう宣言したのであった。
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