第15話 執念深い模擬試合


「模擬試合、ですか?」


 ある日のこと。

 ルクアとレーナが帰宅後、ステインを含めた全員がクセンから大事な話があるとして、ロビーに集合していた。

 そして、その内容というのが、ステインとルクアに模擬試合に出てほしい、というものであった。


「はい。比翼大会、それに出る出場選手を決めるための選抜戦が一ヶ月後から始まります。その前に、どういう試合形式なのかを新入生に見てもらうため、模擬試合を行うそうで。お二人にそれに出て欲しいと校長から依頼がありました」

「それはまた、何というか……」

「今更すぎませんか、それ」


 ルクアとレーナの疑問は当然のもの。

 比翼大会は魔術世界でも屈指の催し。そのルールを知らない者はほとんどいない。それを今、改まって試合形式を把握するために模擬試合を行うなど、どう考えてもおかしい。

 明らかに何かあると理解した上で、ステインが疑問を口にする。


「相手はどこの誰だ?」

「それですが……どうやら先日の一件を起こした生徒の首謀者らしく」

「まさか……ギーツが?」

「ほう。そいつはまた」


 予想外である。

 ステインはルクアに止められ、あれ以上の追撃はしなかった。だがしかし、十分に痛めつけたとも感じていた。あれだけのことをすれば、ステインに歯向かえばどうなるのか、嫌でも理解するというもの。

 だというに、未だこちらに敵意を向ける気概があるとは。


「やっぱ、目ん玉一つくらい潰しておくべきだったか」

「先輩。怖いこと言わなくでくださいよ……」


 まだ付き合いと言えるほどの間柄ではないが、ルクアがステインの発言が本気であることを理解していた。


「さらに言いますと、これは『決闘』という側面もあるそうで」

「決闘……?」

「はい。向こうが勝てば、ステイン様とルクア様、双方を退学処分にするというものです」

「はぁぁぁああああ!?」


 これでもかと言わんばかりのレーナの怒りの声が響き渡る。


「何ですかそれ!! 問題を起こしたのはあっちの方なのに……!!」

「無論その通りでございます。学校側もそのように捉えており、今更ステイン様とルクア様とどうこうするつもりは毛頭ありません。ですので、あくまでこれはギーツ様個人が決闘を申し込んでいる、ということです。学校側はそこに模擬試合という場所を与えた、と考えてもられば結構」


 成程。つまり、この決闘に際して学校側はあくまで場所を用意しただけであり、ステインとルクアを退学させたがっているわけではない……そう言いたいのだろう。


「無論、あちらにも相応のリスクを負ってもらいますが」

「というと……あっちも負けたら、退学処分、ということですか?」

「ええ。決闘とは即ち、対等な立場、対等な条件でのみ行われるもの。加えて言うのなら、ステイン様たちが勝った場合、選抜戦でのシード権を獲得することになっております」


 選抜戦は二つのブロックに分かれてのトーナメント形式。故にシード権を持つというのは、他の一回戦を全て把握できるということ。これは大きなメリットだ。


「とはいえ、先日の一件で、向こうはステイン様の能力を知っている。その上で勝負を持ちかけてくるということは勝つ見込みがあるということ。何かしら仕掛けをしてくるのは見えていますね」


 そう。これは罠であり、シード権は餌だ。こちらを確実に倒す方法があるか、またはその自信があるか。どちらにしろ、相手側はステイン達に勝てると思っている。

 そんな輩に、ステインがやるべきことは決まっていた。


「こちらに決闘への誓約書は既に用意しておりますが……どうなさいますか? これはあくまで依頼。強制力は一切ありません。故に、断ることも……」

「ごちゃごちゃとうるせぇよ。そら、さっさと誓約書寄越せ」


 迷うことなく誓約書を書こうとするステイン。

 しかし、それに待ったの声を出す者がいた。


「ちょ、待ちなさいっ!! 貴方、分かっているんですか!! これに負ければ、貴方は……!!」

「喧しい。ようは勝てばいいだけの話だろうが」


 レーナの不安を、ステインはすっぱりと切り捨てる。


「勝つ見込み? 仕掛け? 知るかよ。そんなのを気にして、上に行けるわけねぇだろうが」


 勝てるかどうか、必要な試合かどうか……これはそんな話ではないのだ。

 相手が喧嘩を売ってきた。だから買う。そうでなければ、ステイン・ソウルウッドという男の在り方が死んでしまう。

 ……きっと、これも相手の計算の内なのだろう。勝負をしかければ、必ず乗ってくる。そう見込んでの決闘。

 ならば、それを理解した上で、叩き伏せるまで。


「そうだ、レーナ。先輩の言う通りだ」

「お兄様までっ」

「こんな程度で立ち止まってたら、これから先なんて、僕にはない。それに僕はこれがチャンスなんだと思ってるんだ」

「チャンス、ですか……?」

「この前はステイン先輩に守られて、僕は結局何もできなかった……いや。違う。何もしなかったんだ。あれはどう考えたって僕の問題だった。なのに、僕はただ茫然と見ているだけ。……そんなのは、やっぱりおかしいと思う。だからこそ、僕は僕自身の手でケジメを付けたいと思ってるんだ」


 このままステインにおんぶに抱っこでは、何の意味もない。

 今までの自分との決別……そういう意味でも、ギーツとの対決は避けては通れないものだ。

 それに、今回の模擬試合はルクアにとって別の意味でも好機ともいえる。

 自分の実力を相手だけではなく、他の者たちにも示すことができるのだから。


「はっ。言うじゃねぇか。上等だ。そうこなくっちゃな」


 こうして、ステインとルクアは模擬試合に出場することを決めたのであった。

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