第14話 少年と少女にかけられた呪い
「どうぞ」
廃棄寮の中、応接間へと案内されたシルヴィアにクセンの紅茶が差し出される。
「ありがとうございます」
「いえいえ。それではわたくしめはここで失礼します。後は若い二人でごゆっくり」
「黙れクソ婆」
言われながらも、クセンは笑みをやめることなく、その場を去っていった。
完全に面白がっている。
しかし、それを気にしていても仕方ない。
まずは、目の前の問題を終わらせることが先決だ。
「それで? 何の用だ。鉄仮面」
「また派手にやったみたいだね」
「何だよ。小言でも言いに来たのか?」
「別にそんなつもりで来たんじゃない。そもそも、私が何を言ったって、貴方は気にしないし。それは一年の時に学習した」
「そうかよ。なら、尚更何で来たんだよ」
シルヴィアのことだ。ただ世間話をしにきた……というのは絶対にない。目の前の少女は何かしら目的がなくては、ステインに話しかけないのだから。
「あの子……ルクアは、どんな感じ?」
「どんなって、どういう意味だよ」
「その、だから……元気にしてるか、とか」
歯切れが悪い。
相変わらずの無表情。だが、言葉の節々から感じられる違和感。
明らかに様子がおかしかった。
「意味が分からん。そもそも何で俺にそんなことを聞くんだよ。直接本人に聞け。どういう関係か聞く気はないが、よく知った仲なんだろ」
ルクアはステインとの試験の際、シルヴィアの名前を口にしていた。そして、シルヴィアもルクアをどこか心配している様子。顔見知り程度、なんてことはないだろう。
むしろ、もっと深い関係ではないかとステインは考えている。
「それは、できない。聞きたいけど……会いたいけど、できない」
言われ、ステインは眉を顰める。聞くことも会うこともできない。それはただ単に恥ずかしい、なんて言葉で済まされるものではないのは、すぐに理解できた。
だが、ならばその言葉の意味は一体何なのか。
「ルクアが家でどんな扱いをされてるか、知ってる?」
「……大体は。まだそこまで親しくなったわけじゃねぇが……隷属の契約書を書かせれてんだろ? 本人曰く、見せしめのためだとか。あいつの体質も考慮して、ロクな扱いをされてないのは明らかだ」
「うん。そう。ルクアの置かれてる状況は……本当に悪いの」
シルヴィアは拳を作り、ぎゅっと握りしめながら、改めてルクアについて説明する。
「ヨークアン家はエインノワール家と並んで二大貴族と言われる程、魔術世界でも権力がある大貴族。魔術師であることは当然で、魔術が劣っている者は弱者と見なされ、差別される。そんな中で、彼は魔力を持たなずに生まれてきた。結果、ヨークアン家は彼をとことんまで認めなかった」
「認めなかった?」
「徹底的に彼という存在を無視し、拒絶し、嫌悪してきた。ヨークアンは大貴族の家。だというのに、彼が住んでいるのは、その大貴族が持つ森の中の小さな小屋。食事も最低限のもので、服だって質素なものばかり。そして何よりひどかったのは―――暴力」
瞬間、ステインの目が細くなる。
「私が初めて彼にあったのは、魔術の合同演習。毎年、二大貴族の間でのみ行われる演習で、場所はヨークアンが所有する森。そこに初めて参加した時、間違って入ってはいけないと言われていた森の奥へ進んで、迷子になった。その時出会ったのがルクアだった。年が近かったからか、私達はすぐに仲良くなった。そして、いつしか私は毎年の合同演習が楽しみになってた。早く彼に会いたい。また一緒に遊びたいって……彼がどんな扱いを受けていたのか、知りもしないで」
初めてルクアと出会った際、シルヴィアは七歳。まだ子供であった彼女は、どうして森の奥、誰も入ってはいけないと言われた場所に少年がたった一人でいたのか、それを理解できるものではなかった。
歳を追うごとに、彼女自身も不思議に思うようになっていたが、しかしルクアに毎回、はぐらかされていたらしい。
その時までは。
「ある年の合同演習の時だった。いつものように森の奥へと行ったけど、私はルクアに会えなかった。けど、どうしてもルクアに会いたくて、夜に抜け出して森の奥へともう一度入っていった。そこで初めて知った。彼がどういう扱いを受けてきたのか」
「…………、」
「私が見たのは、魔術の訓練だと言って、彼はヨークアン家の魔術の『的』にされている彼だった。躱すことも、防ぐことも、そもそも動くことすら許されず、ただただ魔術師の暴力を受け続ける。そんな光景を見て、私の頭の何かがはち切れた。何より理解できなかったのは、ルクアをリンチしている連中が、皆笑っていたこと。あれは、今思い出しただけでも許せない……」
シルヴィアの話に、ステインは表情を一切変えない。
彼女には悪いが、その手の話はステインにとって耳にタコができる程、聞いたことのある内容であった。そもそもにして、魔術師とは魔術に対し、絶対的な自信を持つ連中だ。崇高と言い換えてもいい。故に、魔術が苦手、魔術が下手な者たちに対しては人間以下の扱いをする者もいる。
それが、名門の血を引いていながら魔術が使えない者となればなおさら。
「気づいたら、私はルクアをリンチしていた連中を一人残らず叩き潰してた。でも、それが原因で、私は彼に二度と会うことができなくなった。私は合同演習に参加することができず、ルクアと会うなという『命令』がかけられた」
「かけられた?」
「お父様が使う特殊な魔術。相手に絶対的な『命令』を下すことができるの。もちろん、色んな条件が必要になるし、簡単には使えない。けど、その分、一度かけられてしまったらその影響力は絶大。今も私はルクアに会いたい気持ちでいっぱいなのに……身体が言うことを聞いてくれない。ルクアに会おうとしたり、近くに行こうとすれば身体が硬直して動けなくなっちゃう」
今の言葉でようやく理解した。
会いたいけど、会えない。その言葉の意味は、心理的なものではなく、物理的な意味合いというわけだ。しかも、シルヴィアの父はエインノワール家の当主。二大貴族、その長の魔術ともなればいかにシルヴィアが天才と言っても、簡単に跳ねのけられるものではないだろう。
「私はお父様に何度も言った。『命令』を取り消してって。何度も何度も……けど、ダメだった。お父様曰く、『命令』を取り消すには条件を満たす必要があるって」
「条件を満たす?」
「うん。その条件を満たしたら、『命令』は撤回されるらしいの。そういう点で言うなら、私もルクアと同じってことになるのかな」
確かに。
ルクアとシルヴィア。契約書と命令、違いはあるものの、二人とも父親に縛られているという点を見れば、同じ状態と言えるのだろう。
いわば、二人とも親に呪われているようなものだ。
「けど、その肝心な条件をお父様は未だに教えてくれない。それも条件の中に入ってるからって……そしてこうも言われた。お前は絶対に条件を満たすことはできない。だからあんな男のことは忘れろって……そう言われた頃から、お父様とはあんまり口をきかなくなっちゃった」
シルヴィアは相も変わらず無表情のままだった。
だが、どこか悲し気に見えたのは、ステインの気のせい……だろうか。
「ショックだった。ルクアのこともそうだけど、お父様まであの連中と同じ考えなんだなって。確かにお父様は厳しいところはあるけれど、それでも尊敬できる、偉大な人だと思ってたから……」
「はっ。何を今更。テメェの目は節穴か。魔術師なんて連中、どいつもこいつもそういう連中だろうが」
シルヴィアの言葉をステインはばっさりと切り捨てた。
ステインにとって、つまるところ、魔術師は自己中の塊だ。無論、ステインも含めて、だが。
「……うん。その通り。私は何も見えていなかった。他人に興味を持たなかったから、魔術師のドス黒い部分に気づくのが遅かった。だから、ルクアが何をされているのか、気づけなかった……馬鹿だよねそんな私に、あの子を心配する資格なんてないのかも……ううん。そもそも、あの子ももう、私のことなんて……」
と、そこで話を遮るかのように、チャイムが鳴り響いた。
「あ……昼休みも終わるね。じゃあ、そろそろ、私行くから」
「ちょっと待て。その前に一つ答えろ。何でそんなことを俺に話した?」
ステインの問いに、シルヴィアはさも当たり前と言わんばかりにはっきりと答える。
「貴方は彼のパートナーだから。知っててほしかった」
「それだけ?」
「それだけ」
「……はっ。ひどい女だな。そんな理由で、本人の了承もなく、勝手にぺらぺらと喋るなんてよ。っつーか、そんなことで俺があいつに同情するとでも?」
「思わない。ただ、貴方に彼を『知って』ほしいと私が勝手に思った。だから教えた」
その言動に嘘偽りはないように思えた。
彼女にとって、ルクアは大切な存在だ。その過去を自分のような人間に明かすなど、どうかしている。
気が付くと、もう一つの疑問をステインは口にしていた。
「……お前は不安じゃあないのか? 俺があいつの相棒で」
「? 何で不安になるの?」
「何でって……いや、俺だぞ? 俺が相棒なんだぞ? そこはこう……普通、不安になるだろ」
曰く、魔術学校一の問題児。
何人もの生徒を叩きのめし、退学にまで追いやっている男。彼女はそれを知っているはずだ。そんな男に、自分の大事な人を任せられるわけがない。
だというのに、シルヴィアは不思議そうに首を傾げた。
「ステインって時々おかしなこと言うよね。自分は強い強いっていうくせに、時々自己評価が低くなる」
「はぁ? てめぇ、なに言って……」
「信じてるから」
不意に。
本当に、唐突にそんなことを真正面からシルヴィアはステインに言い放つ。
「私はステインを信じてる。貴方以外に、ルクアを任せられる人間はいない。だって、貴方は強くて、凄くて、何より―――優しいから」
シルヴィアの言葉に、ステインは目を丸くさせる他なかった。
彼女とは一年の頃からの知り合いだ。ならば知っているはずだ。自分がどれだけ暴力的でロクで無しな男なのかを。
強いのは確かだ。凄いのも認めよう。
だが……よりにもよって、優しい、だと?
「……意味が分からねぇこと言ってんじゃねぇぞ、クソが。とっとと帰れ」
「うん。そうだね。言いたいことは言ったし、もう帰るね」
そう言って、シルヴィアはそのまま立ち上がり、去ろうとする。
その背中を見て、ステインは少々苛立ちながら、口を開く。
「『ずっと一緒にいるって約束したんです』」
「?」
「俺があいつの試験の相手だったのは知ってるだろ。その時のあいつの言葉だ。何で魔術師になるのか聞いたら、あいつはそう答えた。『僕は、シルヴィア・エインノワールと一緒にいると心に決めたんです』。そう言ってたぜ」
「~~~っ、」
ステインの言葉を聞くや否や、シルヴィアの顔はこれまで見たこともないくらい真っ赤になっていた。
そして、顔を伏せ、即座にこの場から立ち去る。それほどまでに今の自分を見られるのは恥ずかしいと判断したのだろう。
「ったく……」
面倒な奴だ、と口にしながら、ステインは先ほどのシルヴィアの恥ずかしいと思いながらも、どこか嬉し気な表情を思い返していたのであった。
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