第13話 シルヴィア・エインノワール

 少し、昔の話をしよう。


 ステインにとって、シルヴィア・エインノワールは倒すべき目標であった。


 曰く、エインノワール家の神童。

 曰く、魔術界に突如現れた超新星。

 曰く、神に愛された奇跡の少女。


 実際、ステインはシルヴィアにとある練習試合で敗北している。

 非公式であるとはいえ、ステインが魔術学校に来て学生に負けたのはシルヴィアただ一人であり、その実力は本物。

 いつも無表情な鉄仮面。何を考えているのか分からなく、その上こちらのことなど全く興味がないと言わんばかりの態度ばかり。

 それはステインに対しても同じ。

 当然だ。彼女にとって、ステインはなぎ倒した数多くの一人にすぎない。そんな彼に興味など持てるはずもなかった。


 だからこそ。

 そんな彼女が泣いているのを見るのは、それが初めてだった。


「……誰?」


 ある日の放課後。たまたま忘れ物を取りに来たステインが教室へとやってくると、シルヴィアが自身の席で一人泣いていた。

 普段から無表情が当たり前の少女が泣いている。その異常事態を前にして、いつもなら知らん振りで通すステインだったが。


「何泣いてんだよ」


 思わず、そんな問いを投げかけてしまう。

 言うとシルヴィアの視線が机の上に目をやる。

 そこには、何かよく分からない程無残な姿になっている木片であった。

 紐や形から察するに、元々は木製のペンダント……だろうか。


「なんだそれ?」

「誰かに、壊されてて……」


 シルヴィアはよくもわるくも有名人だ。そして、これはそれを面白がっていない連中の嫌がらせ、なのだろう。

 シルヴィアは人気者だ。その才能、血筋、実力。どれをとっても文句無しの天才。故に彼女を慕う人間は多い。その一方で、毛嫌う人間も一定数いるのだ。

 魔術師とはどいつもこいつも自信過剰で自分のことばかり考えている。だというのに、自分よりも強い相手には勝負しようとせず、こういうやり方で対抗する。

 本当に、胸糞が悪い。

 そして、だからこそステインは彼らにとって思い通りの展開になることよしとしない。


「貸してみろ」


 言いながら、ステインは半ば強引に木片を手に取った。


「っ!? 何を……っ」

「三日だ。三日待て。そうすりゃ元通りにして返してやる」


 そう言って、ステインはその場を去った。





 そして、三日後。

 誰もいなくなった後の放課後。


「これでいいか」


 開いたステインの掌に木製のペンダントがその形を取り戻していた。


「っ!? どうやって……」

「別に。知り合いに頼んで元の形に戻してもらっただけだ。そら」

「ぁ……ありがとう……」


 困惑しながらも、シルヴィアはネックレスを受け取ると「良かった……」といいながら、大事そうに両手で握りしめた。


「大事なモンなのか?」

「……うんとっても大事なもの。大切な……大好きな人から貰った特別なものだから……」


 瞬間、ステインはこの日、もう一つの初めてを見た。

 笑ったのだ。あのシルヴィア・エインノワールが。

 誰にも興味がないと言わんばかりな無表情。それがまるで崩れたかのように、見たこともない優しく、そして暖かな瞳をしている。

 それが誰へのものなのか、どういうモノなのか、流石のステインにも理解はできた。

 そうして、もうここにいる用事はないと判断し、そのまま教室から去ろうとした瞬間。


「ステインって、優しいんだね」


 不意に。

 本当に唐突に、シルヴィアは意味不明なことを言い出した。

 あまりな言葉に、ステインはむすっとする。


「……下らねぇこといってんじゃねぇぞ。言っただろうが。俺は知り合いに頼んだだけだ。俺自身は何もしてねぇ。それに、これはテメェのためにやったことじゃねぇ。俺はただ、陰でこそこそしてにやついている奴らが気に食わないと思っただけだ」


 そうだ。それだけだ。

 弱い癖に強い奴を裏からでしか、いびることのできない連中のやり方が気に食わなかった。それ以外の理由などあるはずがない。

 だから決して、目の前の少女のためなどではない。

 自分は決して、優しい人間ではないのだから。



 ***



 そして現在。


「どういうことですか!!」


 校長室に怒号が飛ぶ。

 その発言者は無論、校長……というわけではなかった。

 ゲルスン・エレベスター。

 今年転勤してきたばかりの教師であった。


「どういうこと、とは? ゲルスン先生」

「とぼけないでください!! 何故あれだけのことをしたというのに、ステイン・ソウルウッドに言い渡されたのがたった三日の謹慎なのですか!!」

 

 ステインの所業はすぐに教師陣に知れ渡ることとなった。

 当然だ。校庭に十人も埋めていれば、気づかない方がどうかしている。


「十人の生徒に暴行を加えた挙句、校庭に首から下を埋めて放置するなど、許されていいことではありません!!」


 その指摘は間違っていない。

 しかし、それに対し、ヨハネスは笑みを浮かべるのみであった。


「ほっほっほ。まぁ落ち着いてゲルスン先生。生徒同士のいざこざは今に始まったことではない……にしても、意外ではあったが」

「い、意外……?」

「ああ。あの程度で済むとは、彼も存外、優しくなったものだ。去年の彼ならば、彼らの五体全てを折り曲げた上で、その片目を潰していたね」


 言われ、ゲルスンは言葉が詰まった。


「そもそもの話、先に仕掛けたのは彼らの方だと聞いている。しかも、一人の生徒を嬲るためにあの寮に行ったとか。全く、無知というのはある意味無敵というべきかね」

「っ……しかし、それにしてもやりすぎなのは明白! 過剰防衛などという言葉では済まされない!! 即刻、ステイン・ソウルウッドに退学処分を!!」


 やりすぎ。過剰防衛。その部分は確かにあるが、しかしゲルスンがステインを目の仇にしているのは一目瞭然。

 そんな彼に対し、ヨハネスはただ笑みを浮かべたまま。


「これはこれは面白い。面白いことを言う。未だここに来て日が浅い男が―――この学校の長に意見すると?」


 ぞっと。

 その瞬間、ゲルスンの背筋を寒気が支配した。


「過剰防衛、と君は言ったな? ならば、聞くがね……被害にあった生徒たちはどうかね? 彼らが常日頃から特定の生徒にいやがらせやら暴力行為を働いていることは君もしっていることだろう?」

「それは……」

「知らないとは言わせない。何せ、君は知りながらそれを見て見ぬフリをしていた。まぁ、それはさておき、だ。もしもステイン君が反撃せず、彼……ルクア・ヨークアンが暴行を受けていたら、君はどうしていた? 今と同じく、彼らを退学させろと言っていたかね? いいや、きっとしてない。何せ、君はルクア君がいじめられていたことを知った上で、彼に無理難題を押し付けた。魔術を使えない彼に皆の前で魔術を使ってみせろと言ったり、皆の魔術の『的』にしたりとか」


 それは教師にあるまじき所業。

 だが、ヨハネスもその件に関して指摘はするものの、ルクアを完全擁護するつもりはない。ここは魔術学校。魔術を身に着ける場において、魔力を持たない彼がどのような扱いを受けるのかは明白である。


「まぁ、ここは強い者が生きる場所。故に、弱者の居場所はない。だが―――それは君たちにも言えることだ。自分たちはやってもいいが、自分たちがやられることは許せない。そんなことが通用するとでも?」


 自分はやってもいいが、自分がやられるのは嫌だ……全く持って醜く、腹立たしい。

 そして自分では勝てないからと言って、立場が上の人間に頼る。そんな人間を強者と言えるのか。

 否である。


「覚えておいた方がいい。やられる覚悟がある者のみ、やることが許されるのだよ」


 その言葉を前に、ゲルスンはもう何も言葉を口にすることができなった。


「けれども、だ。このままでは生徒の間で色々と不満が溜まるのは目に見えている。故に、一つ催しをしようと思っている」

「催し、ですか……」

「ああ。まぁ、本人たちのやる気があれば、の話だが……まぁ大丈夫だろう。何せ、『彼』はこういうことを断らない男だからね」


 言いながら、ヨハネスは不敵な笑みを浮かべるのであった。



 ***



「ったく、面倒くせぇ」


 金槌を振り下ろしながら、ステインは思わず文句を口にする。

 そんな彼に対し、屋根の上からクセンが指示を出す。


「ほらほら。口を動かしている暇があるのなら手を動かして。まだまだ修復する場所はあるんですから」

「うるせぇぞ、クソ婆。壊されたところはもう直してるだろうが。何で他のところもやらなきゃいけねぇんだよ」

「そういう『罰』なのですから仕方ありますまい」

「はっ、よく言う。どうせテメェがあの校長に言って『罰』とやらの内容に手を加えたんだろうが」

「おや、よくご存じで」


 悪びれもせず、クセンは笑みを浮かべる。

 ステイン達が住む寮……いわゆる廃棄寮の中身はクセンによって空間がいじられ、守られている。が、外見はあくまでオンボロ。なので、外が壊れた際は、こうやって一々直さなくてはいけない。

 ならば学校の方で改修工事をすればいい……ワケなのだが、何故か校長はそれをしない。まぁ、ステインにとって外見はどうでもいいので、口出しはしないのだが。


「しかし、謹慎三日で終わってよかったではありませんか。ステイン様があの者たちに手心を加えたおかげでしょうな。まぁ、世間一般的に言えば、手足の骨を一本折って地面に埋める、なんてことは到底手心を加えた内に入りませんが。とはいえ、謹慎になったおかげで『準備』ができるのですから、ある意味幸運というべきですかね?」


 クセンの言葉に、ステインの手が一瞬止まる。

 その表情は何とも言えないものであり、先ほど以上に「面倒だ」と言わんばかりであった。


「わたくし、楽しみにしておりますから。何なら、わたくしも支度の方を手伝いましょうか?」

「……いらねぇよ。他人がいると邪魔になるだけだ」

「またそのような……そうやって他人からの好意を無碍にする発言をするから貴方様のことを勘違いする方が多いのです。いやまぁ、確かにステイン様は自分勝手で我儘で頑固ですぐに手が出て、本当にどうしようもない人ではありますがね?」

「何だ? 喧嘩売ってんのか婆」

「そうではなく、もう少し他人に対する態度を考えてほしいと言っておるのです。『比翼大会』は二人一組の大会。それこそ、パートナーであるルクア様とは今後、長いお付き合いになるのですから。そういった意味でももう少し相手のことを考えて……」


 何度も聞き飽きた小言。それがまた始まったと思ったステインだったが、突如として無言となったことに違和感を覚え、クセンの視線の先へと眼をやる。

 そして、少しだけ眼を見開く。


「おやおや、これはまた。珍しいお客人のようで」


 そこにいたのはステインもよく知っている人物。だからこその驚き、というべきか。

 何故なら、彼女がここに来るなんてことはほとんどないのだから。


「こんにちは」


 魔術学校最強の魔術師、【黄金竜】シルヴィア・エインノワールがそこに立っていたのであった。


 





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