第12話 叩き込まれる恐怖
そこから先は、最早戦いではなかった。
いや、そもそもにして、ギーツ達は最初から戦うつもりなんてなかったのだ。戦いとはつまり、対等な者同士で起こりうるもの。自分たちは邪魔者を『掃除』しにきただけ。一方的に大勢で魔術をぶつけ、なぶり殺しにする。そんな、下劣で卑怯なやり方をけれども彼らは間違いだとは思っていない。
何故なら自分たちは強いから。
何故なら自分たちは正しいから。
魔術師が非魔術師を虐めることは当たり前のことだから。
だからこそ、彼らは思っていなかっただろう。
自分たちが、蹂躙される側になることなど。
「ぐあっ……!?」
殴る。
「ひ、痛い痛いぃ……」
殴る。
「も、もう、やめ、ぎぃ!?」
殴る、殴る、殴る。
苦悶、呻き、悲鳴。
ギーツ達の口から出るのは、もうそれだけしかない。
ステインのやっていることは至ってシンプル。
殴る。それだけだ。
そこに魔力の放出は一切かかわっていない。ただ単純なステインの拳が振るわれているのみ。
通常なら、そんなもの魔術師の前では無意味だが、相手には既に魔力がない。加えて言うのなら体力も底をつき、動くことすらままならない状態。言ってしまえば、案山子だ。そんな連中を叩き潰すことは、ステインにとっては造作もないことである。
圧倒的優位な状態での暴力。
それは即ち、彼らが今までしてきたことが、自分に帰っている瞬間でもあった。
その光景に、けれどもレーナは困惑の表情を浮かべていた。
「ちょ、アレ、とめなくていいんですか!?」
「おや? レーナ様は止める必要があるとお思いなのですか?」
「必要って……」
「レーナ様も見たように、最初にしかけてきたのはあの方々です。ステイン様はそれを返り討ちにしているだけの話。寮に住まれる方々を守るのは私の役目ではありますが、寮に害を成す者を助ける道理はないと思いますが」
言われて、レーナは即座に何かを言い返すことができなかった。
倫理的に間違っている。道徳的に正しくない。そう反論するのは簡単だ。だが、それ以上にクセンの言うことが尤もだと思ってしまった。
そもそもにして、この連中はルクアを常日頃からイジメてきた連中だ。その連中がどうなろうと、本来ならどうでもいい。むしろ、好都合だと思うし、実際レーナの心の一部はどこかスカッとしている。
だが、それ以上にこれ以上見ていられないという気持ちの方が強くなってしまっている。それほどまでにステインの攻撃には容赦がない。
彼の拳が入る度に、少年たちの何かが壊れていく。歯が砕け、腕が砕け、骨が砕ける。それが見ているだけで分かるのだ。いや、壊れていくのは身体だけではない。一撃一撃を加えられる度に、彼らの心も砕かれているのが表情で分かってしまう。
「お二人とも、よく覚えておいてくださいまし。この寮……いいえ、【恐拳】ステイン・ソウルウッドに喧嘩を売るということは、つまるところ、ああいうことになる、ということを」
言われ、レーナは納得してしまう。同時に、自分の手足が震えていることに気が付いた。
ああそうだ。自分は彼らが痛めつけられるのが見ていられないのではない。彼らを痛めつける、あの男がどうしようもなく怖いのだと。
あの拳が振り下ろされる度に、何故だか無性に背筋が凍る。魔術を使わず、ただの拳で人壊すことがこんなに怖いものなのだと、彼女は今初めて思い知らされた。
そして何よりあの形相。
まるで、悪魔に取り憑かれたかのようなその顔を前に、彼女は一歩も動くことができなかった
そして。
「……なんのつもりだ」
だからこそ、と言うべきか。
ステインの拳を止めたのは、レーナではなかった。
「これ以上はダメです、先輩。やりすぎです」
殴りかかるステインの拳をルクアは寸前で掴み止めた。
「何言ってやがる。顔面陥没させて、手足を折ったくらいでやりすぎ? おいおい、甘いな。甘すぎる。ここをどこだと思ってやがる? ここは、俺の、テリトリーだ。そして俺は俺を舐めてる奴を許さねぇ。完膚なきまでに叩き潰し、後悔させる。それが俺のやり方だ」
「だとしてもです。彼らにはもう十分、先輩の強さと怖さは伝わったはず。これ以上は無意味だ」
強さを示し、恐怖を刻む。そういう点においては、ステインは目的を達成している。ギーツ達の眼には、もう反抗するという意思はない。あるのは怯えだ。そんな彼らをこれ以上攻撃するのは、過剰としか言えない。言ってしまえば、不必要な行為であり、無駄ともいえる。
けれど、ステインはそれを理解した上で、否だと言う。
「……お前、本当に甘いのな。そんなんだから、強い癖に舐められるんだよ。こいつらは虫と同じだ。中途半端に潰してもまた機会を伺ってやってくる。手段を変えて、あの手この手を使ってな。面倒なやり口でまた歯向かってくるかもしれねぇ。そうならないようにするためには、徹底的に心を折るしかねぇ。もう二度と、歯向かってこないようにな」
暴力を叩き込む。
恐怖を植え付ける。
それによって自分の存在を理解させ、証明する。ステイン・ソウルウッドはこういう人間なんだと。たとえそれが他人に嫌われるような行為であろうと、知ったことじゃない。そういうやり方しか、知らないのだから。
「それでも、それを止めるのが僕のやり方です」
そんなステインの意見に真っ向から反抗するかのように、真っすぐに、何の迷いもなくルクアは言い放つ。
そして、彼の眼はこうも語っている。
これ以上やるというのなら、自分が相手をする、と。
既にルクアはステインと戦っている。そして今の光景を目にした。その上で、彼はステインを阻もうとしているのだ。
馬鹿らしい。自分を虐めていた連中を庇うなど、はっきり言って論外だ。
そして、そんな奴の相手を一々することも、また阿呆らしい。
「…………ちっ。わーったよ。ここでお前とやりあっても意味がねぇからな。これ以上は痛めつけねぇよ」
「先輩……」
「ただし今後、こういう馬鹿が現れないように、『見せしめ』は必要だ。俺はこいつらを片付けてくる。その間に婆にここのことを聞いとけよ」
そう言って、ステインは完全にのびているギーツ達の襟を掴みながら、引きずっていく。
一人の人間が十人を引きずっていく。あまりに異様な光景であったが、それよりもまず、ステインが拳を納めたことにルクアは安堵した。
「おやまぁ、これはこれは珍しい。あのステイン様が引き下がるとは。余程、貴方のことを気に入っていらっしゃるようで」
「そ、そうでしょうか……」
「いやいや、あれのどこをどうみて気に入ってると……?」
「あの方が一度振り上げた拳を誰かの言葉で降ろすなど、早々ないことなのですよ。今後、あの方に色々と振り回されるとは思いますが、何卒よろしくお願い申し上げます―――では、寮の案内に戻るとしましょうか」
言いながら、まるで先ほどまでのことがなかったかのようにクセンは案内を始めた。
ルクアはその後ろを歩きながら、ふと思う。
ステインが言っていたが『見せしめ』とは一体何のことだろうか。
そんなことを考えていたルクアだったが、その疑問はすぐに解決することになる。
翌朝。
学校のグラウンドに、首から下を埋められながら気絶していたギーツ達が発見されたのであった。
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