第11話  無敵の力の正体

 一方的な魔術攻撃がされていた。


 こう聞くと、魔術を放っている方が有利に聞こえるかもしれないが、実際のところはその逆。

 魔術を放っているギーツ達の表情は焦りから恐怖へと変貌しつつあった。


「クソ、クソクソクソッ!!」

「何がどうなってんだよ!! どうして届かないんだ!!」

「ふざけんなよっ!! 相手は一歩も動いてねぇっていうのに……!!」


 どれだけ魔術を放っても。

 どれだけ魔術を発動しても。

 当たらない。届かない。消えてしまう。

 そしてさらに。


「ふぁ~あ」


 いつまで続けるつもりだと言わんばかりの、ステインの欠伸。


 自分たちの行動の全否定。それは怒りよりも最早絶望を与える代物だった。

 今までこんなことはなかった。人生初の異常事態に彼らは、しかし魔術を放つことしかしない。

 彼らは常人よりも優れていると驕っている。魔術さえ使えれば、非魔術師など敵ではないと。そんな考えだから、攻撃が通じないと分かっていても、魔術を放つということ以外できないのである。

 とはいうものの、この状況が異様な光景なのは誰の目から見ても明らか。


「あれは、一体……」


 困惑しているのは、何もギーツ達だけではない。

 ステインの後方から見守っているレーナにも全く理解できていなかった。

 けれども。


「魔術が分解されて……吸収されてる……?」


 自分でもあまり理解できていないのか、不思議そうな顔つきで、ルクアは呟く。


「? お兄様、どういうことなのですか?」

「一見すると分からないけど、よく見ると魔術が先輩に近づくにつれて、どんどん小さくなっていってるんだ。いや、小さく分解されているって感じかな。そして、到達するまでに完全に魔力として分解され、その魔力は先輩の中に吸収されているんだ」


 その指摘に、クセンは「ほう」とどこか少し驚いた様子を見せた。


「お見事。一度戦っているとはいえ、ステイン様の『アレ』を見破るとは、良き『眼』を持っておられるのですね」


 魔術が魔力が分解され、吸収されている……言葉にすれば単純なものだが、ステインの場合、目の前でそれを行われても、知覚できる人間は少ない。

 ルクアがそれを理解できたのは、それだけ彼の『眼』がいい証拠であった。


「分解の魔術……とかではないですよね、あれ」

「その通り。あれは『絶喰』。ステイン様の技……というか、体質と申しましょうか」

「体質?」

「聞く限り、ルクア様は魔術が扱えない代わりに超人的な身体能力をお持ちだとか。ステイン様も同様で、あの方も他の方々とは少々異なる体質の持ちぬしなのです」


 と、そこからクセンの解説が始まった。


「基本的な話、魔術師は魔術を使えば、魔力を消費します。では、消費した魔力はいかにして回復するのか。レーナ様、お分かりですか?」

「それは勿論。空気中にある魔力を吸収し回復する……ですよね」


 この世界の空気には魔力が含まれている。

 魔力を消費した魔術師は、そこから吸収し、回復する。


「正解。他にも薬や他の方に魔術で回復させてもらうやり方もありますが、基本的にはそうです。ですが、一度に魔力を吸収する量というのはごくわずか。そのため、魔力を使い果たした魔術師がまた魔力を完全に取り戻すには、一日かかると言われています」


 無論個人差はあるものの、一般的な基本として、「魔力を使い果たせばすぐに回復することはできない」というのが魔術師の常識だ。


「しかしステイン様は、一瞬にして大量の魔力を吸収することができるのです。あれはそれを応用したもの。魔術とは基本的に魔力の塊ですからね。吸収する魔力量を引き上げることにより、魔術を一瞬にして分解し、吸収してしまうのです」

「それが、『絶喰』……」

「然り。あれの前ではそこらの魔術師の魔術など、一瞬にして吸収されてしまうでしょうな」


 魔術を分解し、魔力にした上で、それを吸収する……それだけの過程を、一瞬で行えてしまう程、ステインの魔力吸収の量と速度は凄まじいのだという。

 はっきり言ってしまえば、それは魔術師にとっては天敵のようなものだ。

 何せ、どれだけ魔術を放とうが、彼の前ではそれが直撃する前に霧散してしまうのだから。


「でも、そんな……」

「無論、ただでそんなことはできません。あの方は、一瞬にして大量の魔力を吸収できる一方で、魔力を体内に長時間とどめることができないのでございます。故に、どれだけ魔力を吸収しようが、すぐに身体の外に出てしまう。今もそう。あれだけ多くの魔術を魔力に分解・吸収していますが、すぐに体外に放出されてしまっている。そのため、あの方はロクな魔術が使えないのでございます」


 言われ、ルクアは思い出す。

 確かに、自分と戦った時も、ステインは一度も魔術を使うことはなかった。当初は、魔術を使うまでもなく手加減されていたと思っていたのだが……。

 しかし、そこでルクアは気づいた。


「でも……先輩は、その外に流れる魔力すら、自分の力に変えていますよね?」

「ほう。というと?」

「先輩の体質は、吸収するだけじゃないですよね? 魔力を放出する量と速度も自分で制御できてる。一瞬にして周りから魔力を集め、そして一瞬にして魔力を放出する。それによって自由自在に高速移動が可能となってる。それが、『瞬放』」

「ご慧眼、恐れ入ります」


 魔力が体外に出ることは止めらないが、その漏れ出る魔力の量と速度を上げることでルクアと戦った時のような高速移動……『瞬放』を可能としているわけだ。

 デメリットを逆に利用し、自分の武器にする。発想の転換とは、正しくこういうことなのだとルクアは思った。


「はぁ……はぁ……こいつ、一体、どうなって……」

「何だもう終わりか? 魔術もしょぼければ、体力もないって、本当に終わってんな、お前ら」


 もう何度目か分からない挑発に、しかし誰も反論しない。いや、この場合はできないというのが適切か。

 全員が息絶え絶えになっており、反論どころか、魔術の一つも打てる余力が残っていなかった。

 魔術を使う場合、消耗するのは魔力だけではない。体力も消耗するのだ。それこそ、やけくそ気味に魔術を連発すれば、立っているのさえやっとの状態になってしまう。

 彼らのように。

 そして、そんな好機をステインが見逃すはずもなく。


「そんじゃま、今度はこっちの番だ。覚悟はいいか? 魔術師ども」


 拳を鳴らし、死刑宣告を言い渡すのであった。

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