第10話 売られた喧嘩は買うのが礼儀
まず、勘違いしてはいけない。
別段、ステインが行動したのは、ルクアのためなどではない。
そもそも、ステインは普段こういうことに関与しない。魔術学校は弱肉強食。こんなイジメやリンチなどはどこでも行われているもの。それに一々反応するほど、彼はお人よしではない。
これはあくまでルクアの問題。ならば、ステインがどうにかして解決するのは筋というもの。それに口を挟むことなど、面倒以外の何物でもない。
そう。関係がないのだ。
本当に、全く、これっぽっちも、関係がない。
故に、ルクアに同情したとか、彼のために行動したなどという勘違いは、決してしてはならない。
彼が石を投げつけた理由は、ただ目の前の虫が煩かったから。
それだけなのだから。
「は、鼻が……僕の鼻がぁぁぁああっ!!」
「うるせぇぞ。鼻が折れたくれぇでいちいち叫ぶな」
鼻血を出しすギーツに呆れながらステインは吐き捨てる。
「さっきからぎゃんぎゃん煩いんだよ。っていうか、さっきのを防御できないとか、どんだけレベル低いんだよ。あの程度なら、お前が散々馬鹿にしてるこのチビでも簡単に避けられるぞ」
嘘ではない。一度ルクアと戦ったステインならば分かる。この小柄な少年ならば、先ほどの小石など簡単に回避することができると。
「お前らの因縁やら関係やら、そんなことは俺の知ったことじゃあない。お前らがどこの誰をいびろうと、正直どうでもいい」
けれども。
「だが、お前らは、俺の前で、俺の寮を、攻撃した。つまり、俺に対して喧嘩を売ったってことだ。俺は筋の通った勝負は受けるようにしてるが、同時に売られた喧嘩も絶対に買うと決めている」
そう。結局のところ、それなのだ。
ステインの目の前で、ステインが住む寮を攻撃する……これ以上ないほどの挑発であり、誰がどう見ても喧嘩を売っているとしか思えないだろう。
たとえ、その攻撃した本人の狙いが、別の人物だったとしても。
「おま、お前……何なんだよ!! 僕を誰だと思ってやがる!!」
「あ? 知らねぇよ。テメェこそ俺を誰だと思ってやがる?」
「知るか!! こんなオンボロな寮に住んでる底辺な奴のことなんて知るわけないだろうがっ!!」
これはまたお粗末なことである。
この寮が『廃棄寮』などと言われていることは知っているくせに、その寮に住んでいるステインのことを知らないとは。
……いや。知らないからこそ、こんな真似ができるのだろう。
「ホホホッ。これはまた辛辣ですな」
あんまりな言われように、しかしクセンは笑みを浮かべているだけだった。
そんな彼女に対し、ステインは言い放つ。
「おい婆。いいな?」
「構いません。既に『記録』してあります故。ただし―――」
「ちっ。わーってるよ。殺しはないしだろ?」
流石のステインもこんなところで殺しをするつもりはない。そんなことをすれば、大会に出られなくなってしまうし、何より色々と面倒だ。
ただし……だからと言って、手加減するつもりも毛頭ないが。
「さて。んじゃ―――全員半殺しにするが、誰からいい?」
拳を鳴らし、挑発するステイン。
その視線は明らかに目の前のギーツ達を見下していた。だが、彼らが抱いたのは憤怒ではなく、恐怖。ステインの身体から感じられる殺気と彼の瞳から放たれる冷ややかな視線は、彼らの身体を硬直させるには十分すぎる代物であった。
この瞬間にも、彼らの中には実力差を理解した者はいたのだろう。
だが、どうやらギーツは違ったらしい。
「ず、図に乗るなよ……!! たかだか一学年上だからって、お前みたいな底辺野郎が調子に乗るんじゃない!! お前ら、一斉に攻撃だっ!!」
言われ、まるで正気を取り戻したかのように、彼らはギーツの言う通り、攻撃態勢に入った。
「【フレアボール】ッ!!」
「【アイスランス】ッ!!」
「【スラッシュウィンド】ッ!!」
呪文が唱えられると同時、炎珠が、氷柱が、風刃が、ステインに向かって一直線に牙を剥く。
それぞれが、基礎的な魔術。魔術師にとってはそこまで難しくない呪文だ。だが、殺傷能力は確かなものであり、一つでもまともに当たれば大けがは必須。それが複数、同時に放たれれば、狙われた者はただでは済まない。
その攻撃を受け、ステインがとった行動は―――なし。
そう。彼は無数の魔術を目の前にして、何もしなかったのだ。
回避も、防御も、何もせず、ただその場に立っているだけ。
「貴方何を……っ!!」
「避けて先輩……!!」
後ろからステインを心配する声が聞こえる。
だが、それでもステインは何もしない。ただ待ち構えるのみ。
そして。
無数の魔術、その悉くが―――彼に到達する直前に、消え去ったのだった。
「………………はへぇ?」
思わずそんな声を出してしまうギーツ。それも仕方ないことだろう。何せ、自分たちの放った魔術の一切合切が全て唐突に消え去ったのだから。
あまりない現象だが、二つ以上の魔術がぶつかり、相殺することがある。だが、今のは違う。魔術同士がぶつかったわけではない。彼らの攻撃は全てステインに直撃する射線であり、お互いの魔術に干渉した結果という偶然ではないはずだ。
ならば、何故?
「あ? 何だよ。今何かしたか?」
ステインは相も変わらずギーツ達に対し、挑発的な態度をとる。
「くっ……!! お前ら、何してやがる!! もう一度だっ!!」
言われ、ギーツの後ろにいた者たちは、皆もう一度同時に魔術を放った。
しかし、結果は同じ。
炎が、氷が、風が、全ての魔術が彼に届かない。
「お、おい。どうなってんだよ」
「何で魔術が消えるんだよ」
「一体、何が起こって……」
一度ならず二度までも自分たちの攻撃が一切当たらない。その事実を前にして、ギーツの仲間たちは動揺を隠せずにいた。
魔術師にとって、魔術とは武器であり、力。一般人にはないその力を持つことで、多くの魔術師は自分たちを上位の存在だと考えているところがある。
だが、その魔術が通用しない。
たったそれだけのことだが、彼らにとっては自分の全てを否定されたようなものなのだ。
「おいおい。まさか今の、攻撃魔術のつもりか。嘘だろオイ。今年の一年は、この程度のモンを『攻撃』とか言うのか。笑えるな」
「―――っ、殺す!!」
それはギーツだけではない。後ろにいる者たち含めての総意であった。
だが、どれだけ敵意を向けても、どれだけ殺意を高めても、それらは無意味だと言わんばかりに、やはり彼らの攻撃は届かない。
百歩譲って、何かしらの強力な魔術で相殺した、というのならまだ分かる。それか、強靭な防御魔術で身を守ったというのなら、理解できる。だが、ステインは明らかに何もしていない。ただそこに突っ立っているだけ。それこそ、指先一つ動かしていなかった。
「そらどうした。殺すんだろう? なら、さっさと来いよ、クソガキ共」
ただ、そこにあったのは、不敵に笑みを浮かべるステインのみであった。
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