第9話 我慢の限界
外に出ると、待ち構えていたのは多数の学生。
その数およそ十人程度。ステインには見覚えのない顔である。しかし、全員が不敵な笑みを浮かべており、完全にこちらを舐めている態度だった。
……いや、こちら、というよりもステインの隣にいる少年に対して、か。
ふと見ると、寮の外壁が焦げていた。恐らくは炎の魔術で攻撃を受けた痕。先ほどの弾けた音がそれであること、そしてそれが誰の仕業かは、一目瞭然である。
「よう出てきたな無能野郎」
「……何のつもりだ、ギーツ」
「何のつもりも、引っ越し祝いに来てやったんだよ。無能がようやく無能らしい場所に来れた祝いにな」
どうやらルクアは目の前の学生―――ギーツと知り合いらしい。
ただし、その会話と態度からして、良好な関係とはとても言えないものらしいが。
「こんなオンボロの寮にまで移って、まだ学校に居座るとか、お前どんだけ面の皮が厚いんだよ」
「魔術の一つもロクに使えない奴が、この学校にいる資格なんてないんだよ」
「お前がいるせいで、この学校の品位が落ちるんだよ。とっととこの学校から出てけ」
ギーツの言葉に乗っかるかのように、他の生徒もルクアに罵倒を浴びせ始めた。
それに対し、ルクアは何も言わない。
が、その代わりにと言わんばかりにレーナが叫んだ。
「おやめなさい!! これ以上、お兄様を侮辱することは、私が許しません!!」
怒り心頭と言わんばかりに睨むレーナ。
それに対し、ギーツはやれやれと言わんばかりに首を左右に振った。
「相変わらず過保護だな、レーナ。君のような本物の優等生が、どうしてそんなクズを庇うのか、甚だ理解に苦しむ」
「このっ……」
「そもそも、僕が言ってることは何も間違っていないだろう? ここは魔術学校。魔術を学ぶ場所だ。そんな場所にロクに魔力も持たず、魔術も使えない奴がいていい理由があるというのか? いいや、ない。断じてない。ここは僕らのような選ばれた人間が来るべき場所だ」
自分の言っていることは絶対に間違っていない。ギーツの発言からはその想いがひしひしと伝わってくる。
実際のところ、確かにギーツの言っていることはあながち間違いではない。魔術を学ぶ場でありながら、魔術が使えない奴がいればおかしいと思うもの。それが分かっているから、ルクアは何も言わないのだ。
「まぁ、そんなゴミクズだからこそ、こんな場所に送られたんだろうけど」
「? それは、どういう……」
「知らないのかい? 代々、魔術の才能がないゴミクズが送られる場所。この寮にいるってだけで、そいつはもう底辺の存在として認定されている。一種の島流しさ。そして、ここに来た大半の連中は魔術学校を卒業する前に去っていってる。通称『廃棄寮』。この学校のゴミ捨て場だ。分かるかい? そんなところに送られたということは、この学校そのものが、そこのクズを『いらない』と判断したんだよ」
つまるところ、お前は不要だと、ギーツは念を押して言いたいのだろう。
どうやらギーツは本当にルクアが魔術学校にいることが許せないらしい。それは彼と何か因縁があるためか、それともただの魔術師としてのプライドか。何にしろ、よくある光景だ。
何も、ルクアに限った話ではない。劣等生に対してのイジメなど、この学校では珍しくない。弱肉強食。弱い者が強い者に搾取され、淘汰されるのは自然の流れだ。そして、学校だけではなく、全ての場所に言えることだが、強い者と弱い者は存在する。均一で同等な力関係が保たれる場所など早々ないのだから。特に、魔術師ならば余計に。
「ああ、本当にムカつく。何でお前みたいな劣等生があのヨークアン家を名乗ってるんだか。魔術師の中でも最高位クラスの家系。そんな家で生まれながら、魔力を持ってないなんて。そんな奴が僕より上の家柄なんて……そんなの許せるはずがないだろう」
先ほどからの発言からステインは理解する。ギーツは典型的な魔術師だ。
魔術師という連中はどいつもこいつも馬鹿みたいにプライドが高い。魔力量だけではなく、家柄だの、地位だの、顔の良しあしなど……他人よりも自分が優れていないと気が済まない者たちだ。故に、自分よりも下のはずのルクアが自分よりも上の家系であることが許せないのだろう。
つまるところ、嫉妬である。
「お前がここに来たということは、もう学校から用済み扱いされているということ。しばらくすればお前はいなくなるんだろう。うん。確かにそうなんだろう……けどね、僕はそんな気が長い方じゃないんだ。お前の姿をチラリとでも見る度に、気持ちが悪くて吐きそうになる。ほら、部屋の中に虫がいれば誰だって駆除したくなるだろう? あれと同じだ」
だから。
「僕自身の手で駆除しに来たんだ。こうやってね……【フレアボール】ッ」
瞬間、前方へと手を出していたギーツの手から火球が放たれる。そして、そのままルクア達に……ではなく、後ろの寮へと激突した。
「っ!? 貴方正気ですか!! こんなことをして……」
「当然だろ? ここはゴミ捨て場。ゴミは焼却するに限る、だろう? いっそのこと、全部燃やしてしまえば、そこのクズのいる場所はなくなる。そうなれば、晴れてそいつはこの学校を出て行くわけだ」
「愚かなことを……私がそれを見逃すとでも?」
「はっ。本当、君も調子に乗ってるよね? 【白銀蝶】なんて異名で言われていい気にならないで欲しいな。確かに君の実力は認めるけど、そんな奴の肩を持つ人間性は甚だ理解しがたい。でもいい機会だ。君も一緒に僕の力を思い知らせてあげ―――」
瞬間。
手のひらサイズの石が、ギーツの顔面に直撃した。
あまりに唐突なことで、そこにいるほとんどの人間が困惑の表情になる。
そして、そんな彼らに現実を叩きつけるかのように。
「―――いい加減に黙れよ。俺の庭でいつまでぎゃあぎゃあ騒いでやがる」
面倒臭そうに、けれども静かな怒りと共に、ステインはそんな言葉を言い放ったのであった。
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