第6話 劣等生が戦う理由

 校長の提案は、ステインにとって全くの予想外すぎるものであった。


「私が調べたところでは、君はまだ大会に一緒に出る相方がまだいないようじゃないか。実は、こちらのルクア君も大会に出る意欲はあるんだが、中々相方が決まらないようでね。そこで私は考えた。ならば相方がない同士、組んでみてはどうか、と」

「……本気で言ってんのか?」

「冗談でこんなことを君に言うとでも?」


 つまるところ、本気であると、ヨハネスは語っているのだ。


「個人的には悪くない提案だと思うんだがね。何せ、君は試験の際、ほとんどの受験生を落とした。しかし、ルクア君だけは合格させた。それ即ち、彼を認めているからだと私は考えるが」

「それとこれとは話が別だろうが」

「確かに。しかし、このままでは君もルクア君も大会には出場できない。それでは困るだろう?」


 痛いところをついてくる。

 ステインが出場を望んでいる『比翼大会』は、一人では決して出れない。だが、知っての通り彼は自他ともに認める嫌われ者。そんな彼と組んで大会に出よう、などという変わり者などいない。だからこそ、今日まで彼は相手が見つからなかったのだ。


 けれども、これは一種の罠である。

 目の前の老人が何も考えずに、タダでこんな提案をしてくるわけがない。裏がある、企みがある、何かしらの目的がある。この場で頷いてしまえば、それに巻き込まれることなるのは明白。そしてそれはきっとロクでもないことなのも必定だ。


 厄介ごとになるのが分かっていて、それを選択するほど、ステインは馬鹿ではない。が、しかしこのままでは大会に出れないのもまた事実。

 相反する意見を前に、眉を顰めるステイン。

 と、その時。


「あ、あのっ」


 ルクアが唐突にステインの前に出てきた。


「こんなこと、一年の自分が言うのは図々しいのは百も承知です。でも、僕はどうしても大会に出たい……出なくちゃいけないんです。だから、お願いします!!」


 言い終わると同時に、深々と頭を下げる。

 それだけ必死であるのだというのは誰の目から見ても明らか。


「お前、なんでこの大会に固執する?」


 だからこそ、というべきか。ステインの問いはある種当然のものだっただろう。

 魔力がほとんどない彼が魔術師の大会に出る。その理由はなんなのか。


「……以前、いいましたよね。僕には一緒にいたい人がいるって。でも、今のままだと、僕はその人の隣に立てない」

「それはつまり、大会に優勝すれば、自分は魔術師として認められる、とでも思ってるのか?」


 だとするのなら、それは甘すぎる考えだ。

 たとえ、万が一にも彼が大会で優勝したところで彼が魔術師として認められることはないだろう。

 どれだけ強くとも、どれだけ卓越していたも、魔術が使えないという事実は変わらない。そして、そんなものを認められるほど、魔術師という生き物は寛容ではないのだ。


「分かっています。優勝したからって、魔術が使えない僕が魔術師として認められないってことは。一緒にいられないっていうのは、物理的な意味なんです」


 物理的な意味?

 ますます理解できなくなっているステインに対し、ヨハネスが言葉を付け加える。


「隷属の契約書、だよ」

「隷属の契約書? 奴隷とかにかかせる、契約書の?」

「そう。彼は、幼い頃に父にそれを書かされたらしくてね。それのせいで、自由を奪われ、家を出ることができない。ヨークアン家に、縛られ続けているんだ」


 理解できなかった。

 自分自身の子供に奴隷の契約を結ばせるなど、そんな親がいるのか……という疑問ではない。世間は広い。それこそ、救いようのない、どうしようもないクズなど、ゴロゴロいるものだ。

 ステインが分からないのは、別の意味。


「どういうことだ? 魔術が使えない奴をどうしてそこまで家にいさせる? 厄介者扱いするなら、さっさと追い出してるもんだが」

「……見せしめ、ですよ」


 今度の問いに答えたのは、ルクア自身であった。


「魔力がなければ、人間じゃない。魔術が使えなければ、人権などない。それを知らしめるために、僕は生かされてるんです。ああいう風になりたくなければ、魔術を磨け。そして、魔術師でない人間は自分たちよりも下なんだと理解させるために」


 言われ、ステインは理解する。

 最下級の人間を置いておくことで、周りの魔術師に優越感と緊張感を持たせ、魔術への研鑽を効率化させているのだろう。

 何とも魔術師らしい、クソみたいなやり方である。


「でも、隷属の契約には一つだけ解除方法があるんです。それは、術師が与えた試練を乗り越えること。そうすれば、隷属は解除され、僕は自由になれるんです」

「その試練っていうのか、比翼大会の優勝だと? そりゃまた無理難題だな」

「無理難題を押し付けて、試練を乗り越えさせないのが目的ですから……でも、僕にはそれを乗り越えるしか方法がないんです。あの家から出て、自由になって彼女と一緒にいるためには」


 だから、自分は大会に出て優勝しなければならないのだと、ルクアは言う。

 彼が戦う理由は理解できた。納得もできる。ルクアが抗おうとしているのは当然であり、ステインも彼の立場であれば、きっと同じことをしていただろう。


 そして、ステインはふと思う。

 目の前の少年がこんなに必死になっているというのに、自分は一体何をごねているのだ、と。


 確かにヨハネスの提案にロクでもないことが絡んでいるのは簡単に予想できる。

 だが……だからどうした? 

 厄介ごと、ロクでもないこと。そんなものはいつものことであり、それを自分は踏破してきた。

 ならば今回もやることは変わりないではないか。


「…………ちっ。わーったよ」

「え……?」

「了解だっつってんだよ。だが、勘違いすんな。今の話を聞いて、同情したとか哀れんだからじゃねぇ。このまま相方が見つからなきゃ、大会にでられねぇのは事実だ。だからテメェで我慢してやる。それだけの話だ」

「あ、ありがとうございます!!」


 小さな頭がまた深々と下げられる。

 そんな光景を前に、ヨハネスはうんうんと頷きながら、口を開く。


「いやー、話がまとまったようで良かった良かった。ああ、それでなんだけどね」


 瞬間、ステインの中の何かが察知した。

 何かろくでもないことが早速やってくるぞ、と。

 そして。


「今日から彼を君のところの寮に住まわすけど、問題ないよね?」


 その予測は見事に的中したのであった。

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