第7話 訳アリ寮と小さな寮監
『比翼大会』
それは、若き魔術師が目指す頂点。
多数の魔術学校から選び出された代表が競い合う祭典であり、そこで活躍することは魔術師にとってはとても重要なこと。魔術界の重鎮の目に留まれば、卒業後の将来が安泰になるとされるのは無論、出場したとうことだけで、最早ステータスの一つともなる。
魔術の力を競う大会は他にもある。だが、この『比翼大会』が他の大会よりも注目されるのは、その起源が理由だ。
かつて、世界に終わりをもたらす『厄災』がやってきた。その時立ち上がったのが二人の若き魔術師。彼らは互いに協力し合い、『厄災』を打ち払ったという。その二人の魔術師を称え、忘れないために若い魔術師が二人一組で挑むこの大会を大昔からやっている。故に、魔術の世界では一番大きく、学校の代表になるだけでも相当な倍率だ。
何せ、各学校から二組しか出れないのだから。
そして、その一組にステインとルクアはならなければならない。
「すみません。何か押しかけるような形になっちゃって」
「別に問題ねぇよ。寮っつっても学生は俺しか住んでねぇからな」
夕方……と言っても、もうほとんど太陽は落ち、周りは既に夜の気配を漂わせている中、ステインはルクアを自分の寮へと案内していた。
この学校にはいくつかの寮が存在する。
だが、たった一人しか住んでいないのは、ステインが住んでいる寮のみだ。
……無論、そんな寮がまともなわけがないのだが。
「そら着いたぞ」
「……ええっと、ここ、ですか……?」
ルクアが口籠る。無理もない。目の前にある建物を『寮』と紹介されれば、誰だって同じ反応になる。
確かに、寮と言われるだけの大きさはあるが、その外観はあまりにもお粗末。外壁にはどこもかしこも汚れており、草木が絡みついている。外から見える窓にはところどろこひびがあり、補修などをした後が全くなかった。
はっきり、そして一言でまとめるのなら、そこにあったのは、『廃墟』であった。
ふとステインはルクアの方を見る。想像通り、どこか戸惑いを感じているようであった。
そして、そんな廃墟の玄関口が唐突に開き。
「―――お帰りなさいませ、ステイン様。そして、初めましてルクア様。わたくし、ここの寮監を務めさせてもらっております、クセンと申します。以後お見知りおきを」
いつから待っていたのか、玄関口で待機していたであろうクセンが深々とお辞儀をしながら出迎えたのであった。
「先輩。この子は……?」
「今、自分で言ってただろ。ここの寮監だ。ウチの寮の一切を仕切ってる」
「いや、寮監って……こんな小さな女の子が……?」
信じられない、と言わんばかりな口調。これもまた想像通り。
クセンの背丈は百五十……いや、百四十にも満たない。顔も姿もどこからどうみても童女そのもの。これが『寮監』だと言われて、はいそうですかとすんなり受け入れられる者は早々いるわけがないのだから。
「見た目に騙されるなよ。そのクソ婆はこう見えて俺らの何十倍も長く生きてんだから」
「ほっほっほ。相変わらず辛らつな物言いで。しかし、内容そのものは本当ですよ、ルクア様。ちょっとした事情でわたくしはこのような姿をしておりますが、他の方々よりも少々長生きをしておりまして。『寮監』としてはそれなりの経験がありますから。安心してくださいまし」
笑みを浮かべるクセンに、ルクアは未だ混乱の中にあった。
彼女の見た目はやはりどうみても童女。けれど、その話し方や態度は歳を重ねた老人のもの。相反する二つがぶつかり、奇妙な気分にさせる。
だが、何はともあれ、まずやるべきことは一つ。
「は、初めまして。ルクア・ヨークアンです。これからよろしくお願います」
「これはこれは。ご丁寧なあいさつで。どこかの誰かの時とは大違いですな」
「うるせぇぞクソ婆。余計なこと言ってんじゃねぇぞ。そら、さっさと中に入るぞ」
いつまでも玄関先で喋ってても仕方ない。そう思って中へと入っていったステインに、ルクアも続いて『寮』の中へと入っていく。
「え……これって……」
思わず言葉を失った。
『寮』の外観はどうみても廃墟そのもの。故に、中も相当なオンボロと覚悟していたというのに、結果はその真逆。
誇り一つない床。壁や天井には煌びやかな装飾がされており、シャンデリアまである始末。暗い外観とは裏腹に、そこはまるでどこぞの貴族の屋敷にでもやってきたような感覚だった。
「一体、どうなって……」
「この『寮』はわたくしの魔術によって空間をいじらせてもらっています。ですので、外から見たよりもかなり広くなっており、構造を違っております。加えて『寮』自体にもそれなりの魔術をかけておりますから。まぁ、それらに力を入れ過ぎているせいで、外観は若干お粗末なものになっておりますが、そこはどうかご容赦を」
「いや……これを魔術でって……」
確かに空間を操る魔術は存在する。だが、屋敷の外観と内装をこうまで違ったものにするのは聞いたことがない。いや、見た目だけならまだしも、構造まで違ってくるとなるとそれこそ超一流と呼べる代物だ。
「お荷物の方は既に届いております。貴方様がいた部屋のもの、それから『新しくした』ものまで。他に必要なものがあればなんなりと言ってくださいま―――」
その瞬間だった。
クセンの言葉を遮るかのように、奥の扉が勢いよく開く。
一同が視線をやると―――そこにいたのは、小柄な少女が一人。
まず特徴的だったのが、短い白髪に銀色の瞳。肌はとても白く、まるで太陽になど当たったことがないと言わんばかりだった。
華奢であり、どこか儚い空気を纏うその美少女は……次の瞬間、一心不乱に駆け出した。
そして。
「―――お帰りなさいませお兄様っ!!」
ステインの隣にいたルクアに思いっきり飛びついたのであった。
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