第5話 校長からの思わぬ提案

 試験から三ヶ月が経った頃。


 ステインは教室で昼寝をしていた。

 今は昼休み。別に昼寝をしていようがなにしようが問題ではない。ただ、問題なのはステインが教室にいるということそのものであった。


「(おい聞いたかよ、あの話)」

「(ああ。ステインの野郎、受験生を叩きのめして軒並み不合格にしてたって話だろ? 相変わらずえげつねぇことするよなホント)」

「(先生たちも、何であんな奴に試験官やらせたんだか)」

「(何でも魔術関連の事件で大勢外に駆り出されてたらしくして、人手が足りなかったとか)」

「(確かにあの時期は先生たち少なかったけど……よりにもよって、アイツとはなぁ)」


 ヒソヒソと聞こえてくるクラスメイトの声はどれも辛辣なものであった。


 前提の話として、ステインはクラスメイトから嫌われている。いいや、もっと言うのなら、この学校の多くの生徒から嫌われている。

 それは彼の態度が主な原因。年上だろうと目上の相手だろうと変わらなう自己中心的なそのあり方に対し、生徒どころか教師陣でさえ嫌悪を抱いている。言いたい放題言われるのはもう既に慣れているし、言われたところで意味はない。


「(でもよ、あいつの強さ、半端ないのは確かだしなぁ)」

「(まぁそうだな。大半の先生には勝っちゃうレベルだし。そもそもあいつは去年の……)」

「(おい。その話はやめろよ。もし聞かれてたらどうすんだよ)」


 今更である。

 まぁ、聞こえていると言っても何をするわけでもない。こちらに手を出すわけでも、見下しているわけでもないのなら、何もする必要はない。

 そもそもにして、彼にはもっと別にやるべき重大なことがあのだから。


「―――ステイン・ソウルウッドはいる?」


 ステインがもたらしていた重たい空気が一変。唐突に聞こえてきたたった一言によって、クラスメイト全員がざわつき始めた。

 それもそうだろう。

 腰まで伸びた長い金髪。まるで宝石のような翡翠の瞳。何故だか肩が大きく露出している制服。その露出している部分から見える白い肌。そして何より、多くの人間を引き付けるであろう美貌を持ちながら、常に鉄仮面な美少女。

 そんな奴はこの学校で一人しかいない。


「し、シルヴィア・エインノワール!?」

「去年の『比翼大会』の優勝者で、この学校で最強の魔術師が何でこんなところに……」

「っていうか、ステインのこと呼んでなかった? どういうこと?」


 各々に疑問を口にするクラスメイト達。そんな彼らを他所に、シルヴィアは教室の中をきょろきょろと見渡す。

 そして、これまた他の連中の反応を他所に探し人の隣に立つ。


「……鉄仮面。俺に何の用だ」


 目の前の女に寝たふりは通用しないと観念したステインが、先に口を開いた。


「私があるわけじゃない。校長に貴方を呼んできてって頼まれた」

「校長が?」

「そう。多分行った方がいいと思う。貴方にとって悪い話じゃないと思うから」


 意味不明である。

 この女はいつもそうだ。言葉が足らないというか、少ないというか、とにかく端的にしか話さない。加えて、顔が常日頃から無表情であるため、感情がとても読みづらい。冗談を言っているのか本気で言っているのか、理解できる者は少ないだろう。


「じゃあ伝えたから」

「おいこら。テメェは来ねぇのかよ」

「私は伝言を頼まれただけだから。それに…………今の私は、あの子に会えないし」


 これまたよく分からない言葉を言い残し、シルヴィアは立ち去った。

 相変わらず何を考えているのか、本当に理解しづらい。


 だがしかし。

 最後の言葉には、どこか寂しさのようなものを感じたのは、ステインの気のせい……なのだろうか。



 ****



「……何でこいつがここにいるんだ?」


 校長室にやってきて、思わず出てきた言葉がそれだった。

 校長とは魔術学校のトップ。そんな人物に呼ばれてやってきて、開口一番で言うセリフでないのは百も承知。

 だが仕方がない。仕様がない。

 何故なら、校長の隣にいる少年は、ここにいるはずがないのだから。


 ルクア・ヨークアン。


 つい数か月前、ステインが試験官を務めた少年だった。


「ほっほっほ。これまたおかしなことを。君が彼を合格にしたんじゃないか」


 何をおかしなことを、と言わんばかりな仰々しい言い草をする老人。

 長い長い白い髭は床まで伸びており、両目は常に閉じている。一見ヨボヨボのただの老人ではあるが、しかしそこから漂う強大な空気は強者のもの。

 

 ヨハネス・アルブダートン。

 この学校の校長にして、最強クラスの魔術師の一角である。


「確かに俺は自分の試験ではこいつを合格にした。だが……」

「他の試験は不合格だったはず? まぁ確かにその通りなんだけどね。でも彼は筆記試験においては百点をたたき出したんだ。この魔術学校が始まって以来、入学試験の筆記で満点を取った者は誰もいない。そんな逸材を落とすのは、少々もったないだろう? 何より、君が合格にした少年だ。その点についても私はとても興味を持ってね。何せ、私は君を高く評価しているからね」

「はっ。よく言う」


 一見、ヨハネスの言い分は尤もなものであった。

 だが、目の前にいるのは魔窟と言われる魔術師の世界で長く生き、そして最高位の地位にいる狸爺。筆記試験で百点を取ったから、などという理由で魔力をまともに持たない人間を入学させるわけがない。

 確実に裏がある……と分かっていながら、ステインは問いを投げかけた。


「んで? 俺がここに来た理由は何だ?」

「そうだね。じゃあ単刀直入に言おう。ステイン君。君―――彼と一緒に『比翼大会』に出るつもりはないかい?」


 言われ、ステインは目を丸くさせた。

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