第4話 魔術が使われない魔術試験
次々と放たれるルクアの攻撃を、ステインは的確に回避していく。
およそ人のものとは思えない速度で動くルクアに対し、ステインはそれを上回る速さで対処しているのだ。
正面からただ突っ込んでいるわけではない。先を読まれないようフェントをいくつも入れてからの一撃。速度をわざと落とし、タイミングをずらした一閃。それらを踏まえての絶対に当たると確信した一太刀。
それら全ては、しかしてステインを捉えることはできなかった。
「はぁ……はぁ……」
「そらどうした? もう終わりか?」
挑発的な言葉だが、しかし内心ステインは驚きを隠せていない。
ルクアの攻撃は確かにステインに一撃を与えられてはいない。だが、その攻撃の数々は感嘆に値するモノばかり。油断すれば、確実に一撃を喰らう……どころではない。大ダメージは必至だろう。
そして何より、ステインにとってルクアはある種天敵のようなものであった。
(厄介だな。魔術を使わない以上、『アレ』はこいつには通用しねぇし……)
詳細は省くが、ステインにとって、魔術師よりもこういった物理攻撃を主体とする相手は彼の力の半分を使わせていないと言っていい。通常なら、今のような『高速移動』などで対処できるのだが、いかんせん、その動きにすらルクアはついてきている。
さて、どうしたものか……と考えを巡らせていると。
「ようやく、分かりました」
ルクアは何かを掴んだらしい。
「分かった? 何がだ?」
「ステイン先輩……貴方の力の正体は、魔力放出ですね?」
瞬間。
その指摘に、ステインは思わず目を見開いた。
「魔術師は魔力を様々なものに変える存在。魔力を炎に、水に、雷に。時には目に見えない『術式』に。いわば、魔力を別の何かに変換している。けれど、貴方は違う。魔術ではなく、魔力そのものを使ってる。貴方の高速移動の正体は、足の裏や踵から魔力を瞬間的に放出させることで可能としているものですよね?」
「…………まじか。今までの動きで『瞬放』を理解したっていうのか。っつか、よく分かったな」
「こう見えて、僕は目がいいものですから」
目がいいから、とは簡単に言ってくれる。
ルクアの指摘通り、ステインの高速移動の正体は瞬間的な魔力放出する技能。
その名を『瞬放』。
魔力を身体のあちこちから噴出させ、その勢いを使って移動しているのだ。言葉にすれば、そこまで難しいものではない。だが、今回の試験において、この方法を初見で、しかもこの短時間で見破った者は誰一人としていない。
目の前の少年を除いて。
「へっ、認めてやるよ。お前は強い。少なくとも、そんじょそこらの魔術師よりも遥かにな」
少なくとも、先の魔力しか持っていない者とは違う。
身体能力と状況把握、そして相手の力を見極める力。魔術の才能という点においてはお粗末にも程があるが、戦いにおいては天賦の才と持っていると言っていい。
しかし、だ。
「だが、だからこそ分からねぇ。テメェ、何でそれだけの実力がありながら、魔術師なんて目指す?」
それが唯一、ステインの疑問だった。
「確かにお前は強い。だが、それは戦う者の強さであって、魔術師としての強さじゃあねぇ。こんなところに来るよりもまず、どこぞの騎士団やら傭兵団に入った方がよっぽどその実力を発揮できるだろうに」
今の世の中、魔術師が持つ影響力は大きい。
そして、魔術は普通の人間には使えず、それゆえ魔術師は普通の人間よりも強いとされている。
だが、世界中の大半の人間は魔術が使えない。
ごく一部の者にしか魔術は使えず、それゆえに魔術師は貴重な存在。
けれど、別に魔術師にならなければ生きていないわけではない。それこそ、ステインが言ったように騎士団やら傭兵団に入った方が、ルクアの実力は発揮されるはず。
少なくとも、魔術が全く使えないと言うのに魔術学校に来るなんてことよりも。
「―――ずっと一緒にいるって約束したんです」
唐突な言葉に、一瞬ステインは意味が分からなかった。
だが、彼は敢えて止めなかった。
「大切な人の隣にいてあげるって。そのためには、僕は魔術師として強くならなきゃいけない。そうでないと、『彼女』の隣に立つ資格がない」
「……、」
「くだらないかもしれない。馬鹿げているかもしれない。魔術師を目指す人からすれば、こんな願いは認められるものじゃないかもしれない」
けれども。
「それでも……それでも、僕は彼女の隣にいてあげると誓ったんです。たとえそれがどれだけ無謀だろうとも、たとえそれがどれだけ無茶なことであろうとも。僕は……彼女と、シルヴィア・エインノワールと一緒にいると心に決めたんです」
その名前を訊いた途端。
ステインは再び、眼を見開いたのであった。
「……それが、お前が魔術師を目指す理由だと?」
「はい」
即答だった。
迷いが一切ない言葉。つまりはそれが本気であるという何よりの証拠。
正直、女と一緒にいるために魔術師を目指すなど、本来ならあきれ果ててしまう理由だろう。
だがしかし、ステインはその願いを否定しない。
「そうか。だが、そいつは不可能だな。少なくとも、俺を倒さない限り、お前はお前の願いを叶えることはできない」
「なら、貴方を倒す!!」
「上等だ。やれるもんならやってろ」
笑い、左手を前に出し、右手を大きく後ろに振りかぶった。
ルクアとの距離は十メートル以上。そんな距離で攻撃の体勢を取ったところで意味はない。
だが、ルクアは分かっていた。ステインの次の攻撃は、必殺の一撃。そして、その体勢から、どんな攻撃をするのか、おおよその予想はできる。
肉体を使った物理攻撃を主とする戦闘スタイルであるルクアは、理解していた。一撃必殺の攻撃とは、相手を高確率で倒す技。しかし、その一方でもしも外したり、躱されたりすれば、大きな隙を生じさせてしまう。故に、定石としてはルクアはステインの攻撃を躱す必要があった。
けれども、分かった上で、ルクアは剣を構え、攻撃の体勢に入る。
ステインがわざわざ攻撃の姿勢を見せる、ということはそれだけの自信があるということ。それを躱したり、外させたりすることなど恐らくできない。
ならばどうするか?
その必殺の一撃を上回る攻撃をぶつければいいだけの話。
剣を構えるルクアを前にして、ステインは彼がやろうとしていることを即座に察した。
「―――ああ、いいぜお前。最高だ」
無謀であり、無茶であり、愚策としか言えないその行為に、悪童は笑みを浮かべた。
そして、二人は同時に踏み込む。
『
『
互いの必殺技が、今ここでぶつかりあう。
通常の人間では絶対に目で追いきれない速度。そんな達人、否、超人の域で放たれた攻撃をこの二人は全力でぶつけたのだ。
そして当然のことながら。
一瞬でぶつかり合った攻撃であるからこそ、結果もまた一瞬で訪れるのであった。
「がっ……」
血を吐いたのはルクア。彼の一刀は確かにステインの拳を捉えていた。いや、それだけではない。最高の打点、最高の瞬間に、その攻撃をステインの拳に直撃させたのだ。
だがしかし、ステインはその攻撃をものともせず、木剣を砕き、その上でルクアの胸中に自分の拳を叩き込む。
木剣によっていくらかは軽減させているとはいえ、その威力は絶大。たった一撃でルクアの意識を飛ばすことなど容易なくらいに。
「ご、めん―――シル、ヴィ……」
意識が失われるその刹那、目の前の少年はどこかの誰かの名前を口にした。
この瞬間、ルクアは完全に気絶した。いや、もしも意識が残っていたとしても、武器である木剣は完全に破壊され、彼に戦う術はない。
相手は気を失い、さらには武器も失った。誰がどうみても勝負の結果は明らか。
その上で。
「はっ。何がごめん、だ」
ステインは
「―――合格だ、馬鹿野郎」
そう、呟いたのであった。
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