第3話 魔力を持たない少年

 試験会場にやってきたのは小柄な白髪の少年だった。


 容姿はかなり整っており、中性的な顔立ち。先に見た書類で男だと分かっていなかったら女かと思う程である。


「お前がルクア・ヨークアンか」

「は、はいっ」


 少年―――ルクアは少し緊張した面持ちで答えた。

 一見すると、普通の少年だ。だが、その手にはこの場にはあまりにも似つかわしくないものが握られている。


 木剣。

 文字通り、木の剣。通常、魔術師は自分の魔力を高めたり、強い魔術を行使するために、杖や道具を持つことはある。


 しかし、ルクアの持っている木剣からは何も感じられない。本当にただの木の剣だ。

 何故、そんなものを……そう思うステインだったが、とりあえず説明を端的に始めた。 


「俺は試験官を任されてるステインだ。細かい説明は苦手だから、簡単に説明するぞ。今からお前には俺と模擬戦をやってもらう。んで、一発でも俺に攻撃を当てられたら合格。分かったか?」

「――――分かりました。よろしくお願いします」


 端的なステインの説明に、ルクアは真剣な眼差しであった。

 それが少しステインにとっては意外であった。


(普通、「一発だけですか?」とか「それだけですか?」とか聞いてくるもんなんだが……)


 魔術学校に受験しに来るものは基本的に自分の実力を高いと思っている者が多い。

 そんな彼らからしてみれば、ステインが出した条件は、あまりにも簡単なものだと言える。


 ステインを倒すわけでも、叩きのめすわけでもない。制限時間もない、攻撃の制限があるわけでもない。ただ一発攻撃を当てるだけ……そんなものでいいのか? と質問してくるのが大半だ。


 まぁ、その時点でステインのことを舐めており、結果的に彼にボコボコにされる、というのが今までの流れだ。

 だが、ルクアはどこか違うように感じ取れた。


「そら。いつでも始めていいぜ?」

「それじゃあ、お言葉に甘えて―――いきますっ!!」


 声と同時。

 ルクアの木剣、その切っ先がステインの目前に迫っていた。


「っ!?」


 あまりのことに目を見開きながら、しかしステインは、あと少しのところで、ルクアの攻撃をすれすれで回避する。


「ちっ―――」


 舌打ちしながら、ステインは後ろへ跳ぶ。


 ステインとルクアの距離はおよそ十メートル強。それだけの距離があったというのに、一瞬にしてそれを縮めて、目前にまで迫っていたのだ。


 はっきり言って、異常だ。普通ではない。

 ならば、魔術を使ったのか、という疑問が出てくるわけだが、しかしそれもない。彼は呪文を唱えていないし、仮に無詠唱が使えたとしても、発動までの時間が早すぎる。そもそも、彼は魔力量はほぼ皆無。魔術を使えるわけがないのだ。

 だというのに。


「―――ふんっ」


 こうしてすぐさま追撃がやってくる。

 ステインは確かに距離を取ったはずだ。けれど、ルクアはそんなことはなかったと言わんばかりにもうステインの懐にやってきていた。

 そして一太刀―――。


「くっ……」


 ステインはその追撃をまたもやギリギリのところで身体を反転させ、何とか避けた。そして、ルクアの腹に蹴りと入れると同時、勢いをつけて、再び距離を取った。


(最初の攻撃、そして今の攻撃……間違いない)


 本物である。

 たった二撃、避けただけでも分かる。今のはただの偶然などではない。


 身のこなし、剣の振り方、足さばき……一瞬しか見ていないが、しかしステインにはそれだけで実力を計るには十分であった。


「……中々やるじゃねぇか。どうやらやる気だけじゃねぇらしいな。魔術も使わずに、どうやってそんなに早く動いてやがる?」


 今度は確実に距離を取りながら、問いを投げかける。


「僕は、生まれつき魔力がほとんどありませんでした。けど、その代わりなのか、身体能力が常人離れしてたんです。魔力が無かった僕が強くなるには、身体を鍛える以外方法がなかった」


 だから鍛えに鍛えたのだと、ルクアは言う。


 そんな馬鹿な話が……と言いたいところだが、しかしない話ではない。実際、ステインも聞いたことがある。魔力が極端に少ない状態で生まれた魔術師が、魔術以外のことで能力が秀でているとうケース。

 あまり例がなく、本当に極稀であり、実際に目にするのもこれが初めてではある。


「はっ。魔術の才能がなくて、代わりに体鍛えたらそんな風になったってか? こりゃ驚きだな」

「そういう割には、簡単に避けてくれますね……」

「そうでもねぇさ。今のは完全に不意をつけれちまったからな」


 とはいえ。


「今のでお前の戦闘スタイルは大体把握した。その上で対応すりゃいいだけの話だ」

「……、」


 ステインの言葉に、ルクアは何も返せさない。

 代わりに木剣を構え、そして―――踏み出す。


 速い。先ほどよりも速度が上がっている。

 その証拠に既に木はステインの喉元を完全に捉えていた。

 だが。


「ふんっ」


 ダメージを負ったのはルクアの方である。


「ごっ―――」


 正確に言うのなら、ルクアは背後から回し蹴りを喰らっていた。


 そう、背後から。

 先ほどまで真正面にいて、木剣の突きが喉元に叩き込まれるはずだった。


 にも拘わらず、ルクアの攻撃は当たらないどころか、彼の脇腹に痛烈な一撃が叩き込まれる。しかも、真正面からではなく、後ろから。

 これは一体どういうことなのか。


「今、のは……」


 一体何が起こったのか。

 分からない。だが、このまま止まっているわけにはいかない。


 呼吸を整え、もう一度木剣を構える。一方のステインはというと、ただ拳を握るのみ。木剣とはいえ武器を持っているルクアに対し、素手のみのステイン。どちらが有利なのかは明白ではあるが、しかしこの場で『普通』という言葉はあまりあてにならない。


「―――っ」


 声も上げず、ルクアはもう一度仕掛ける。

 常人離れした身体能力。それがルクアが持つたった一つの武器。そこから繰り出される高速攻撃は、並みの人間は無論、肉体強化した魔術師でさえ倒すことができる。


 ……はずなのに。

 ルクアの攻撃は一度も当たることが無かった。

 驚くルクアに対し、ステインは。


「さぁ。来いよ。時間はまだまだたっぷりあるんだからな」


 不敵な笑みを浮かべながら、そう言い放つのであった。

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