第2話 魔術師嫌いな問題児
「―――どうでございましたか?」
試験会場の外。そこで待っていたのは一人の美少女……いや、童女というべきか。
白と黒が混ざり合ったかのような奇妙な髪は短く整えられており、目には眼帯をしている。上品な雰囲気を醸し出しており、それはまるでどこかのお嬢様……というより、それに仕える給仕のようであった。
まさか、この童女―――クセンが既にステインの何倍もの年月を生きており、この試験における本当の試験官であると誰も思わないだろう。
「ダメだな。話にならん」
「即答とは、これまた手厳しい」
「あんなのを合格させるんなら、まだそこらのガキを入学させる方がまだマシだ」
「あんなの、と言いますけれど、彼の魔力量は学園が始まって以来の最大だと聞いておりますが」
「魔力量がどうだの、才能がどうだの、そういう話じゃねぇ。本人に全くやる気を感じなかった。だから不合格。それだけだ。そもそも、あんな様でどうやって合格にしろっつーんだよ」
レオンから感じたのは、虚無。まるで伽藍洞だ。
魔術師になる。そのためにやってきたという覚悟も決意も信念もない。ただ単にやってきて、受けた。それだけ。そんな人間に魔術師になる資格はない……とは言わない。これはただ単に、ステインが気に入らなかったというだけの、本当にそれだけの話である。
「つっても、俺が不合格にしたところで、上の連中があれやこれや理由をつけて、入学させんだろ?」
「ほう。それが分かっていて、不合格にすると?」
「ああ。問題あるか?」
「いえいえ。試験官を頼んだのはこちらですし、試験内容も問題はございません。故に、この試験には何の落ち度がないことはわたくしが保証しましょう」
ですが、とクセンは続ける。
「以前からも言っておりますが、あまり、周りに不評を買うようなことはおすすめしませんよ? ただでさえ、貴方は『問題児』として見られてるんですから」
「ハッ! 上等上等。それで文句を言ってくる奴がいるんなら、叩き潰すだけだ」
「また貴方はそうやって……そんなだから、まだ『大会』に一緒に出る相方が見つけられないんでしょうに」
言われ、ステインはすぐに反論することができなかった。
これはまた痛いところをついてくる。
「周りの方々は既にパートナーを見つけている最中、未だ新しい相棒ができていないというのは、楽観などと言う言葉では済みませんよ?」
「わーってるっての」
ステインが挑む『大会』は二人一組のもの。故に、どれだけステインが強かろうと、相棒がいなくては出場すること自体ができない。
そもそもの疑問としてなぜステインは『大会』に出るのか。
その理由は何とも個人的かつ身勝手なものだった。
「全く困った方です。しかも、『大会』に出る理由が、魔術師が悔しがるところをみたいから、などと。そんな理由で『大会』に出場するのは、貴方くらいでしょう」
クセンの言葉に嘘はない。
ステインが『大会』に出る理由。
それは、彼が優勝すれば、魔術師たちが悔しがるから。そして、自分はその顔を見たいと思っているのだ。
「仕方ねぇだろ。何度も言ってるだろうが。俺はな、魔術師ってのが嫌いだ。心底嫌いだ。連中は、自分が魔術師ってだけで既に強者だと思い込んでやがる。それが俺には我慢ならねぇ」
一見すれば、何ともくだらない理由。
しかし、ステインからしてみれば、重要な事柄である。
「確かに魔術師の中にも強い奴はゴロゴロいやがる。それは事実だ。そういう連中が自分が強いと口にするのは別に構わねぇ。事実だからな……だがな、それ以外の連中はそんな強い奴らにおんぶにだっこで自分も強いと勘違いしてきやがる。魔術師だから、魔術が使えるから、優位な存在であり、偉大なる存在とぬかしやがる……目眩がするほどのムカつく光景だ」
一人の魔術師が成果を出せば、それは個人ではなく『魔術師という存在』が成果を上げたとのたまい、非魔術師や非才な魔術師を貶す。自分たちは大したことをしていないというのに、強者の威を借り、ふんぞり返る。そういう光景をステインは何度も目にし、その度にはらわたが煮えくり返った。
「だからよ、そういう連中が悔しがる姿が見たいんだよ。『大会』は優れた魔術師を決める場所だ。そんな中で、俺みたいなのが一番になってみろ。不平不満がたらたらで文句を言ってくる奴は大勢いるだろうな。だが、その一方で思い知るわけだ。自分はあんな奴より弱いんだってな」
そのためだけに、彼は魔術学校にやってきたと言っても過言ではない。
何という傲慢、我儘か。自分の気に食わない連中の無様な反応を見たいがために魔術師の大会に出ようとするなどと。
しかし、その傲慢さ、我儘さこそが、ステイン・ソウルウッドという男なのである。
「貴方様がどのような想いで『大会』に臨まれるのは構いません。ですが、何度も言うように、『大会』には二人一組での参加。貴方様のそのような考えを理解してくださる相方が果たしているかどうか」
「ちっ。もう言うなっつーの。耳にタコができる」
重々承知しているステインは話を切り替えるために、クセンに問いを投げかける。
「それで? 次が最後か?」
「ええ。これが最後の受験生の資料です」
言われ、資料を受け取るステイン。
次の瞬間、彼の目は丸くなってしまった。
「は? 何だよこいつ。魔力が少なすぎ……っていうか、ほぼねぇじゃねぇか。これマジで言ってんのか?」
「本当でございます。実際、他の実技試験では魔術を使っていなかったという話。とはいえ、受験生には全ての試験を受ける権利があります。たとえ、結果が見えていたとしても」
遠まわしに既に試験は終わっていると言うクセンに対し、ステインは何も言わない。
魔術を使わない者が魔術学校の試験を受けに来た……普通ならふざけていると思われても仕方のないものだ。例えるのなら、料理人になりたい人間が料理を作ろうとしないのと同じようなこと。そんなものは論外だ。
だがしかし。
ステインは鼻で笑うわけでも、呆れることもなく、ただ黙って資料を見ているだけだった。
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