魔術不要の最強無双 ~学校一の問題児は魔力がない劣等生と一緒に、魔術師たちを蹂躙する~

新嶋紀陽

第一章 問題児と劣等生

第1話 世界の主役になれたかもしれない男 

※最初は脇役視点です。ご注意下さい。


――――――――――――――――――――




 それは、とある魔術学校の入学試験でのこと。


「ま、また測定器が壊れるなんて……!? そんな、じゃあ本当に魔力測定器の限界以上の魔力を持っていると……!?」


 三度目の魔力検査を行っていた女性試験官が、割れた水晶を見ながら、驚きの声を上げていた。

 そんな試験官の女性を見ながら、少年―――レオン・オルフォウスはというと。


(? 何か、おかしいのなか)


 自分が何故驚かれているのか、全く分からないと言わんばかりの表情で、そんなことを考えていた。いや、実際、彼は分かっていない。


 彼が今、行っているのは、魔力量判定。その名の通り、個々人がどれだけ魔力を持っているのかを計る作業である。


 これは試験そのものではないが、しかし魔力とは魔術師にとって重要な要素。それが多ければ多いほど、魔術師としては優秀だと言われる。


 では、レオンの魔力量はどれくらい凄いのか。

 それは、周りの反応を見れば、明らかである。


「嘘だろ、魔力量が計測不能って……!?」

「それだけ規格外の魔力量ってことなのか……」

「何者なの、あの子」


 ヒソヒソと聞こえているその言葉から、彼の魔力が尋常ではないいのは明白だ。

 だというのに、だ。


(何だろう……これって普通じゃないのかな……)


 自分が規格外であるとう自覚が、レオンには全くなかった。

 普通、魔術師を目指す者ならば、自分の実力がどの程度のものかは理解しているのが当然。しかし、レオンに限ってはそうではなかった。


(じいちゃんにとりあえず魔術学校に行くようにせっつかられたからとりあえず来てみたけど……なんか目立ってるなぁ)


 やれやれと言わんばかりに、そんなことを考えていた。


 もしも、今、思ったことを口にしていたのなら、彼は完全に周りの受験生たちから袋叩きにされていただろう。


 ここは魔術学校。魔術師になるため、必死になって己を高めにきた者たちが、さらなる知識と経験、そして力を得るための場所。それを、人に言われたから、という理由で受けにくるなど、あり得ない。


 はっきり言って、他の受験生を侮辱しているに等しい行為だ。

 けれども。


(あんまり目立ちたくないんだけどなぁ)


 彼はその自覚は全くなく、ただぼうっとしていたのだった。



 ****



 魔術学校の試験は主に二つある。

 筆記試験と実技試験。


 筆記試験は言うまでもなく、魔術の知識を見極めるもの。その難易度は無論高く、小さい頃から魔術の英才教育を受けている者でも中々合格しないという。

 膨大な知識。魔術師に必須の代物と言えるだろう。


 そしてもう一つが実技試験。


 正直なところ、魔術学校の試験は実技試験の方が重要とされている。

 その人間にどれだけの才能があるのか。それを見極めることができるのは、実技の方であるためだ。

 そして、そんな実技試験も、レオンは次々と驚異的な記録を更新していく。


「五百メートル以上距離がある的当て試験を一発も外さなかっただと!?」

「特殊な魔術で加工された頑丈な岩を初級魔術で壊しただと!?」

「嘘だろ、浮遊試験で、過去最長の記録を叩き出しただと!?」


 試験官、及び受験生たちは、次々と記録を更新していくレオンに対し、目を丸くさせるばかりだった。


 対してレオンはというと、自分が何故そんなに驚かれているのか、全く理解していない。いや、しようとしていない、というべきか。


 彼にとって、『こんなこと』はできて当たり前であるため。言ってしまえば、呼吸をするようなものである。


 だから、逆にできていない周りの人間が、何故できないのか、そっちの方が理解できなかった。


「あのレオンって奴凄いな……それに対して、なんだアイツは」

「ん? ああ、魔力がほとんど無かった奴か? あっちはあっちで別の意味で凄いよな」

「あー、確か、ほとんどの試験、ビリだったよな」

「あれじゃあ大した魔術も使えないだろ? っていうか、魔術使ってねぇよなアイツ」

「ああ。的当て試験も浮遊試験も、魔術の発動すらできてなかったって話だしな。全く、何しに来たんだか」


 ひそひそと聞こえてくる会話に、やはりというべきか、レオンは一切興味を示さない。自分がどう思われているのか全く気にしない男が、他人の悪口をどうこう思うわけがないのは当たり前というべきか。


 だからこそ、だろうか。


 彼の耳に声は入ってくるものの、しかし肝心の中身を全く覚える気がない。

 それが、どれだけ重要なことであっても。


「いや、でも、あいつ確か岩砕きの試験で―――」

「まぐれだよまぐれ。何か試験官側でトラブルでもあったんだろ。でなきゃ、魔術も使わないであんなこと、できるわけねぇだろ」

「そ、そうだな。そうだよな」


 近くでこんな会話をされているというに、全く聞こうとしていない。

 無論、次の試験に向けて集中しているからではなく。


(面倒臭いから、早く終わってくれないかなぁ)


 およそ、受験を受けに来た人間としてあるまじき態度であった。

 そして、最後の試験。


「最後は、試験官と一対一で魔術の対決をし、各々の実力を見せてもらう」


 それはいわゆる決闘方式という試験内容だった。

 無論、本物の決闘とは違うが、しかし試験官は魔術学校の教師。そんな相手に対し、何もできず、一方的にやられて不合格となる者は数多くいる。


「次、レオン・オルフォウス。君の番だ」


 言われ、レオンは試験会場へと向かう。

 その途中。


(あっ、そうだ。じいちゃんがあんまり本気は出すなよって言ってたから、とりあえず、弱い魔術で戦おう)


 多くの受験生が落ちると言われている戦いを前にして、まるで他人事のような態度で試験会場へと向かったのだった。



 ****



 簡潔に、そして正確な事実を述べる。


 レオンは現在、上向きで倒れていた。


 ただ寝込んでいる……のではない。その身体はボロボロであり、いたるところに打撲の痕がある。

 全身から感じる痛みは、今まで感じたことのないものであり、想像を絶する苦痛だ。

 しかし、今の彼が強く感じているのは、痛みよりも疑問。


(何だ、これ……)


 自分が倒れていること、身体がボロボロであること、その他諸々の事実を、レオンは理解できていなかった。


 何せ、彼にとってこれは初体験。

 自分が打ちのめされるなんてことは、今まで一度も経験したことがないのだから。


「何だよ。規格外の奴が相手だって聞いてたんだが、もう終わりか? まだ十回しか殴ってねぇだろ。そら、とっとと立てよ。ホントはもっと実力があるんだろう? さっきも言ったが、この試験は俺に攻撃を一度でも当てればそれで終わり。簡単じゃねぇか。筆記試験で百点取れっていってねんじゃねぇんだからよ」

「……、」


 男の言葉に、しかしレオンは返答しない。いや、返答する以前に、彼は目の前の男の話を全く聞いていなかった。


 彼が一番気になること。それは、自分の現状そのもの。

 何故、自分が倒れているかについてだ。


「おいおいマジかよ……本当にもう限界なのか? あれだけ余裕ぶっこいといて、俺に一度も攻撃を当てられず、それでおしまいってか? っつか、まるで信じられねぇって顔だな。そんなに自分が負けたってことが受け入れられないか?」

「俺が……負けた?」


 何を言っているんだこの男は。

 自分が負けた? 目の前の男に?


 そんなわけない。

 そんなことあり得ない。

 だって、俺が負けるなんてことは、絶対にありえないのだから。


「本当の実力はまだ出していないだの、実は隠された力があるだの、だから実際は自分の方だ強いだの、色々と思ってるかもしれねぇがな、そんなもんは負け犬の遠吠えだ。それらが全部事実だろうが、知ったことじゃねぇ。今、この場において、お前は俺に負けた。その事実はこれから先、どんなことがあっても一生変わらねぇ」


 何を言っているのか分からない。


「能ある鷹は爪を隠す? ハッ。ばっかじゃねぇの? そんなもん、隠してどうするよ。爪は研いで見せつけてなんぼだろうが。んで、今、お前はそれをみせつけなきゃいけねぇ場面にいる。けど、それをしないってのは、馬鹿としかいいようがない」


 何を言っているのか分からない。


「っていうかよ、実際お前弱すぎだろ。いくら魔力量が多いからって、魔術を一切使ってない俺にこれだけボコボコにされるとか。この際はっきり言っといてやるよ。お前に『爪』なんてもんはねぇよ。お前は、俺にやられる程度の実力しかもってねぇ、雑魚ってわけだ。つまり、お前はこの程度の人間なんだよ」


 何を言っているのか分からない。

 分からない。

 分からない。

 分からないが―――


(ああ―――何故だろう。ひどく、むかつく)


 瞬間。

 レオンは上半身を起こしながら、右手から炎の玉を噴出させる。


『フレアボール』。炎を球状にし、相手にぶつける攻撃魔術。ぶつかった瞬間、球ははじけ、強烈な爆発と共に、相手に大ダメージを与える代物。


 そんな危険な代物が、一瞬にして、男とその周囲を爆炎で包み込んだ。

 ……はずだったのだが。


「―――だからよ。そりゃ当たらねぇっつってんだろうが」


 言うと同時だった。

 放たれたはずの『フレアボール』が見る見る内に小さくなり、男に届く前に消滅した。


 すると、そこにはこれでもかと言わんばかりに呆れた顔をしながら、男は言い放つ。


「無詠唱。魔術を発動する際必要になる呪文をいっさい唱えることなく発動する。ああ、確かに凄ぇよ。優秀なんだろ。実際、この威力の魔術を詠唱無しで使えるっていうのは、他の連中からしてみれば、喉から手が出る程欲しがる才能だ」


 魔術には基本的に詠唱が必要だ。しかし、強い魔術師になれば、詠唱を省略する者も数多い。だが、そんな彼らでも詠唱を全く使わず、魔術を発動させる者はそういない。


 特に魔術を戦いに使用する者からすれば、無詠唱の才能はどんなことをしてでも欲しいと思うもの。詠唱を口にするかしないか、それだけで戦況が一気に変化するのだから。


「けど、それだけだ。どれだけ高火力だろうと、当たらなきゃ意味がない」


 どれだけ強い魔術であっても、どれだけ強力な技であっても、それを相手に当てなければ意味がない。至極当然で、当たり前の事。


 だから、戦う者は単純に攻撃を放つのではなく、どうやって相手に自分の攻撃を当てるのかを考えなければならない。


 なのに、レオンからは全くそれが感じられない。

 ただ強い魔術をがむしゃらに放つだけ。まるで、子供が玩具の武器を振り回しているかのようだった。


「一つ、当ててやる。お前、今までまともに魔術の研鑽、したことないだろ?」

「何を……」

「お前みたいな奴、たまにいるんだよ。自分の才能だけで何となく魔術を使える奴が。魔術を使えるのは呼吸をするのと同じくらい当たり前だから、努力やら研鑽やらをする必要性を感じない。だから何となく使い続ける。全く反吐がでる」


 男の口から出てくる言葉。その節々に嫌悪の感情が入っている。

 それだけ、男からしてみれば、レオンは気に入らないのだろう。

 それもそのはず。何故なら、彼はレオンの心の内を既に見破っているのだから。


「しかもだ……お前、死ぬ気でこの試験を受かるつもり、ないだろ?」


 言われ。

 レオンは今までにないほど、大きく目を見開いた。


「誰かに言われたからか、何かしらの事情で受けなきゃいけなくなったか……何にしろ、お前自身の意思じゃねぇのは確かだ。何せ、お前の目には絶対に受かってやるという気迫がねぇ。絶対に受かるはずだという自負もねぇ。ただ何となく、受けに来た。それだけだ。そしてその上で、自分が試験に落ちるはずがないとタカをくくってやがる。ハッ、本当にどこまでもふざけてやがる」


 努力に努力を重ねたうえでの自信などではない。

 ただ、自分が試験に落ちるわけがない。何故なら、世界とはそういうものだから、と本気で思っているのだ。


 多くの者が必死になって受けに来ているこの受験の中で。

 多くの者がそれでも手が届かず涙を流すこの受験の中で。

 彼は『自分は別』だと思っているのだ。


 何という傲慢。何という高慢。

 別に絶対に受かりたいというわけではないが、何をしなくても受かるだろう。そんなことを、無意識的に考えているのだ。


 だって自分はそういう存在なのだから。

 ああ、本当にどこまで他人を馬鹿にすれば気が済むのだろうか。

 

 だが、そんな妄想も今日まで。

 何故なら、溢れんばかりの才能を持った哀れな男の世界は今、この瞬間、ひび割れを起こしたのだから。


「……だだ」


 男の言葉を遮り、レオンは起き上がる。


「まだ、終わってない……」


 そう言い放ちながら、腕を前に出す。

 そして、その時。彼の中で何かが覚醒――――することはなかった。


 何故なら、その一瞬。

 レオンが魔術を放とうとした刹那、男の拳がレオンの顔面にモロに入った。


「がっ……」

「そうか。なら、さっさと終わらせるか」

 

 端的な言葉と同時に、それは始まる。


 殴る。

 殴る。殴る。殴る。

 殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。 殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。 殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。 殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る殴る殴る殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴―――


 男は拳を握り、それをひたすらレオンに叩き込む。そこには熱や想いは一切ない。ただ単に殴るという作業としているのみであり、ある種の虚無しかなかった。

 まるで、レオン自身に、お前は無価値であるとたたきつけるかのように。


「がっ……」


 そうして、何百という拳を叩き込まれたと同時に、攻撃は止む。いや、この場合、最早攻撃ともいえるか定かではないが。

 ボロ雑巾。まさしくそう呼ぶにふさわしい姿になったレオンに対し、男はただ一言。


「不合格だ。出直して来い」


 そう言い放った。


 こうして。

 世界の主役になれたかもしれない男の物語は、誰にも知られることなく、あっけなく幕を閉じたのだった。




――――――――――――――――――――


初めまして、新嶋といいます。

そういうわけでいきなり主人公が惨敗しましたが……安心してください。彼は脇役です。 

変わった始まり方で、すみません……次回以降から、主人公サイドの話になります。




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