終章

第43話 大好き

 ゆっくりと、オディオとアイファの瞼が上がる。


「……ん……」


 二人は、与命の塔があった場所にいた。

 ただし、与命の塔はもう跡形もなく消えており、二人は真っ白な雪の上に仰向けになっている。


「オディオ、アイファ!」


 横たわる二人を、ルクスやエルフ達が心配そうに覗き込んでいて。

 二人が目を開けたのを見て、わあっと歓声が上がる。


「え……俺達……」


 オディオの意識はまだぼんやりしていて、状況を呑み込めない。

 けれど、次第に記憶が戻ってきて、はっと目を見開く。


「アイファ、大丈夫か……!?」


 オディオは跳ね起き、隣のアイファの様子を窺う。


「うん。わたし、大丈夫」


 瞳にお互いの姿を宿し、無事を確認して――

 途方もない喜びで、涙と笑顔が一気に顔に押し寄せた。

 そんな二人を見て、ルクスも目に涙を浮かべる。


「二人とも、助かったのね……!」

「ルクスや皆が力を貸してくれたおかげだ。本当に、ありがとう……!」

「お礼を言うのは、私達のほうよ。あなたが塔の頂上に辿り着けなかったら、私達はこうして生きてはいなかったんだから。……本当に、ありがとう。こうして、直接お礼を言える日が来るなんて……」


 塔のあった場所を守るように周りを囲っている木々は、確かに見覚えがあって。

 肌に触れる空気も、鼻孔をくすぐる土と草の匂いも、五百年ぶりに感じる風も。

 全て、オディオの記憶の中にある、ラーフェシュトのものだった。

 けれど景色の中には、オディオの知らないものもたくさんある。

 青空を飛ぶ船や、森の向こうに見える、とても高い硝子製の建物。

 アイファが語り聞かせてくれた、現在のラーフェシュトの姿だ。


 不思議に思いながら、オディオは自分の身体を見る。

 手に皺はなく、肌の感覚からしても、おそらく十八歳の姿になっているようだ。

 隣のアイファも、同じくらいの外見年齢をしていた。

 アイファは、澄んだ瞳でオディオを見つめる。


「オディオ。これからは本当に、ずっと一緒だね」

「ずっと一緒……」


 オディオの身体には、不思議な力が漲っているようだった。

 それは、この先の未来を、アイファと生きていける力だ。


「精霊さんの声の後ね。わたしの身体の中から、たくさんの力が抜けていく感じがしたの。……その力が、オディオの中に流れ込んでいく感じも。

 あのね、多分。わたしの、残りの命をね。半分、オディオに渡すことができたの」


 守護者の恋人だった精霊は、最後の力を振り絞り、自分の存在と引き換えに奇跡を起こしてくれた。

 アイファの寿命の半分を、オディオに分け与えてくれたのだ。

 オディオはまだ信じられない気持ちで、しばらく言葉が出てこなかった。

 アイファも同じだったが、やがて瞳を潤ませ、太陽よりも眩しい笑顔を浮かべる。


「はんぶんこ!」


 幼い日、小さなパンを二人で分け合ったように。

 命も、幸せも、半分ずつ分け合って。

 もう、寿命の差を気にする必要もない。

 これからの未来は、自由に、いつだって、共にいられる。


 アイファはオディオに抱き着いて、ぶんぶんと千切れそうなほど尻尾を振った。

 それを見て、周囲のエルフ達は大きな歓声を上げ、口笛を吹いて、「やったな!」「お幸せに!」と祝ってくれる。


 オディオとアイファは涙を流し、けれど世界で一番というほどに笑って、ぎゅっと、ぎゅうっと抱きしめ合う。


「オディオ、オディオ。……大好き」


「俺もだ、アイファ」


 これでオディオとアイファの、長い長い五百年の物語は、終わり。

 この先はずっと――新しい、二人一緒の日々が、続いてゆく。

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君となら消えてもいいけど、君と生きていたい 神田なつみ @natsuno_kankitsurui

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