第38話 そして、終わりへと向かう

 二人はやっと、ずっと一緒の時間を過ごした。

 それはとても、とても幸せな時間だった。


 この部屋はもう完全に閉ざされていて、二度と外に出ることはできない。

 窓一つない部屋には、外界の光さえ、一筋も差し込まない。

 朝も昼も夜もなく、空腹や喉の渇きを感じることもなく、年もとらない。それなのに、不思議と心臓は動いている。


 かつては本当に何もなかった部屋は、499年の間、一年に一度アイファが持ち込んでくれたもののおかげで、すっかり賑やかになっていた。

 二人はそれらを、一つ一つ眺めながら思い出を語り合った。


 またあるときは、アイファが、これまで外の世界であったことについて語り聞かせてくれた。

 ずっと塔の中にいたオディオには話せることなんて何もなかったけれど、アイファの話を聞いているだけで、本当に楽しかった。


 またあるときは、二人で歌を歌った。

 アイファが以前持ち込んでくれた楽器を奏でることもあった。

 二人で即興で物語を考えて、交互に紡いでいったりもした。


 そしてアイファは、たくさんたくさん、オディオに甘えた。

 ぎゅっと抱きついて、頬をすりすりして、頭や耳を撫でてもらって。尻尾はずっと嬉しそうにぱたぱたと揺れている。


 それは、今までの499年間を埋めるような一年だった。

 アイファはこれまで塔の外の世界で、いろんなものを見て、聞いて、たくさんのエルフ達と過ごしてきたけれど。

 それでもなお、この閉ざされた塔の中でオディオといるほうが幸せだった。


 何もなくていい。他に何もいらない。

 ひょっとしたら、お互いがいれば、言葉すら必要ないんじゃないかと思った。

 でも、声を聴けばもちろん嬉しい。

 名前を呼べば、返事をしてくれることが嬉しい。

 手を伸ばせば、触れられることが嬉しい。

 目が合うと、笑ってくれることが、嬉しい。

 499年前なら当たり前だった全てのことが、今は泣きたくなるほど、嬉しい。

 だけどこの幸せは、永遠ではない。

 一年なんて短い時間は、瞬く間に過ぎ去っていった。


 二人で塔の呪いから逃れる方法を、考えなかったわけじゃない。いろんな魔法式について、何度も話し合った。


 それでも、そんな強大な魔法を使うには、あまりにも莫大な魔力が必要だという結論は変わらず。アイファが魔者であっても、それほどの魔力は持ち合わせていない。所詮は夢物語でしかなかった。


 どんな魔法を考えても、使える魔力がなければ机上の空論だ。

 ただ、オディオとアイファは、決して使えることのない魔法歌を、祈りのように口ずさんだ。


『未来へと進んで

 希望は潰えない

 抗ってみせる

 呪いを祝いに変えて

 悲しみも、苦しみも

 終わって、全てが始まる』


 最後の日まで希望の灯を絶やさないように、二人は来る日も来る日も微笑みを重ねては、その歌を歌い続けた。


 そうして、オディオが塔に入ってから、計500年の月日が流れた。

 

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